M&Aの最終契約書は、中小企業の案件でも数十ページに及ぶことがあります。そこに並ぶのは、日常の商取引ではあまり目にしない言葉です。表明保証、誓約事項、前提条件、補償、分離可能性——読み進めるうちに、内容が頭に入らなくなるという声をよく伺います。サイト全体の用語を場面ごとに引けるM&A用語集(96語)もご用意しています。

M&Aで使われる用語全般は「M&A用語集|経営者がまず押さえたい30語をわかりやすく」および「M&Aでよく出る英語・カタカナ用語30|LOI・DD・SPA・PMIなど」で扱っています。本稿はそのうち契約書の中で使われる法律用語に絞り、売り手の立場から「どこを見ればよいか」という観点で整理します。

なお、契約書の内容を最終的に判断するのは弁護士の役割です。本稿は、弁護士と話すための下地を作るための記事とお考えください。

契約書は、4つの部分でできている

細かな条項に入る前に、全体の構造を掴んでおくと格段に読みやすくなります。株式譲渡契約書(SPA)は、おおむね次の4つの部分でできています。

部分何を定めるか売り手が特に見る点
① 取引の骨格誰が誰に、何株を、いくらで、いつ譲渡するか金額、支払い方法、クロージングの日
② 表明保証契約時点で、どのような事実が真実であると保証するか保証する範囲の広さ、知る限りの限定の有無
③ 義務と条件クロージングまでに何をするか、何が整っていれば実行するか自分が果たせる内容か、期限は現実的か
④ 責任と後始末約束が違っていたときの責任、解除、その他の一般条項補償の上限と期間、競業避止の範囲

売り手にとってリスクが集中しているのは②と④です。①の金額は交渉の中心になりますから当然ご覧になりますが、②と④は目立たないまま、成約後の責任を大きく左右します。時間をかけるべきはこの2つです。

表明保証|「事実である」と約束する条項

表明保証(Representations and Warranties)とは、契約の当事者が、一定の事項について「これは真実です」と相手方に表明し、保証する条項です。売り手側は、会社に関する多くの事項について表明保証を求められます。

典型的な表明保証の項目

  • 株式について:適法に発行され、売り手が有効に保有しており、質権などの負担がついていない
  • 計算書類について:決算書が会社の財政状態を適正に示している
  • 簿外債務:開示したもの以外に債務がない
  • 労務:未払いの賃金・残業代がない。労使紛争がない
  • 税務:申告・納税が適正に行われている
  • 訴訟:係属中の訴訟や、その恐れがない
  • 契約:重要な契約に違反がなく、支配権の変動による解除事由がない
  • 資産:重要な資産を有効に保有し、権利に問題がない
  • 法令遵守:事業運営が法令に違反していない

売り手が確認すべき3つの視点

第一に、範囲です。表明保証の対象が広いほど、売り手の負担は重くなります。「一切の」「すべての」といった表現があれば、限定を求める余地がないか検討します。

第二に、「知る限り」の限定です。「売主の知る限り(to the seller's knowledge)」という限定が付くと、売り手が知らなかった事実については責任を負わない構成になります。すべてに付けることは買い手が受け入れませんが、売り手が把握しようのない事項については、この限定を求めるのが合理的です。

第三に、開示による除外です。デューデリジェンスで開示した事項や、別紙(ディスクロージャー・スケジュール)に記載した事項は、表明保証の対象から外すのが実務です。だからこそ、把握している問題は隠さず開示するほうが安全なのです。隠して発覚すれば表明保証違反となり、開示しておけば責任から外れる。この構造は、ぜひ理解しておいてください。

誓約事項と前提条件|する・しない・整っていること

混同されやすい2つの概念です。時間軸で区別すると理解しやすくなります。

誓約事項(コベナンツ)

当事者が「する」または「しない」と約束する行為です。契約締結からクロージングまでの間の約束(プレ・クロージング)と、クロージング後の約束(ポスト・クロージング)があります。

  • クロージング前の例:通常の事業運営を継続する。重要な資産を処分しない。新たな借入をしない。従業員の労働条件を大きく変更しない
  • クロージング後の例:一定期間、競合する事業を行わない。従業員の雇用を維持する。秘密を保持する

売り手として確認すべきは、「その約束を実際に守れるか」です。特にクロージング前の誓約は、日常の経営に制約を課します。「通常の業務範囲を超える支出をしない」といった条項がある場合、金額の閾値が現実的かを確認してください。

クロージング後の誓約については、雇用維持や競業避止が中心になります。雇用の担保のしかたは「従業員の雇用は守られるのか|契約でどう担保するか」で解説しています。

クロージングの前提条件

「これが整っていなければ、取引を実行しなくてよい」という条件です。誓約が行為の約束であるのに対し、前提条件は状態の要件です。

  • 表明保証が、クロージング時点でも真実であること
  • 誓約事項が履行されていること
  • 必要な許認可・第三者の承諾が得られていること
  • 重大な悪影響(MAC/MAE)が生じていないこと
  • 株主総会・取締役会の承認が得られていること

前提条件が満たされない場合、相手方はクロージングを拒否できます。売り手にとって注意すべきは、自分の努力だけでは満たせない条件が入っていないかです。たとえば「主要取引先すべてから承諾書を取得すること」という条件は、相手次第で実現できない可能性があります。実務的な作業は「クロージング条件を満たす作業|売り手側の準備」で扱っています。

補償|違っていたときに、誰がどこまで負うか

表明保証が事実と違っていた、誓約に違反した——その場合に売り手が負う責任を定めるのが補償(Indemnification)条項です。売り手にとって、契約書の中で最も金銭的な影響が大きい部分です。

見るべき4つの数字

項目意味売り手にとって
上限額(キャップ)補償する金額の上限低いほど有利。譲渡価格の一定割合とすることが多い
下限額(デミニミス)1件あたりこの金額未満は請求しない高いほど有利。少額の請求を排除できる
累計の下限(バスケット)累計がこの金額を超えるまで請求できない高いほど有利
存続期間いつまで請求できるか短いほど有利。1〜2年程度とすることが多い

これらは交渉の対象です。「上限なし・期間の定めなし」という条項を提示された場合は、必ず修正を求めてください。上限がなければ、譲渡対価を上回る責任を負う可能性が理論上残ります。

ただし、税務や社会保険に関する事項については、行政上の期間との関係で存続期間が長めに設定されることがあります。また、株式の保有に関する表明保証など、取引の根幹に関わる事項は上限や期間の制限から除外されるのが通例です。

特別補償

デューデリジェンスで具体的な問題が見つかった場合、その事項だけを取り出して個別に補償を定めることがあります(特別補償)。たとえば「係争中の案件について、判決の結果生じた損害を売主が負担する」といった形です。価格を下げる代わりに特別補償で対応する、という交渉も実務ではよく行われます。

解除・一般条項|見落とされがちな最後の数ページ

契約書の終盤には、一見すると形式的な条項が並びます。しかし、ここにも実務上重要なものがあります。

  • 解除:どのような場合に契約を解除できるか。クロージング後の解除を認めるかどうかは重要な論点です
  • 損害賠償の予定:違反時の賠償額をあらかじめ定める条項。金額の妥当性を確認します
  • 競業避止義務:期間、地域、対象事業の範囲。譲渡後にやりたいことがある場合は必ず確認
  • 公表:M&Aの事実をいつ、どう公表するか。従業員や取引先への開示のタイミングにも関わります
  • 費用の負担:各自の専門家費用をどちらが負担するか
  • 秘密保持:契約内容そのものの秘密保持。存続期間の確認を
  • 準拠法・管轄:紛争が生じた場合、どの裁判所で争うか。遠隔地の裁判所が指定されていないか
  • 分離可能性(可分性):一部の条項が無効になっても、他の条項は有効に存続するという定め
  • 完全合意:契約書に書かれたことがすべてであり、それ以前の口頭の合意は効力を持たないという定め

特に完全合意条項には注意が必要です。この条項がある場合、面談で口頭で交わした約束は、契約書に書かれていなければ効力を持ちません。「従業員は大切にすると言っていた」という記憶は、条項になっていなければ意味を持たないのです。

また、競業避止義務の範囲は、譲渡後の生活設計に直結します。範囲が広すぎる場合は交渉の余地があります。

※ 本稿は契約条項の一般的な意味をご説明するものです。個別の条項の解釈と法的効力は契約ごとに異なりますので、最終契約書は必ず弁護士にレビューを依頼してください。

まとめ|全部を理解する必要はない。見る場所を知る

契約書のすべての条項を、経営者様がご自身で理解する必要はありません。それは弁護士の仕事です。しかし、どこに何が書かれているか、そして自分にとってのリスクがどこに集まっているかを知っておくことには、大きな意味があります。

最低限、次の点だけは確認してください。

  • 表明保証の範囲は広すぎないか。「知る限り」の限定は必要な箇所に入っているか
  • 把握している問題は、別紙に開示して表明保証の対象から外れているか
  • 補償に上限額と存続期間の定めがあるか。その水準は妥当か
  • クロージング前提条件に、自分では満たせない項目が入っていないか
  • 面談で約束されたことが、条項として書かれているか
  • 競業避止義務の範囲と期間は、受け入れられるものか

そして、最終契約書は必ず弁護士にレビューを依頼してください。これは費用を惜しむべきところではありません。成約後の責任の範囲が、この数十ページで決まります。

当社プラチナパートナーズでは、契約書の各条項について売り手様にご説明したうえで、弁護士との連携を前提に進めています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。契約書を前にして不安を感じておられる段階でも、お気軽にご相談ください。

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら

よくあるご質問

A.表明保証と補償から読んでください。金額を定める部分は誰でも目を通しますが、売り手のリスクが集中しているのはこの2か所です。表明保証では、対象の範囲が広すぎないか、「売主の知る限り」の限定が必要な箇所に入っているか、把握している問題が別紙に開示されて対象から外れているかを確認します。補償では、上限額・1件あたりの下限・累計の下限・存続期間という4つの数字を確認します。
A.そのまま受け入れるべきではありません。上限額、1件あたりの下限、累計の下限、存続期間はいずれも交渉の対象で、「上限なし・期間の定めなし」と提示された場合は修正を求めてください。ただし、税務や社会保険に関する事項は行政上の期間との関係で存続期間が長めに設定されることがあり、株式の保有に関する表明保証など取引の根幹に関わる事項は制限から除外されるのが通例です。弁護士にご確認ください。
A.完全合意条項がある場合、契約書に書かれていない以前の口頭の合意は効力を持ちません。契約書の終盤に並ぶ一般条項は形式的に見えますが、解除の要件、競業避止義務の期間・地域・対象事業、公表の時期、準拠法と管轄など、実務上重要なものが含まれます。とくに競業避止の範囲は譲渡後の生活設計に直結します。最終契約書は必ず弁護士のレビューを受けてください。

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