取引先と結んでいる売買基本契約や業務委託契約。これが買い手に移るかどうかは、選んだ方法によって変わります。株式譲渡なら自動で続きますが、事業譲渡では一件ずつ承諾が要ります。順番を誤ると、譲渡の事実が先に広まります。
方法によって、契約の扱いが変わる
株式譲渡では、契約の当事者である会社そのものが変わりません。したがって取引基本契約もそのまま続きます。原則として相手方の承諾は不要です。
事業譲渡では、契約上の地位を別の法人に移すことになります。これには相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。承諾がなければ、その契約は移りません。
会社分割は包括承継であるため、原則として個別の承諾なく移ります。ただし契約に特約がある場合は別で、債権者保護手続も要ります。方法の選び方で全体像を扱っています。
なぜ承諾が要るのか
契約は、相手を選んで結ぶものです。「この会社だから継続的に取引する」という判断があります。
ですから、知らないうちに相手が別の会社に入れ替わることは認められません。支払能力も、品質管理の水準も、担当者も変わり得るからです。民法が承諾を求めているのは、この当然の感覚を条文にしたものです。
逆に言えば、相手方には拒む自由があります。「これを機に取引を見直す」と言われる可能性も、現実にはあります。事業譲渡を選ぶときは、この risk を織り込んでおく必要があります。
チェンジオブコントロール条項との違い
混同されやすいのがチェンジオブコントロール条項(COC条項)です。
これは「支配株主が変わった場合、相手方は契約を解除できる」といった定めです。株式譲渡でも発動し得る点が、契約上の地位の移転とは違います。
つまり、株式譲渡なら承諾は不要でも、COC条項があれば通知や承諾が必要になります。主要な契約にCOC条項が入っていないかは、必ず確認してください。詳しくはチェンジオブコントロール条項で扱っています。
どの契約から確認するか
すべての契約を同じ重さで扱う必要はありません。優先順位を付けます。
第一に、売上の大きい取引先との契約。第二に、仕入れが途絶えると事業が止まる契約(独占的な仕入先、特殊な部材)。第三に、事業の前提になっている契約(工場や店舗の賃貸借、フランチャイズ、ライセンス)。
この三つを一覧にし、それぞれについて契約期間、更新条項、解除事由、COC条項の有無、譲渡禁止条項の有無を書き出します。この作業は、案件が始まる前からできます。
承諾を取る順番
実務では、最終契約の締結後、クロージングまでの間に承諾取得を行うことが多くあります。
理由は単純で、それ以前は案件が流れる可能性があるからです。承諾を求めれば、譲渡の事実を伝えることになります。まとまらなかった場合、取引先に不安だけが残ります。
ただし、承諾の取得がクロージングの前提条件になっている場合は、順序が変わります。契約締結の前に感触を確かめておかないと、条件を満たせずに破談になります。この見極めは案件ごとに設計が必要です。
誰が、どう伝えるか
承諾を求める場面は、単なる事務手続きではありません。取引が続くかどうかを相手が判断する場面です。
実務でお勧めしているのは、売り手の経営者と買い手の責任者が一緒に訪問することです。書面だけを送ると、相手は「切られるのではないか」と不安になります。
伝える内容は、取引が継続すること、担当者がどうなるか、支払条件や納期が変わらないこと。この三点に答えられる状態をつくってから動いてください。詳しくは譲渡の理由をどう説明するかをご覧ください。
承諾が得られなかったとき
拒否された場合、その契約は移りません。事業譲渡であれば、買い手は新たに取引を申し入れることになります。既存の条件が引き継がれる保証はありません。
売上の大きい取引先で起きると、譲渡価格の前提が崩れます。そのため最終契約では、主要取引先の承諾を前提条件としたり、承諾が得られない場合の価格調整を定めたりします。
だからこそ、事前の感触の確認が重要です。正式な打診の前に、関係の深い取引先には経営者が個別に話しておく、という進め方もあります。
株式譲渡を選ぶ理由の一つ
ここまで見てきたとおり、契約の承継の観点では株式譲渡が圧倒的に軽いのが実情です。
取引先が多い会社、継続的な契約が事業の基盤になっている会社では、事業譲渡を選ぶと承諾取得だけで数か月かかることがあります。その期間、情報が外に出続けるというリスクも伴います。
「一部の事業だけ譲りたい」という希望があっても、契約の数を数えた結果、株式譲渡に切り替えることがあります。方法を決める前に、移すべき契約の一覧を作ってください。当社では、この一覧づくりからご一緒します。