「M&Aはやめたほうがいい」——会社の将来を考え始めた経営者様が、周囲やインターネットでこうした言葉を目にすることは少なくありません。結論から申し上げると、この言葉の多くはM&Aという手法そのものの否定ではなく、「目的が定まらないまま、準備不足で進めるM&Aはやめたほうがいい」という意味で語られています。M&Aは会社を残すための手段のひとつであり、向く会社と向かない会社が確かに存在します。

判断の軸は、それほど複雑ではありません。①後継者がいるか ②事業に継続価値(顧客・従業員・許認可・取引先)があるか ③手放したあとに何を守りたいか——この3点がはっきりすれば、M&Aが適しているのか、親族内承継が適しているのか、廃業が現実的なのかは、かなりの部分まで絞り込めます。本記事では、まず「やめたほうがいい」と言われる理由を正面から整理し、そのうえで向くケース・向かないケースを、廃業や親族内承継との比較を通してご説明します。

「やめたほうがいい」と言われる5つの理由

M&Aに慎重な意見には、実務上もっともな根拠があります。まずはその中身を、曖昧にせず具体的に見ていきます。

1. 想定より価格が低くなることがある

経営者様が長年かけて築いた会社への評価と、買い手が財務数値をもとに算定する評価は、しばしば一致しません。とくに、社長個人の営業力に売上が依存している会社や、特定の一社への依存度が高い会社は、買い手から見て「引き継いだあとに同じ利益が出るか」が読みにくく、評価が慎重になりやすい傾向があります。価格への期待値が高いまま交渉に入ると、落差が失望として残ります。

2. 従業員・取引先への影響が読みにくい

株式譲渡であれば雇用契約はそのまま引き継がれますが、譲渡後に人事制度や評価基準が買い手側に合わせて変わることはあります。長年の慣行が見直され、離職につながる可能性はゼロではありません。取引先との関係も同様で、契約書に支配権の変更に関する条項(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項)があれば、事前の通知や同意が必要になる場合があります。

3. 情報が漏れるリスクがある

「会社を売るらしい」という噂は、事実確認がなされないまま広がると、従業員の不安や取引先の離反を招きます。検討段階の情報管理は、M&Aの成否を左右する重要な論点です。逆にいえば、情報管理の設計ができていれば抑えられるリスクでもあります。

4. 譲渡後は経営の自由が下がる

譲渡後も一定期間は代表として残ることを求められる(いわゆるロックアップ・キーマン条項)ケースは珍しくありません。オーナーとしての最終決定権は買い手に移りますから、これまでのように自分の判断だけで物事を決めることはできなくなります。この変化を「窮屈」と感じる方はいらっしゃいます。

5. 時間と費用がかかる

相手探しから成約までには、一般に数か月から1年以上の時間を要します。その間、経営者様は本業と並行して資料準備や面談に対応することになります。仲介会社に支払う手数料も発生します。「思ったより長く、思ったより手間がかかった」という感想は、実際によく聞かれるものです。

これら5つは、いずれも「M&Aだから起きる不可避の欠陥」ではなく、準備・相手選び・情報管理によって相当程度まで制御できる論点です。裏を返せば、そこに手当てをしないまま走り出すと、そのまま失敗の原因になります。

M&Aが向かないケース

そのうえで、率直に「今はM&Aが最適解ではない」と申し上げるべき状況もあります。仲介会社として、次のようなケースでは慎重な検討をおすすめしています。

  • 後継者がすでにいて、本人に継ぐ意思がある——ご子息・ご息女や役員に継ぐ意思と適性があるなら、まずは親族内承継・社内承継の検討が先です。事業承継税制など、承継を支える制度も整備されています。
  • 事業が経営者個人に完全に依存している——売上の大半が社長個人の資格・人脈・技能に紐づき、他の誰にも再現できない場合、買い手は「買っても事業が続かない」と判断します。
  • 譲れない価格の下限が、事業の実態と大きく離れている——「この金額でなければ売らない」という基準が算定の水準と大きく乖離していると、交渉が長期化し、当事者双方が疲弊します。
  • 目的が「今すぐ現金がほしい」だけ——資金繰りの逼迫だけを理由に急ぐと、条件面で不利な選択をしがちです。金融機関との調整など、先に取るべき手段がないかを確認すべきです。
  • ご家族・株主の合意がまったく取れていない——株式が親族に分散している場合、合意形成が済まないまま進めると、最終契約の直前で頓挫します。

ただし、このうち「決算書や契約関係の整備ができていない」「株主の合意がまだ取れていない」といった理由は、時間をかければ解消できる、いわば“今は向かない”状態です。準備に1〜2年をかけて整えたうえで再検討する、という進め方は十分に現実的です。

M&Aが向くケース

一方で、次のような状況では、M&Aが会社と関係者にとって有力な選択肢になります。

  • 後継者がいない——帝国データバンクの2025年調査では、後継者不在率は50.1%とされています。後継者不在は例外的な事態ではなく、多くの企業が直面している現実です。
  • 従業員の雇用を守りたい——廃業すれば雇用は失われますが、株式譲渡であれば雇用契約はそのまま引き継がれます。「社員の働く場所を残す」ことを最優先に置くなら、M&Aは有力です。
  • 取引先・顧客への責任を果たしたい——供給を止めれば取引先にも影響が及びます。事業が続くことは、取引先にとっても価値です。
  • 成長のために資本・販路・人材が必要——単独では届かない投資や販路の拡大を、資本提携によって実現するという選択もあります。M&Aは「引退の手段」だけではありません。
  • 経営者保証を外したい——個人保証を負ったままの経営を続けることに不安がある場合、譲渡は保証を解除する契機になり得ます。
  • まだ業績も体力もあるうち——買い手が最も評価しやすいのは、利益が出ていて事業が回っている状態です。「もう限界だ」と感じてからでは、選べる相手が狭まります。

廃業・親族内承継と比べて考える

M&Aの是非は、単独で論じても答えが出ません。取り得る他の道と並べて比べたとき、はじめて自社にとっての位置づけが見えてきます。

観点親族内承継M&A(第三者承継)廃業
事業の継続継続する継続する終了する
従業員の雇用維持されやすい原則として引き継がれる失われる
創業者の手取り対価は生じにくい譲渡対価を受け取る清算後の残余財産のみ
経営者保証後継者に引き継がれる場合がある解除に向けた交渉が可能債務整理の中で処理
必要な期間育成を含め数年単位数か月〜1年以上数か月〜1年程度
主な負担後継者の育成・株式の移転相手探し・交渉・手数料設備処分・原状回復などの支出

ここで見落とされがちなのが、廃業にも相応の支出が伴うという点です。設備の処分、賃借物件の原状回復、従業員への対応など、事業をたたむこと自体にお金がかかります。「売れないから廃業」ではなく、「両方の見通しを金額と時間で並べたうえで選ぶ」という順序が大切です。廃業の実務と費用については「廃業と会社売却はどちらが得か」で、親族内承継との比較は「親族内承継とM&Aの比較」で詳しく整理しています。

判断を誤らないための進め方

「やめたほうがいい」と言われる失敗の多くは、手法の問題ではなく進め方の問題です。次の4つを押さえるだけで、避けられるつまずきはかなりあります。

1. 目的を言葉にする

「何を守りたいのか」を、価格・雇用・社名・取引先・引退時期といった具体的な言葉に落とし込みます。順位づけまでできていると、交渉のどの場面でも判断が揺れません。

2. 現状を数字で把握する

直近3期の決算書をもとに、自社がどのように評価されるのかの目安を持っておきます。期待と現実の距離を最初に知っておくことが、後の失望を防ぎます。評価の考え方は「会社売却の相場と企業価値の考え方」をご覧ください。

3. 情報管理の設計を先に決める

誰に、いつ、どこまで伝えるか。とくに従業員への開示時期は、成約前後のどこに置くかで社内の受け止めが変わります。「従業員にいつ伝えるべきか」もあわせてご確認ください。

4. 「やめる自由」を残したまま検討する

検討を始めることと、売ると決めることは別です。相談段階で結論を求められる筋合いはありません。最終契約に至るまでの各段階で立ち止まれること、そして立ち止まった場合に何が生じるのかを、契約前に書面で確認しておいてください。

まとめ|「やめたほうがいい」は問いの入口

M&Aは、後継者不在という現実に対する選択肢のひとつであり、万能の解決策ではありません。国内のM&A件数はレコフデータの集計で2025年に5,000件を超え、2年連続で過去最多となりましたが、その一つひとつが正しい選択だったかどうかは、それぞれの会社の事情によります。

大切なのは、「やめたほうがいい」という言葉を結論として受け取るのではなく、問いの入口として使うことです。なぜそう言われるのか、その懸念は自社に当てはまるのか、当てはまるなら準備で解消できるのか——そこまで具体化できたとき、答えは自ずと形になります。

当社では、初回のご相談を無料で承っています(相談料・着手金・月額報酬は0円です)。「まだ売ると決めたわけではない」「他の選択肢と比べたい」という段階でのご相談を歓迎しており、その場でご契約を求めることはありません。M&Aが向かないと考えられる場合には、その理由もあわせて率直にお伝えします。相談前のご準備は「M&A相談前に準備しておくもの」をご参照ください。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。実際のご検討にあたっては、顧問税理士・弁護士など専門家にご確認ください。

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「M&Aはやめたほうがいい」と言われる背景には、実務上もっともな5つの理由があります。ただしその多くは手法の否定ではなく、目的が定まらないまま準備不足で進めることへの警告です。向くケース・向かないケースを整理しました。詳しくはコラムへ。

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M&Aはやめたほうがいい。そう聞いたことがあるかもしれません。この言葉の多くは、手法の否定ではなく、準備不足への警告です。

想定より価格が低いこと。従業員や取引先への影響。情報漏れ。譲渡後は経営の自由が下がること。そして、時間と費用。どれも、もっともな指摘です。

継ぐ意思のある後継者がいるなら、まず親族内承継から。一方で後継者不在率は50.1%。雇用を守りたい、成長に資本が要る。そんな会社には、有力な選択肢です。

失敗の多くは、手法ではなく進め方の問題です。

※ 動画は一般的な例で説明しています。当社の手数料は、相談料・着手金・月額報酬0円、基本合意の締結時に成功報酬額の10%を中間金として申し受け(成約時の成功報酬から全額を差し引いてご請求しますが、基本合意後に不成立となった場合の返金はいたしません)、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)・最低2,000万円(税別)です。詳しくは料金体系をご覧ください。

この記事の内容について、無料でご相談いただけます。 相談料・着手金・月額報酬は0円。売ると決めていない段階のご相談も承っています。

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よくあるご質問

A.多くの場合、M&Aという手法そのものが否定されているのではなく、目的が定まらないまま準備不足で進めるM&Aのリスクが指摘されています。想定より価格が低くなる、従業員や取引先への影響が読みにくい、情報漏えいの懸念がある、譲渡後は経営の自由度が下がる、時間と費用がかかる、といった点が代表的な理由です。いずれも事前の準備と相手選びで相当程度まで抑えられる論点です。
A.後継者がすでにいて本人にも継ぐ意思がある場合、事業が経営者個人の資格や人脈に完全に依存していて第三者では再現できない場合、譲渡価格に絶対に譲れない下限があり事業の実態と大きく離れている場合などは、M&Aが最適解になりにくいといえます。ただし決算書や契約書の整備不足が理由であれば、時間をかけて整えることで状況は変わります。
A.従業員の雇用、取引先との関係、事業の継続そのものを残したいのであればM&Aの検討が先になります。一方、事業に継続価値が乏しく買い手が見込めない場合や、自らの意思で事業を終える判断が固まっている場合は、廃業が合理的な選択になることもあります。廃業には設備処分費や原状回復費など相応の支出が生じるため、両方の見通しを金額と時間の両面で並べて比べることをおすすめします。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。M&Aが向かないと考えられる場合は、その理由も率直にお伝えします。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら