何十年も支えてくれた右腕に、いつ、どう伝えるか。従業員全体への公表とは、別に考えるべき問題です。早く伝える利点と、そのリスクを整理します。

なぜ、この人だけ先に伝えるのか

全体への公表より前に、特定の幹部に伝える理由があります。

① 資料が揃わない。決算書、契約書、従業員名簿、許認可。社長一人では集められません。

② デューデリジェンスで質問に答えられない。現場の実務は、その人しか知らないことがあります。

③ 買い手がその人に会いたがる。キーマンとの面談は、買い手の関心事です。

④ 後から知ると、裏切られたと感じる。長年支えてきた人ほど、そうなります。

いずれも実務上の必要ですが、④が最も重い理由です。

誰に伝えるかを決める

「番頭」に当たる人が複数いる場合、誰に先に話すかで社内の力学が動きます。

基準として考えるべき点です。

実務上、協力が不可欠か。経理、総務、現場の責任者。

口が固いか。これは人柄の問題です。

譲渡後も残ってほしいか。残ってほしい人には、早く伝えて意思を確認する必要があります。

逆に、伝えないほうがよい人もいます。感情的になりやすい、他社との関係が深い、退職が近い。

「役職の順」で決めないでください。実務と信頼で決めることです。

いつ伝えるか

タイミングの目安です。

早すぎる。まだ譲渡するか決めていない段階で伝えると、本人が宙ぶらりんになります。「本当にやるのか」と何度も聞かれます。

遅すぎる。買い手が決まり、デューデリジェンスが始まってから伝えると、「もう決まっていたのか」という受け取られ方になります。

実務では、方針が固まり、具体的に動き出す前——仲介会社に依頼する前後が一つの目安です。

「決めた」ではなく「考えている」段階で伝えられると、相談の形になります。これが、関係を保つ上では大きい。

何を伝え、何を伝えないか

範囲を決めてください。

伝えるべきこと。譲渡を検討していること、その理由、いつごろを想定しているか、本人にどう関わってほしいか、他言しないでほしいこと。

伝えなくてよいこと。想定している価格、候補先の具体名(決まっていない段階では特に)。

価格を伝えると、その後の関係が変わることがあります。「社長はこれだけ手にする」という情報は、重いものです。

ただし、聞かれたら誤魔化さないでください。「金額はまだ決まっていない」「決まったら伝えるかは考える」と、正直に。

理由を丁寧に話す

最も大事な部分です。なぜ譲るのか。

後継者がいない、年齢と体力、事業の将来性、投資の必要性。

「従業員と会社を守るための選択だ」という説明ができるかどうかが、受け取られ方を決めます。

逆に、金銭が主な理由だと受け取られると、関係が冷えます。実際にそうでなくても、説明がなければそう思われます。

時間をかけて話してください。「ちょっといいか」と立ち話で伝える内容ではありません。社外で、時間を取って、二人で。

協力を求める

伝えた後、具体的に何をしてほしいかを示してください。

資料の準備。理由を説明できる立場になるため、動きやすくなります。

デューデリジェンスへの対応。質問への回答、現地調査の受け入れ。

公表後の現場の取りまとめ。従業員の不安に、最も近いところで答える役割です。

「聞かされただけ」では、本人の立場がありません。役割があると、当事者になれます。

そして、その負担に報いる方法も考えてください。処遇の改善、慰労金、譲渡後の役職。

本人の将来も話す

忘れてはいけない点です。その人自身が、どうなるのか。

年齢によっては、自分も引退を考えているかもしれません。あるいは、新しい経営者の下で働くことに不安があるかもしれません。

聞くべきは、「あなたはどうしたいか」です。残りたいのか、区切りをつけたいのか。

残ってほしい場合は、買い手との交渉で処遇を確保することができます。「◯年間は現在の労働条件を維持する」といった条項です。

本人の希望を聞かずに「残ってくれ」と言うのは、頼んでいるようで指示しています。

反対された場合

起こり得ることです。「反対だ」と言われたら。

まず、理由を聞いてください。会社が変わることへの不安か、自分の立場への不安か、譲渡先への不信か。

そのうえで、決定権は経営者にあることを、穏やかに伝えてください。相談はしますが、決めるのは株主です。

ただし、指摘の中身は聞くべきです。「この買い手は従業員を大事にしない」という懸念には、根拠があるかもしれません。

最悪の展開は、反対されたことで伝えるのをやめ、他の幹部に何も言わなくなることです。一人の反対で、社内の準備が止まります。

秘密保持の約束を形にする

実務的な手当てです。口頭の「言わないでほしい」で十分か。

多くの場合は十分ですが、関係者が増える場合は、書面にするという選択もあります。

ただし、長年の右腕に誓約書を求めるのは、関係を傷つけることがあります。慎重な判断が要ります。

代わりに効くのは、具体的に言うことです。「誰にも」ではなく、「役員の◯◯さんにも、奥さんにも、まだ言わないでほしい」。

いつまで、という期限も伝えてください。「◯月には全員に話す予定だ」と分かれば、本人も見通しが立ちます。どこから漏れるのかもご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.実務上、資料が揃わない、デューデリジェンスの質問に答えられない、買い手がその人に会いたがるという理由があります。そして何より、後から知ると長年支えてきた人ほど裏切られたと感じます。
A.方針が固まり、具体的に動き出す前——仲介会社に依頼する前後が一つの目安です。「決めた」ではなく「考えている」段階で伝えられると相談の形になり、関係を保つうえで大きく違います。
A.伝えなくて構いません。「社長はこれだけ手にする」という情報は重く、その後の関係が変わることがあります。ただし聞かれたら誤魔化さず、「まだ決まっていない」「決まったら伝えるかは考える」と正直に答えてください。
A.資料の準備、デューデリジェンスへの対応、公表後の現場の取りまとめです。「聞かされただけ」では本人の立場がありません。役割があると当事者になれます。あわせて、その負担に報いる方法も考えてください。
A.まず理由を聞いてください。会社が変わることへの不安か、自分の立場への不安か、譲渡先への不信か。決定権は経営者にあることを穏やかに伝えつつ、指摘の中身は聞くべきです。一人の反対で社内の準備が止まるのが最悪の展開です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら