「従業員に知られたら困る」。ほとんどの経営者が最初に言われることです。実際にどこから漏れるのか、経路ごとに整理します。防ぎ方は、経路が分かれば決まります。
経路① 打診した相手から
最も想定されやすい経路です。買い手候補に情報が渡り、そこから広がる。
防ぎ方は3つです。
ネームクリアを取る。売り手が候補先のリストを見て、打診してよい先を選びます。近隣の同業、取引先、過去に経緯のある先は外せます。
秘密保持契約を結んでから社名を開示する。ノンネームの段階では会社が特定されません。
打診の数を絞る。広く当たれば相手は見つかりやすくなりますが、情報が触れる範囲も広がります。ここは判断が要ります。
経路② 社内から
実務では、こちらのほうが多いのが実感です。
社長の様子が変わる。外出が増える、来客がある、会議室に長時間こもる。従業員は見ています。
資料の準備。経理担当者に決算書のコピーを頼む、総務に契約書を探させる。理由を説明しないと、勘繰られます。
役員や幹部に相談する。相談した相手から広がることがあります。
防ぎ方は、知る人を最小限にすることと、資料の準備に理由をつけることです。「金融機関に提出する」「事業計画を作る」といった説明を用意してください。
経路③ 士業・金融機関から
顧問税理士、弁護士、社会保険労務士、取引金融機関。
これらの方々は守秘義務を負っていますが、組織として情報が動くことはあります。
とくに金融機関は、担当者が異動すれば引き継ぎ資料に残ります。支店内で共有されることもあります。
防ぎ方は、伝える時期を設計することです。相手が決まっていない段階で金融機関に伝える必要はありません。
顧問税理士には早めに相談すべきですが、誰にどこまで伝えるかは、順序を決めてから。顧問税理士が消極的なときもご覧ください。
経路④ 書類とデータから
見落とされやすい経路です。
机の上の書類。企業概要書、秘密保持契約書、メモ。
共有フォルダ。うっかり全員が見られる場所に保存する。
メール。宛先の誤り、転送、社内の共有アドレス。
印刷。複合機のトレイに残る。
会話。電話の声、オンライン会議の音漏れ。
防ぎ方は単純です。個人のパソコンとパスワード付きのフォルダを使う。印刷しない。会社のメールアドレスを使わないという選択もあります。
経路⑤ 家族から
意外に多い経路です。配偶者、子、親族。
悪意はなく、雑談の中で出てしまうことがほとんどです。相手が地域の知人で、そこから広がる。
防ぎ方は、家族にも「まだ誰にも言わないでほしい」と明確に伝えることです。
「察してくれるだろう」では伝わりません。何を、いつまで、誰に言わないのかを具体的に伝えてください。
なお、家族には早めに相談すべきです。後から知ると、感情の問題が生じます。相談することと、口外しないことは両立します。
漏れやすい時期がある
実務の感覚として、危険な時期があります。
デューデリジェンスの時期。買い手の専門家が来社します。現地調査、従業員へのヒアリング。ここは隠しきれないことがあります。
資料を大量に集める時期。普段と違う動きが目立ちます。
クロージング直前。関係者が増え、日程調整が慌ただしくなります。
これらの時期には、説明を用意しておいてください。「監査法人の調査」「銀行の実地調査」といった説明が使われることがありますが、虚偽の説明は後で信頼を損ないます。言わない、で通すほうが無難です。
漏れてしまった場合
起きたときの対応です。否定し続けるのは得策ではありません。
まず、どこまで広がっているかを把握します。誰が知っているのか、何を知っているのか。
次に、公表を前倒しするかを判断します。噂が広がった状態を放置すると、憶測が事実として定着します。
公表するなら、用意していた説明を使ってください。雇用、処遇、勤務地、上司、社長の去就。この5点への答えを持っていれば、慌てずに済みます。
発表後、従業員はどう反応するかで詳しく書いています。
秘密保持契約の実効性
正直に書きます。秘密保持契約は、抑止にはなりますが、漏れた後の回復には限界があります。
違反を立証するのが難しく、損害額の算定も困難です。
それでも締結する意味は、相手に緊張感を持たせることと、万一の場合に主張の根拠を持つことです。
実務で重要なのは、目的外使用の禁止と従業員の引き抜きの禁止を入れることです。とくに同業への打診では、後者が効きます。
ひな型に入っていないことがあるので、必ず確認してください。
完全には防げない、という前提で設計する
最後に、考え方を整理します。
関係者が増えれば、漏れる確率は上がります。ゼロにはできません。
したがって、「漏れたらどうするか」を先に決めておくほうが実際的です。
誰に、何を、どの順で伝えるか。この計画を最初に作っておけば、予定より早く公表することになっても対応できます。
逆に、計画が無いまま漏れると、その場しのぎの説明をすることになります。それが最も信頼を損ないます。
秘密を守る努力と、公表の準備は、同時に進めてください。