オーナー企業の決算には、事業の実力とは別の数字が混ざっています。これを整理しないと、会社は実際より小さく見えます。調整の考え方を整理します。
なぜ調整が必要か
買い手が知りたいのは、その事業が、自分たちが経営したときにいくら稼ぐかです。
オーナー企業では、節税のために利益を圧縮していることが珍しくありません。役員報酬を厚くする、家族を役員にする、生命保険に入る、社用車を増やす。
これらは合法な範囲の経営判断ですが、決算書の利益は事業の実力より小さく出ます。
調整して「正常収益力」を示すのが、売り手側の準備です。何もしなければ、小さい数字のまま評価されます。
調整しやすい項目
買い手も納得しやすいものから挙げます。
役員報酬。後任の経営者に支払う水準との差額を調整します。社長が年3,000万円、後任は1,200万円で足りるなら、差額の1,800万円を利益に戻します。
家族役員の報酬。実際に稼働していない役員への報酬。ただし、稼働していないことを説明する必要があります。
オーナー所有物件の賃料。相場より高い賃料を払っている場合、差額を戻します。
生命保険料。経営者保険で、譲渡後は継続しないもの。
いずれも、金額と根拠が明確なので説明できます。
説明が要る項目
調整はできるが、根拠を示す必要があるものです。
交際費。「事業に関係のない分」を戻すには、中身を説明できなければなりません。全額を私的支出として戻すのは無理があります。
車両関係費。社長個人が使っている車の費用。台数と用途を示します。
旅費交通費。同様です。
広告宣伝費・寄付金。地域の付き合いで出していて、譲渡後は不要になるもの。
これらは、買い手から「本当に不要になるのか」と問われます。取引先との関係を維持するために必要な支出なら、戻せません。
調整が難しい項目
売り手が戻したいと考えがちですが、買い手が認めにくいものです。
従業員の人件費。「実は一人減らせる」という主張は、実行していない限り認められません。
役員退職金。過去に支給した分は一時的な費用ですが、将来また発生するという見方もされます。
修繕費。大規模な修繕は一時的に見えますが、設備が古ければ周期的に発生します。
「今期だけ特別だった」という説明は、過去数期を見れば検証されます。毎期「特別」があるなら、それは平常です。
逆に、足すべき費用もある
公平のために書きます。調整は、利益を増やす方向だけではありません。
社長が無報酬または低額で働いている場合。後任には相応の報酬が必要です。その分を費用として引きます。
家族が無償で手伝っている場合。譲渡後は人を雇う必要があります。
オーナー所有物件を無償で使っている場合。相場の賃料を費用に加えます。
加入していない保険、していない設備投資。買い手が必要と判断すれば、費用として織り込まれます。
都合のよい調整だけを並べると、信用を失います。両方向で整理してください。
根拠資料を揃える
調整表を作るだけでは足りません。裏付けが要ります。
役員報酬。役員報酬の一覧、議事録。
家族役員。出勤の実態が分かるもの。無いなら「無い」と正直に言ってください。
賃料。賃貸借契約書と、近隣の相場が分かる資料。
保険。保険証券、解約返戻金推移表。
交際費・車両費。総勘定元帳の該当箇所。
資料の無い調整は、交渉で削られます。「たぶんこのくらい」では通りません。
過去3期分で整理する
調整は、直近1期だけでは不十分です。買い手は3期分を見ます。
各期について同じ項目を調整し、推移を示してください。
推移を見ると、調整後の利益が安定しているかが分かります。安定していれば、その水準が正常収益力として受け入れられやすい。
逆に、調整後も大きく振れている場合、その理由を説明する必要があります。受注の波なのか、一過性の要因か。
3期分を並べる作業自体が、自社の実力を知ることになります。
税務上の処理とは別だと理解する
誤解が生じやすい点です。この調整は、企業価値を算定するための考え方であって、税務申告を修正するものではありません。
役員報酬を減らして利益を増やす調整をしても、過去の申告が間違っていたことにはなりません。
ただし、明らかに事業と関係のない支出を経費に入れていた場合は、税務上の問題が別に存在します。調整の作業でこれが表面化することがあります。
その場合は、税理士にご相談ください。デューデリジェンスで指摘される前に、対応を決めておくほうが良い結果になります。
早めに始める
最後に、時期の話です。この整理は、譲渡を決める前から始められます。
むしろ、早く始めるほど選択肢が増えます。家族役員を外す、私的な支出を整理する、オーナー所有物件の賃貸借契約を結び直す。実際に整えてしまえば、調整の説明が不要になります。
整えた状態で1〜2期を過ごせば、決算書そのものが実力を表します。これが最も強い。
調整表で説明するより、調整不要の決算書を出すほうが、評価は高くなります。売却前の磨き上げも併せてご覧ください。