本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。相談の入口は、いつも経営者本人とは限りません。配偶者、子である後継者候補、長年会社を支えてきた幹部社員、そして顧問の先生。本人以外からの相談は、善意から始まり、扱いを誤ると家族や社内の関係を壊します。会社を譲るかどうかを決められるのは株主であり、会社の情報を社外に出す判断ができるのは経営者本人です。ここを曖昧にしたまま進めることは、依頼者の不利益に直結します。本稿では、本人以外からの相談をどこまで受け、何を確かめ、どう本人との対話に橋を架けるかを型にします。
本人以外からの相談には四つの型がある
誰から来た相談かによって、確かめるべきことも、できることも違います。
| 相談者 | よくある動機 | 初期に確かめること |
|---|---|---|
| 配偶者 | 体調や年齢への不安。本人が先延ばしにしている | 本人がこの相談を知っているか。株主かどうか |
| 子(後継者候補) | 継ぐ意思がない、または継いだが限界を感じている | 本人との認識の差。持株の有無と将来の相続の想定 |
| 幹部社員・番頭格 | 会社の存続と従業員の雇用への危機感 | 本人の委任があるか。社内の誰まで知っているか |
| 顧問の税理士・金融機関 | 顧問先・取引先からの相談を受けて | 本人の了解を得た紹介か。先生の役割をどう残すか |
四つ目については、当社は士業・金融機関の方向けのご案内を別に用意しています。成約後も顧問契約は先生に残る前提で進めますので、先生の役割を奪う形の初期対応をしないことが前提です。手順は「紹介案件の受け方」も参照してください。
最初に確かめる三つ|意思・株主・認知
相談の中身に入る前に、次の三点を確かめます。順番も大事です。
- 本人の意思:経営者本人は、譲渡の検討をどう考えているか。相談者の見立てではなく、本人が口にした言葉として何があるか
- 株主構成:議決権を持っているのは誰か。相談者は株主か。名義株や分散した親族株主がいないか
- 本人がこの相談を知っているか:知らないのであれば、いつ、誰が、どう伝える想定か
特に二番目は、後の工程すべてに効きます。株式が分散していれば、本人が決めても取引が成立しないことがあります。確認の仕方は「資本構成の確認」にまとめています。
三番目を飛ばすと、後で「知らないところで話が進んでいた」という受け止め方をされます。相談者の善意は、本人にとっては不意打ちになり得ます。ここは必ず言葉にして確かめてください。
本人が知らない相談を、どこまで受けるか
本人が知らない段階の相談を、門前払いにする必要はありません。不安を抱えた家族や幹部が、誰にも言えずに調べていることは実際にあります。ただし、受ける範囲には明確な線を引きます。
| できること | しないこと |
|---|---|
| 一般的な選択肢・手順・期間の説明 | 本人の了解がない状態で会社の資料を預かる |
| 費用の枠組みの説明 | 本人を飛ばして買い手候補に打診する |
| 本人にどう切り出すかの相談に乗る | 相談者に契約や意向表明を求める |
| 本人を交えた面談の段取り | 本人の考えを相談者の言葉だけで確定させる |
決算書や株主名簿は、本人の了解を得てからお預かりします。相談者が手元に持っていても同じです。誰の情報を、誰の承諾で受け取っているのかを常に自分に問うてください。受領資料の扱いは「受領資料の整理術」にも記しています。
線を引くことは、相談者を突き放すことではありません。むしろ「ここから先はご本人の了解が要ります」と最初に明示したほうが、相談者は安心します。何も言わずに受け取っておいて、後になって「本人の了解がないので進められません」と伝えるほうが、よほど不誠実です。線は、引いた時点で相手に見えていなければ意味がありません。
本人との面談へ橋を架ける
最終的には、本人と直接お話しできる状態をつくります。急がず、次のような段取りを相談者と一緒に考えます。
- 切り出す役は相談者に委ねる:こちらから本人に直接連絡することは、了解を得るまでしません
- 伝える内容を小さくする:「譲渡の話」ではなく「これからの会社の続け方について、一度外部の話を聞いてみないか」から始めてもらう
- 初回は情報提供の場として設計する:本人にとって初対面ですから、結論を求めない場にする
- 同席者を決めておく:家族間で意見が割れている場合、全員が同席すると本音が出にくいことがあります。誰と誰が同席するかは本人に決めていただく
- 本人の意思が「譲らない」であれば、そこで止める:相談者を通じて説得することはしません
最後の一点は徹底してください。本人が望んでいない譲渡を外部が後押しすることは、仲介者の職責を超えています。
進めてよい段階の見分け方と、社内での記録
次の条件が揃ったときに、通常の初期対応へ移ります。
- 経営者本人と直接対話ができている
- 議決権の所在が確認でき、必要な株主の意向が把握できている
- 資料の授受について本人の了解がある
- 社内で誰まで知っているかが整理され、以後の情報の広がり方に合意がある
そして、ここまでの経緯は必ず記録に残します。誰から相談が入り、本人がいつ知り、どの資料を誰の承諾で受け取ったか。この履歴は、後の工程で認識のずれが起きたときに、唯一の拠り所になります。記録の型は「顧客管理と接触履歴の残し方」を参照してください。
なお、相続や自社株の評価が絡む相談では、初期の段階から税理士の関与が前提になります。株式の承継や遺言の有無に踏み込む場合は、必ず専門家につないでください。当社は税務顧問業務を行いませんので、顧問の先生がいらっしゃる場合は、その先生に残っていただく前提で役割を整理します。
最後に、条件が揃わないまま時間だけが過ぎることもあります。そのときは無理に案件化を目指さず、一般的な情報提供にとどめて一度区切ってください。相談者の善意に応えようとして、本人の意思を置き去りにするのが、この局面で最も起こりやすい失敗です。区切ったうえで連絡先を残しておけば、状況が動いたときに改めてご相談いただけます。
よくあるご質問
Free Consultation
誰の依頼として動いているのかを、常に確かめる仕事です。
プラチナパートナーズでは、初回相談から成約まで一気通貫で担うアドバイザーを募集しています。M&A業界が初めての方も、実務の型から丁寧にお伝えします。
経営者の方のご相談は、無料相談フォーム(またはinfo@platinumpartners.jp)から承ります。ご契約やご決断を急がせることはありません。