資産の値段には、いくつかの見方があります。買ったときの値段から償却を引いた簿価、今売ったらいくらかの処分価額、そして今から同じものを揃えるといくらかかるかの再調達価額です。
この3つは、同じ機械でもまったく違う金額になります。どれを使うかは、何を知りたいかで決まります。M&Aでは、設備や不動産を多く持つ会社の評価で、再調達価額の考え方が効いてきます。
3つの見方は、何を答えているか
簿価は過去の記録です。いくらで買って、どれだけ償却したか。税務の計算には必要ですが、今の価値を示すものではありません。償却が終わった機械の簿価は1円でも、動いていれば働いています。
処分価額は、今売ったらいくらかです。中古市場の相場、買取業者の値段、解体して金属として売る値段。事業をやめる場合に手元に残る金額は、この見方で計算します。
再調達価額は、今から同じ機能を揃えるといくらかかるかです。新品で買う値段、据付の工事費、試運転までの費用を含みます。古い設備なら、同じものはもう売っていないので、同等の機能を持つ新しい設備の値段で考えます。
買う側の関心は、3つめに近いことがあります。自分で一から揃えるならいくらかかるかと比べて、会社を買う金額が高いか安いかを見るためです。
設備の多い会社で効く
製造業、建設業、運送業、倉庫業のように設備が事業の中心にある会社では、この見方の差が大きくなります。
例えば、20年前に導入した工作機械が今も動いているとします。簿価はほぼ0、中古の相場も低い。しかし同等の機能を持つ新しい機械を今から買うと、据付を含めて相当な金額になります。しかも納期がかかります。注文してから数か月、場合によっては1年以上です。
買い手から見れば、その機械があることでその金額と時間を払わずに事業を始められます。これが価値になります。
逆の側面もあります。古い設備はいずれ更新が必要です。再調達価額は「更新したらいくらかかるか」の目安にもなるので、近い将来の投資額として価格から引く材料にも使われます。同じ数字が、上げる根拠と下げる根拠の両方になります。どちらに傾くかは、残りの使用年数で決まります。
許認可・認証と組み合わさると強くなる
再調達価額が特に効くのは、設備を揃えただけでは事業が始まらない場合です。
- 許認可が設備に紐づいている。産業廃棄物の処理施設、食品の製造施設、医療機器の製造所。設備を買っても、許可を取らないと動かせません。
- 取引先の承認が要る。自動車部品や医療機器では、工場ごとに取引先の監査を受けます。新しい工場を承認してもらうのに年単位かかることがあります。
- 立地が限られる。用途地域の制約、騒音・排水の規制、近隣との関係。同じ場所に同じ工場を建てられないことがあります。
この場合、再調達価額は「設備の値段」ではなく「設備+許認可+承認+立地を揃える費用と時間」になります。金額に直せない部分があるので、評価では定性的な説明として扱われることが多くなります。
保険の世界で使われている考え方
再調達価額は、火災保険の設計でも使われます。建物や設備が焼けたときに、同じものを建て直す費用で補償するか、時価で補償するかの違いです。
この視点はM&Aでも使えます。加入している保険が時価ベースなら、事故が起きても建て直せないことになります。買い手は保険の内容を確認するので、ここが論点になります。
あわせて確かめられるのは、保険の対象に漏れがないか、保険金額が現状に合っているか、設備を増やした後に見直しているかです。古い契約のまま設備だけ増えている会社は珍しくありません。
保険は、価格に直接響くわけではありませんが、管理ができている会社かどうかの材料として見られます。契約内容を一覧にしておくと、調査の質問が減ります。
評価では「組み合わせ」として使う
実務では、再調達価額だけで企業価値を出すことはしません。会社の価値は収益から見るのが基本で、資産の見方はそれを補う形になります。
よく使われる組み立ては次のようになります。①収益から見た価値を出す ②純資産を時価に直して出す ③2つを見比べる。設備の多い会社では、②で設備をどう評価するかが効きます。
このとき、設備を再調達価額で評価するのは慎重に扱われます。今から揃える費用は、その設備が生む収益とは直接結びつかないからです。収益が小さいのに設備の再調達価額が大きい会社では、「それだけの設備を持つ意味があるのか」という問いになります。
したがって、売り手として使うなら「この設備が無ければ、この収益は出ない」という結びつきを説明する形になります。設備の一覧と、どの設備がどの製品・どの取引先に対応しているかを示せると、話が通りやすくなります。
売り手として整えること
設備の多い会社では、次を一覧にしておくと評価の材料になります。
設備の一覧。機種、導入年、簿価、稼働しているか、どの製品に使っているか。これは保険の見直しや更新計画にも使う資料です。
更新の見込み。あと何年使えるか、次に入れるならいくらか、納期はどのくらいか。「来年に1台入れ替えが必要」と自分から言えると、買い手は計画に織り込めます。言わないと、調査で出てきて下げの材料になります。
許認可・認証との対応。どの設備がどの許可・認証の前提になっているか。
保険の契約内容。対象、金額、時価か再調達価額か。
この4つは、M&Aのためだけの資料ではありません。設備投資の判断にも、保険の見直しにも同じものが要ります。評価の方法と前提は個別の事情で変わるため、具体的な算定は税理士・公認会計士・不動産鑑定士など専門家に確認してください。