売却を意識すると、「最後の決算をできるだけ良くしたい」という気持ちが働きます。費用を抑える、売上を前倒しする、経費の計上を翌期に回す——こうした調整の誘惑は、決して珍しいものではありません。しかし実務の結論から申し上げると、直前の数字づくりは評価につながりにくく、発覚した場合の損失は得られるはずだった利益をはるかに超えます。本稿では、なぜそうなるのかを買い手の検証方法から説明し、代わりに何をすべきかを整理します。

買い手は直近期を最も疑って見る

買い手とその専門家は、多くの会社を見てきています。そして、売り手が売却を意識した期の数字が良くなりやすいことも知っています。そのため、直近期の増益はまず要因を確かめる対象になります。

確認の方法は難しいものではありません。3〜5期の損益を並べ、勘定科目ごとの推移を見る。前期まで毎年計上されていた費用が急に減っていれば、理由を尋ねます。売上が伸びていれば、取引先別・月別の内訳を確認します。決算期末の売上が不自然に多ければ、翌期の返品や計上時期を確かめます。

この過程は「買い手は決算書のどこを見るか」でも整理しています。要するに、単年の数字だけを見る買い手はいないということです。

よくある「作りにいく」やり方と、その帰結

実務で見られる調整と、それが買い手にどう扱われるかを整理します。

  • 修繕・広告・採用の先送り:費用は減りますが、推移を見れば分かります。買い手は平年並みの水準に戻して収益力を見積もるため、増益分は評価に反映されません。加えて、先送りした修繕は譲渡後の負担として価格交渉の材料になります
  • 売上の前倒し計上:計上基準の変更は注記や元帳から確認できます。会計基準に反する場合は、修正が必要になるだけでなく、他の科目の信頼性まで疑われます
  • 在庫の評価を甘くする:滞留在庫を評価減しないやり方ですが、在庫の年齢分析をすれば分かります(在庫は企業価値にどう影響するか)
  • 役員報酬を極端に下げる:実質利益を見る過程で必ず調整されるため、意味がありません(実質利益(正常収益力)とは)

共通しているのは、調整の効果が評価に乗らない一方、信頼だけが失われるという点です。得るものが少なく、失うものが大きい取引になります。

発覚した場合に何が起きるか

デューデリジェンスの途中で判明した場合、まず交渉が止まります。買い手は社内で再検討することになり、条件の引き下げか、検討の中止かを判断します。他の説明資料も改めて検証されるため、期間も延びます。

成約後に判明した場合は、より深刻です。最終契約書では、計算書類が適正に作成されていることなどを売り手が表明・保証するのが一般的で、事実と異なれば補償の請求を受ける可能性があります(表明保証とは)。受け取った譲渡代金から返還を求められることもあり得ます。

さらに、会計処理の内容によっては、税務や法令上の問題に発展する可能性もあります。具体的な評価は弁護士・税理士など専門家の判断が必要ですが、いずれにせよ、想定していたはずの「無事に引退する」という結末から遠ざかります。

代わりに何をすべきか|説明できる状態にする

数字を作りにいかないとして、では何もしないのかというと、そうではありません。やるべきことは、いまの実力が正しく伝わる状態にすることです。これは操作ではなく整理です。

  • 一過性の損益を特定し、「いつ・いくら・なぜ」を資料にする
  • 役員個人に関わる経費を洗い出し、調整項目として示す
  • 部門別・取引先別の採算を集計し、どこで稼いでいるかを示す
  • 不採算部門があれば、改善か撤退かの方針を持つ
  • 先送りしてきた修繕や投資があれば、必要額と時期を自社で見積もる

最後の項目は、勇気が要るかもしれません。しかし、自社で見積もって示すほうが、買い手が独自に見積もるより結果的に穏当になることが多いのです。買い手の見積りは保守的になりがちだからです。

実質的な収益力を自ら示すという考え方は、磨き上げの中心にあります。「企業価値を高める磨き上げ」もあわせてご覧ください。

業績が悪い期に売却してはいけないのか

「今期は業績が悪いので、回復してから売却したほうがよいか」というご相談も多くいただきます。これは数字づくりとはまったく別の、正当な検討です。

判断の材料は、悪化が一時的なものか構造的なものかです。一時的な要因が特定でき、回復の見通しが説明できるのであれば、待つ選択肢にも意味があります。一方、構造的な要因であれば、待つほど状況が悪くなることもあります。この論点は「業績が落ちている年の売却」で詳しく扱っています。

また、業績以外の要素——ご自身の年齢と健康、後継者の状況、業界の環境——も判断に関わります。企業価値だけでタイミングを決める必要はありません。

誠実さは、結果として有利に働く|まとめ

短期的な数字づくりをせず、論点を先に開示する売り手は、交渉の過程で信頼を得ます。信頼は、価格そのものだけでなく、条件面——引き継ぎ期間、補償の範囲、従業員の処遇の約束——にも影響します。

そして何より、成約後に問題が出ない取引は、売り手にとっての安心につながります。会社を手放した後に補償の請求を受けるという事態は、金銭の問題を超えた負担です。

当社では、不利に見える事実についても、どの段階でどう伝えるかをご一緒に検討しています。相談料・着手金・月額報酬は0円ですので、開示に迷われている論点がある段階でもご相談ください。なお、会計処理や税務の判断は、税理士など専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.違法な処理でなくても、買い手は費用の推移を見て平年並みの水準に戻して収益力を見積もります。増益分が評価に反映されにくいうえ、先送りした修繕などは譲渡後の負担として交渉材料になるため、効果は限定的です。
A.早い段階で把握し、専門家に相談のうえ対応方針を決めることをおすすめします。デューデリジェンスの終盤や成約後に判明するほうが影響は大きくなります。具体的な対応は税理士・弁護士など専門家にご確認ください。
A.できます。買い手が見るのは、悪化が一時的か構造的か、そして回復の道筋が説明できるかです。要因を特定して示せれば、悪い期であっても検討は進みます。待つべきかどうかは、業績以外の事情もあわせてご検討ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら