「そろそろ、この会社の先のことを考えなければ」——ふとした瞬間に、そう思われた経営者様は少なくないと思います。健康診断の結果を見たとき、同業の社長が会社を譲ったと聞いたとき、あるいは決算を締めて何年目かの数字を眺めたとき。きっかけはさまざまですが、共通しているのは、そこから先の一歩の踏み出し方がわからないという点です。
M&Aは、思い立ってすぐ相手が見つかるものではありません。一方で、何年も何も決めずにいると、体力のあるうちに動くという選択肢そのものが細くなっていきます。そこで本稿では、「M&Aを初めて意識した日」から数えて最初の3か月を、月ごとの作業に分けて整理します。売ると決めていない方こそ、読んでいただきたい内容です。
最初の3か月は「決める」ための時間ではない
はじめにお伝えしたいのは、この3か月は結論を出すための時間ではない、ということです。目的は「判断できる状態になること」であり、判断そのものではありません。
会社を譲るかどうかは、一生に一度あるかないかの決断です。それを、情報が足りないまま、しかも気持ちが揺れている時期に決める必要はまったくありません。むしろ、最初の3か月で急いで結論を出そうとすることが、後々の後悔につながります。
では、判断できる状態とは何か。次の3つが揃った状態です。
- 事実がわかっている:自社の数字、株式、契約、保証の状況が紙の上で見えている
- 選択肢がわかっている:M&A以外も含め、取りうる道が並んでいる
- 相場観がわかっている:自社がどう見られるか、外部の目線を一度は聞いている
この3つを、1か月ずつかけて揃えていきます。順番には意味があります。事実を知らないまま選択肢を比べても比較になりませんし、選択肢を並べないまま外部に相談すると、相手の得意分野に引っ張られやすくなるからです。
1か月目|自社の事実を、紙の上に集める
最初の1か月は、誰にも相談せず、ひとりでできる作業です。社長ご自身の手元にあるもの、あるいは顧問税理士から受け取っているものを集めるだけで、かなりの部分が埋まります。
集めるもの
- 決算書3期分(貸借対照表・損益計算書・勘定科目内訳明細書・法人税申告書)
- 株主名簿:誰が何株持っているか。名義株や、連絡が取れない株主がいないか
- 借入金の一覧:金融機関別の残高、返済期日、担保、そして経営者保証の有無
- 主要な契約書:賃貸借契約、リース契約、主要取引先との基本契約、許認可の内容
- 従業員名簿:人数、年齢構成、勤続年数、キーマンが誰か
このうち、多くの経営者様が「あとで手間取る」ものが2つあります。ひとつは株主名簿です。創業時の名義や相続で分散した株式が整理されていないケースは珍しくなく、株式の集約には時間がかかります。もうひとつは契約書で、主要取引先との契約に「支配権の変動があった場合に相手方が解除できる」旨の条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が入っていることがあります。
いずれも、早く気づけば手が打てます。この段階で問題が見つかることは、悪い知らせではなく、時間があるうちに見つかった良い知らせです。自社の点検の観点は「売却前の自社チェックリスト|買い手に見られる観点を自分で点検する」でも整理しています。
数字の見方を、少しだけ変えてみる
決算書を並べたら、税務申告のための数字としてではなく、第三者が事業として見たときの数字に置き換えてみてください。具体的には、役員報酬、生命保険料、社長個人に関わる費用、家族従業員の給与など、オーナー経営ゆえに発生している項目です。これらを調整した後の利益が、買い手が実質的な収益力として見る数字に近くなります。詳しくは「買い手は決算書のどこを見るか|3期分から読み取られること」をご覧ください。
2か月目|選択肢を並べて、比べてみる
2か月目は、M&Aという言葉をいったん脇に置いて、会社の行き先として取りうる道をすべて並べます。
| 選択肢 | 成り立つ条件 | 主な検討点 |
|---|---|---|
| 親族への承継 | 継ぐ意思と適性のある親族がいる | 株式の移転コスト、他の相続人との公平、経営者保証の引き継ぎ |
| 役員・従業員への承継 | 候補者に意欲があり、資金調達の目処が立つ | 株式の買取資金、保証の引き継ぎ、他の従業員の納得 |
| 第三者への譲渡(M&A) | 事業として引き継ぐ価値がある | 相手探しの期間、条件交渉、従業員・取引先への影響 |
| 廃業・清算 | 資産で負債を返済できる | 清算費用、従業員の雇用、取引先への影響、原状回復義務 |
| 当面は継続 | 経営者の健康と意欲が続く | 先送りによって選択肢が減っていくリスク |
並べてみると、多くの場合ですぐに2〜3個に絞られます。後継者不在は広く共通する課題で、帝国データバンクの2025年の調査によれば後継者不在率は50.1%とされています。親族・社内に候補がいない場合、現実的な選択肢は第三者への譲渡か廃業かに集約されていきます。
ここで大切なのは、廃業を選ぶにしても、譲渡の可能性を確かめてからにすることです。廃業には在庫処分、原状回復、解雇に伴う費用など、想定以上の支出が伴うことがあります。両者の比較は「廃業とM&Aはどちらを選ぶべきか|費用・手取り・従業員への影響を比較」で詳しく整理しています。
この段階では、まだ誰にも相談していません。それで構いません。むしろ、自分の頭の中で選択肢を一度並べておくと、次の月に外部の話を聞いたとき、言われたことを鵜呑みにせずに受け止められるようになります。
3か月目|外部に相談し、目線を確かめる
3か月目に、初めて外部へ話をします。ここまでの2か月で手元に資料が揃い、選択肢の輪郭も見えていますから、相談の質はまったく違うものになります。
誰に話すか
相談先には、顧問税理士、金融機関、事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関、M&A仲介会社・FAといった選択肢があり、それぞれ立場と守備範囲が異なります。詳しくは「M&Aは誰に相談すべきか|銀行・税理士・仲介会社の違いと使い分け」で比較していますが、初めての方が確かめたいのは、おおむね次の3点に集約されます。
- 自社は、そもそも譲渡の相手が見つかりうる会社なのか
- 見つかるとして、価格や条件はどのくらいの幅で考えればよいのか
- 動き始めてから成約まで、どのくらいの期間がかかるのか
1社で決めない
この段階での相談は、依頼ではなく情報収集です。複数の相手に同じ資料を見せ、同じ質問をして、返ってくる答えを比べてみてください。答えの中身だけでなく、答え方——断定するのか、幅を持たせるのか、根拠を示すのか——にも、その相手の姿勢が表れます。相談段階では仲介契約を結ぶ必要はありませんので、複数社に話を聞いても差し支えありません。
秘密保持を最初に確認する
相談の前に、情報の扱いについて必ず確認してください。書面で秘密保持契約を結べるか、社内で情報を共有する範囲はどこまでか、資料はどう保管されるか。この問いにきちんと答えられない相手には、決算書を渡さないほうが賢明です。
この3か月でやってはいけないこと
最後に、初期段階でよく起きる、避けたい行動を挙げます。
社内の誰かに漏らす
「幹部の一人にだけ」という相談が、最も漏れやすい経路です。会社を譲るかもしれないという情報は、従業員にとっては自分の生活に関わる話であり、善意であっても伝わっていきます。開示のタイミングは、条件が固まってから設計するものです。「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか|開示のタイミングと注意点」をご覧ください。
数字を良く見せようとする
売却を意識した途端、利益を厚くしようと不自然な処理をしたくなることがあります。しかし買い手は3期分を並べて見ますし、その後の調査(デューデリジェンス)で必ず整合性を確認されます。直前の作り込みは、価格を上げるどころか信頼を損ないます。
大きな投資や新規の長期契約を決める
設備投資、事務所の移転、長期のリース契約などは、譲渡を検討している時期には慎重に判断すべきです。買い手にとっては引き継ぐ負担になり、条件交渉の論点として持ち出されることがあります。
一社の話だけで方向を決める
最初に話を聞いた相手の意見は、どうしても強く残ります。それが良い相手であっても、比較対象がないまま進めると、後から「他はどうだったのか」という迷いが残ります。
まとめ|3か月後に手元に残るもの
この3か月を終えたとき、経営者様の手元には次のものが残ります。整理された自社の資料一式、取りうる選択肢とそれぞれの条件、そして外部から見た自社の位置づけ。これだけあれば、「進める」「もう少し待つ」「別の道を選ぶ」のいずれを選んでも、その判断に根拠が伴います。
そして、この3か月の作業は、仮にM&Aを選ばなかったとしても無駄になりません。株式の整理、契約の点検、実質的な収益力の把握は、いずれも会社を続けるうえでも、いつか誰かに引き継ぐうえでも必要な作業だからです。
当社プラチナパートナーズには、「売ると決めたわけではないが、判断材料がほしい」という段階のご相談を数多くいただきます。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりませんので、情報収集の一環としてお声がけください。秘密は厳守いたします。手数料の考え方は料金体系のページで、進め方の全体像はM&Aの流れのページで公開しています。