デューデリジェンス(DD)の案内を受けたとき、「財務DD」と「税務DD」という二つの言葉が並んでいて、違いがよくわからなかった——そうおっしゃる経営者様は少なくありません。どちらも決算書を見る調査なのに、なぜ分けて行われるのでしょうか。
結論から申し上げると、二つは見ている先が違います。財務DDは「この会社は将来いくら稼ぐ力があり、いま実質的にどれだけの資産と負債を抱えているのか」を見ています。税務DDは「過去の申告に、後から追加の納税を求められる要素が残っていないか」を見ています。本稿では、それぞれで見られる資料と、中小企業で指摘されやすい論点、そして売り手としての備えを整理します。
二つのDDは何が違うのか|見ている時間軸が異なる
財務DDと税務DDの違いは、時間軸で考えるとわかりやすくなります。
| 財務DD | 税務DD | |
|---|---|---|
| 目的 | 買収価格と条件を判断するための実態把握 | 過去の申告に潜む追加納税リスクの把握 |
| 主に見る時間 | 将来(これからいくら稼げるか)と現在(いま何を持っているか) | 過去(これまでの申告が適正か) |
| 担当する専門家 | 公認会計士など | 税理士など |
| 結果の使われ方 | 価格算定、運転資本の調整、事業計画の検証 | 補償条項、クロージング条件、価格への反映 |
買い手からすれば、財務DDは「いくらで買うか」を決めるための調査であり、税務DDは「買った後に想定外の出費が発生しないか」を確かめるための調査です。目的が違うので、同じ決算書を見ていても、着目する箇所がまったく異なります。
案件によっては、二つを一人の専門家がまとめて担当することもあれば、会計事務所のなかで担当を分けることもあります。規模が小さい案件では税務DDを簡略化する場合もありますし、逆に過去に税務調査の指摘があった会社では税務DDを厚く行うこともあります。調査の範囲は案件の規模と事情によって大きく異なるとお考えください。
なお、DDにかかる費用は、原則として調査を行う買い手側が負担します。売り手の負担は、資料の準備と質問への対応という時間と手間が中心です。DD全体の枠組みは「デューデリジェンス(DD)とは|調査項目と売り手の準備」をご覧ください。
財務DDで見られること|正常収益力・実態純資産・運転資本
財務DDの中心にあるのは、決算書の数字をそのまま受け取るのではなく、実態に引き直して見るという作業です。代表的な視点は三つあります。
① 正常収益力(実態としての利益)
直近の損益から、一時的・特殊な要因を除いて「平常時ならどれくらいの利益が出る会社か」を見積もる作業です。オーナー経営者のご家族への役員報酬、社宅や車両など事業と直接結びつかない費用、一度きりの特別な取引による利益や損失、コロナ禍のような外部要因による変動などを、それぞれ加減して整理します。
ここで算出される数値は、企業価値の算定に直結します。買い手の提示価格が、決算書の営業利益とかけ離れた前提で組まれているように見えるときは、この調整の内容を確認する価値があります。
② 実態純資産
貸借対照表の資産・負債を、時価や回収可能性に引き直して評価します。回収の見込みが薄い売掛金、動いていない在庫、帳簿価額と実際の価値が離れている不動産や保険積立金、計上されていない退職給付債務などが、典型的な調整対象です。
③ 運転資本と資金の動き
売掛金・在庫・買掛金の水準が季節によってどう動くか、月次でどれだけ資金が必要かを確認します。買い手は成約後の資金繰りを見積もる必要があるため、月次試算表や資金繰り表を細かく見ます。
これらはいずれも、売り手を追及するための作業ではありません。買い手が自分の判断で数字を組み直しているだけです。ただし、調整の前提が事実と違っていれば、価格は不必要に低く出ます。調整の根拠となる事実は、こちらから説明する価値がある——財務DDに向き合ううえで、この点はぜひ意識しておいてください。
税務DDで見られること|申告の適正さと役員周りの取引
税務DDは、過去の申告について、後から追徴課税を受ける可能性がある論点が残っていないかを確認します。株式譲渡で会社ごと引き継ぐ場合、過去の税務リスクも会社に付いてくるため、買い手にとっては重要な確認事項です。
主に見られるのは、法人税・消費税・地方税の申告書と、その基礎となった帳簿、納税証明書、そして過去に税務調査があった場合の指摘内容とその後の対応です。中小企業で論点になりやすいのは、次のような箇所です。
| 論点 | 確認される内容の例 |
|---|---|
| 役員との取引 | 役員報酬の決定手続、役員貸付金・借入金の有無と回収可能性、役員が所有する不動産の賃借条件 |
| 同族関係会社との取引 | グループ会社との売買や貸借の価格が、独立した第三者との取引として説明できる水準か |
| 交際費・寄附金 | 損金算入の処理が適正か、事業との関連が説明できるか |
| 消費税 | 課税・非課税・不課税の区分、仕入税額控除の要件、インボイス制度への対応状況 |
| 源泉所得税 | 報酬・給与からの徴収漏れがないか、非居住者への支払の取扱い |
| 繰越欠損金 | 金額と期限、M&A後も使えるかどうかの前提 |
なかでも、役員貸付金は中小企業で非常によく出てくる論点です。長年にわたり会社から代表者個人への貸付が残っているケースでは、回収可能性と、成約前に清算するかどうかが必ず議論になります。処理の方法によって課税関係が変わりますので、必ず顧問税理士にご相談ください。
決算書と実態がずれる典型例
財務DD・税務DDの双方で指摘されやすいのは、決算書の数字と会社の実態がずれている箇所です。中小企業でよく見られるものを挙げてみます。
在庫の評価。何年も動いていない商品や、既に価値を失った部材が、取得時の価額のまま計上されている。実地棚卸の記録が残っていないと、実在性そのものが確認できません。
売掛金の滞留。回収されないまま何年も残っている残高がある。相手先が既に事業をやめているようなケースでは、資産として評価されません。
未計上の債務。従業員の退職金、未消化の有給休暇、未払いの残業代、リース債務、取引先への保証など、帳簿に載っていない支払義務が潜んでいることがあります。これらは「簿外債務とは|よくある例とM&Aでの対処法」で詳しく扱っています。
事業と私的支出の混在。オーナー企業では、会社の費用と経営者個人の支出の境界が曖昧になっていることがあります。財務DDでは正常収益力の調整対象として、税務DDでは損金性の論点として、それぞれ別の角度から確認されます。
これらは、ほとんどの中小企業に何らかの形で存在します。「見つかったら終わり」という性質のものではありません。むしろ、事前に把握して自ら説明できているかどうかが、買い手の受け止め方を分けます。
指摘は価格と契約にどう反映されるか
DDで出てきた指摘は、最終的に三つのいずれかの形で処理されます。
一つめは価格への反映です。金額が定量化できるもの——回収不能な売掛金、評価減が必要な在庫、算定できる未払残業代など——は、譲渡価格から差し引く形で清算されることがあります。売り手としては痛みを伴いますが、その場で決着がつくという意味では、後を引かない解決方法です。
二つめはクロージングの前提条件です。成約までに整備すべき事項として契約に書き込み、実行前に解消することを求められます。役員貸付金の清算、名義株の整理、許認可の届出などが典型例です。
三つめは補償条項での手当てです。発生するかどうか、発生するとしていくらになるかが読めない事項は、実際に損害が生じたときに売り手が補償する形で契約に残ります。表明保証と補償の枠組みは「表明保証とは|M&A契約における売り手の責任範囲と補償」をご覧ください。
どの形で処理するかは交渉事項です。売り手にとって、価格で清算するのと補償で残すのとでは、成約後に抱える不確実性がまったく違います。指摘を受けたときは、金額の多寡だけでなく「どの形で決着させるか」という視点を持って臨むことが大切です。
まとめ|売り手にできる備えは三つ
財務DDは将来と現在を、税務DDは過去を見ています。目的が違うため、同じ資料でも問われ方が変わることを、まずご理解いただければと思います。
そのうえで、売り手にできる備えは三つです。第一に、顧問税理士に早めに共有すること。申告書の背景や過去の税務調査の経緯を説明できるのは、多くの場合その先生です。第二に、調整の理由をこちらから説明すること。役員報酬や私的な費用が混ざっているなら、その内訳を示せば正常収益力は正しく見積もられます。第三に、気になる点は先に開示すること。役員貸付金も滞留在庫も、事前に伝えてあれば手当ての相談になりますが、後から出てくれば信頼の問題になります。
当社プラチナパートナーズでは、DDに入る前の論点の洗い出しから、顧問税理士との連携、指摘への対応方針の整理まで、譲渡企業様のお立場でお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。決算書を前にご不安がある段階で、どうぞご相談ください。