水産業には、同じ「漁業」という言葉でくくれない差があります。

水産庁の白書によれば、個人経営体の漁労所得は沿岸漁船漁業が219万円、海面養殖業が1,533万円。7倍の開きです。本稿ではこの差と、量と金額が逆に動いている構造を確認します。

本稿の数値は水産庁「令和6年度 水産白書」(掲載データは令和5(2023)年)によります。制度・税務・法務の取り扱いはご状況により異なりますので、実際のご判断にあたっては顧問の専門家にもご確認ください。

量は2%減り、金額は5%増えた

水産庁「令和6年度 水産白書」(掲載データは令和5(2023)年)によれば、令和5(2023)年の漁業・養殖業の国内生産は次のとおりです。

区分生産量前年比生産額前年比
海面漁業293万t△2万t(△1%)9,534億円+373億円(+4%)
海面養殖業85万t△6万t(△7%)5,956億円+523億円(+10%)
内水面漁業・養殖業5万t△2千t(△4%)1,363億円△45億円(△3%)
合計383万t△9万t(△2%)1兆6,853億円+852億円(+5%)

出典:水産庁「令和6年度 水産白書」(掲載データは令和5(2023)年)より作成

全体では量が2%減り、金額が5%増えました。とくに海面養殖業は、量が7%減ったのに金額は10%増えています。

量と金額が逆に動くとき、動いているのは単価です。統計は理由までは示しませんが、獲れる量が減っても、売値が上がれば金額は増えるという関係が、この年の数字に表れています。

内水面だけは、量も金額も減っています。

沿岸漁船漁業と海面養殖業の7倍差

同白書によれば、令和5(2023)年の個人経営体の漁労所得は次のとおりです。

区分漁労所得(個人経営体)前年からの変化
沿岸漁船漁業219万円―
海面養殖業1,533万円+471万円

出典:水産庁「令和6年度 水産白書」(掲載データは令和5(2023)年)より作成

養殖業が1年で471万円増えています。この増加分だけで、沿岸漁船漁業の所得の2倍を超えます。

この差は、事業としての性質の違いから来ます。

  • 沿岸漁船漁業は、獲れる量が資源と天候に左右されます。計画的に増やすことが難しく、燃油価格の影響も直接受けます
  • 海面養殖業は、生産量を計画できます。餌代や種苗代という原価はありますが、出荷の時期と量をある程度こちらで決められます

令和7年度の水産白書が特集に「養殖業の成長産業化に向けた対応」を掲げているのも、この差を踏まえたものです。

なお同白書によれば、我が国の漁業で使用される漁船は109,283隻(令和5年)です。

承継が制度と結びついている分野

水産業の承継には、他の業種にない前提があります。漁業権と許可です。

海面での漁業・養殖業を営むには、都道府県知事の免許を受けた漁業権、または知事・大臣の許可が必要です。これらは会社の資産として自由に売買できるものではありません。

漁業権は漁業協同組合に免許され、組合員が行使する形が一般的です。したがって漁協の組合員であることが事業の前提になる場合があり、会社を引き継いでも、組合員資格が自動的に移るとは限りません。

この点で、水産業の承継は「会社を買えば事業が続く」という形にならないことがある分野です。地元の漁協との関係を含めて設計する必要があります。取り扱いは地域と漁協によって異なりますので、早い段階で確認が要ります。

もうひとつ、この分野に特有の事情があります。漁船そのものが許可と結びついていることです。

一定の漁業では、許可が船ごとに与えられます。船を替えれば代船の手続が要り、トン数の上限も決まっています。船は資産であると同時に、操業する権利の器でもある、という二重の性格を持ちます。

したがって、譲り受ける側は船の簿価だけを見ることができません。どの漁業の許可がその船に付いているか、残りの有効期間はどれだけか、更新の見通しはどうか。船齢が古くても許可が生きていれば価値があり、新しくても許可がなければ操業できません。

承継のときに見られる点

評価の目は次のようなところに向きます。

  • 漁業権・許可の種類と名義。誰に免許・許可されているか。法人か個人か。組合員資格はどう扱われるか
  • 漁船の隻数・トン数・船齢。漁船は許可と結びついており、単なる資産ではありません。更新の時期と費用
  • 養殖であれば、漁場の区画と生簀の規模。種苗と餌の調達先
  • 販売先。漁協経由の共販か、直接取引か。直接取引の比率が高いほど単価は上がりますが、相手方との関係が価値になります
  • 乗組員の確保。年齢構成と、外国人材の受入れ状況
  • 燃油と餌代の水準。この分野の原価の中心です

金額が伸びているのは事実ですが、それは単価の上昇によるもので、量は減っています。自社の生産量が業界と同じ方向に動いているのか、違う動きをしているのか。そこが説明の出発点になります。

養殖の実務は「養殖業のM&A・事業承継」に、加工側は「水産加工業のM&A」に整理しています。

よくあるご質問

A.水産庁の白書によれば、令和5年の生産額は前年比5%増の1兆6,853億円ですが、生産量は2%減の383万トンです。個人経営体の漁労所得は沿岸漁船漁業が219万円、海面養殖業が1,533万円と、区分によって大きく異なります。
A.統計は数値を示すだけで理由は示しません。事実として、令和5年の海面養殖業(個人経営体)の漁労所得は1,533万円で、前年から471万円増えています。養殖は生産量を計画できる点が、漁船漁業と異なります。
A.漁業権は都道府県知事が免許するもので、会社の資産として自由に売買できるものではありません。漁協に免許され組合員が行使する形が一般的で、組合員資格の扱いも含めて確認が必要です。地域と漁協により取り扱いが異なりますので、顧問の専門家にもご確認ください。
A.漁船は許可と結びついており、単独の資産としてだけでは評価できません。船齢・トン数・許可の内容を合わせて見る必要があります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら