本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。買い手候補からの辞退連絡は、この仕事で最も頻度の高い「悪い知らせ」です。何社も打診すれば、辞退のほうが多いのが普通で、辞退そのものは失敗ではありません。問題になるのは、受けた後の手順です。理由を聞かずに伝える、伝えるのが遅れる、次の一手を用意せずに報告する——この三つで、売り手の信頼は静かに失われます。ここでは受けた瞬間から売り手への報告までを型にします。断られた相手との関係の閉じ方は「断られた後の対応」、DD段階の悪い知らせは「悪い知らせの伝え方」を併読してください。

辞退は必ず起きる。問題は受け止め方ではなく手順

まず心構えから。辞退は買い手の戦略・タイミング・社内事情で決まることが多く、売り手の会社の価値を否定するものではありません。ここを実務者が誤解していると、売り手に伝えるときの声の調子に出ます。謝りすぎない、言い訳しない、事実を運ぶ。これが基本姿勢です。

一方で、辞退の連絡を軽く扱ってはいけません。売り手にとっては、期待していた相手からの「不合格通知」です。特に一社目の辞退は、経営者が想像していた以上に堪えます。だからこそ、こちらは手順に沿って淡々と処理し、感情の負担を減らす役に回ります。

連絡を受けた瞬間にやること|理由を聞き、記録する

辞退の連絡は、メールで届くことも電話で届くこともあります。どちらの場合も、その場でやることは同じです。

  • 1. 理由を具体的に聞く:「社内で検討した結果」で終わらせない。何が引っかかったのかを一段掘る。「価格の水準ですか、事業内容ですか、タイミングですか」と選択肢を示すと答えやすい
  • 2. 条件が変われば戻る余地があるかを聞く:「価格が◯◯であれば」「来期であれば」という条件つきの辞退は、完全な終了とは別物として扱う
  • 3. 資料の扱いを確認する:秘密保持契約に沿って、開示資料の破棄または返還を依頼し、記録に残す
  • 4. お礼を伝える:検討に時間を割いたことへの謝意を必ず述べる。次の案件で再び候補になる相手
  • 5. その場で記録する:日時、伝えてきた相手、理由、条件つきか否か、次につながる示唆。記録の型は「面談・電話の記録の残し方

新人が飛ばしがちなのは1と2です。理由を聞かずに「辞退でした」とだけ売り手に伝えると、必ず「なぜですか」と聞かれ、答えられずに信頼を落とします。理由は、その場で聞くのが最も取りやすい情報です。時間が経つと相手も答えを整えてしまい、当たり障りのない言葉に置き換わります。

辞退理由の分類と、その意味

聞き取った理由は、次の五つに分類して扱います。分類ごとに、その後の動きが変わります。

分類典型的な言い方意味と次の動き
条件(価格・スキーム)「価格の目線が合わない」「役員退職金の扱いが」交渉余地の有無を確認する。幅を聞ければ、他候補への説明にも使える
タイミング「今期は別の投資がある」「来期なら」関係は継続。次の案件や時期を記録し、定期接触の対象にする
事業の中身「想定していた領域と違った」「地域が合わない」候補選定またはティーザーの記載に原因がある可能性。資料を見直す
個別の懸念「キーマン依存が強い」「取引先が集中している」売り手にとって最も価値のある情報。改善または説明の補強が可能かを検討する
社内事情「稟議が通らなかった」「体制が整わない」こちらでは動かせない。深追いせず、関係だけ維持する

このうち「個別の懸念」は、売り手にとって最も学びのある情報です。伝えにくい内容ですが、隠すべきではありません。同じ懸念は次の買い手からも必ず出ます。むしろ早い段階で分かったことを、資料の補強や説明の準備に使ってください。

売り手への伝え方|いつ・誰に・どこまで

いつ

当日か翌営業日。理由の確認が済んでいなくても、第一報を先に入れます。「先ほど辞退のご連絡がありました。理由を確認しており、明日までにまとめてご報告します」。この一報があるかないかで、後の受け止め方が変わります。

誰に

案件の窓口が誰かによります。オーナー本人だけが知っている案件であれば本人に直接、後継候補や配偶者が同席している場合は、これまでの共有範囲を崩さないように伝えます。誰が知っているかの範囲を勝手に広げないことは、辞退の連絡でも同じです。

どこまで

伝える順番を固定しておくと、感情に流されずに話せます。

  • 事実:どの候補が、いつ、どう判断したか
  • 理由:聞き取った内容。買い手が他言無用とした社内事情は除く
  • 影響:全体の進行にどう影響するか(遅れるのか、影響しないのか)
  • 次の一手:次に何をするか、いつまでに報告するか

やってはいけないのは、慰めから入ることです。「残念ですが、よくあることです」と切り出すと、経営者は「軽く扱われた」と感じます。事実から入り、最後に「他の候補で進めます」と前を向く形が、結果的にいちばん相手を落ち着かせます。

辞退の理由に、売り手の努力では変えられない要素(買い手の社内事情、投資方針の変更)が含まれるときは、その旨を明確に伝えてください。理由が分からないままだと、経営者は自分の会社に原因があると考え込みます。

次の一手をセットで示す|連続辞退のときの立て直し

報告は必ず、次の一手とセットにします。単独で悪い知らせだけを届けると、相手は「この先どうなるのか」という不安だけを抱えることになります。

  • 次の波の候補を何社、いつ当てるのか
  • 資料のどこを直すのか(懸念点への説明を足す、事業の強みの書き方を変える)
  • 条件面で検討すべき点があるか(あれば選択肢として提示し、判断は売り手に委ねる)
  • 次の報告日

辞退が続いたときは、原因の切り分けが必要です。理由を並べて、共通しているか、ばらばらかを見ます。共通していれば条件や資料に、ばらばらであれば候補の当て方に原因があります。この切り分けを売り手と共有すると、辞退の連続が「失敗の積み重ね」ではなく「情報の蓄積」として受け取られます。

そして、売り手が疲れているサインが出たら、こちらから一度立ち止まる提案をしてください。「一度、条件の優先順位を整理し直しませんか」という提案は、追い立てられている感覚を減らします。仲介者の役割は成約させることですが、その前に、依頼者が納得して判断できる状態を保つことです。複数候補が動いているときの見せ方は「複数候補の同時進行」も参考にしてください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における法的・税務的判断は、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.事実として聞いた理由は原則そのまま伝えます。ただし、買い手が「他言しないでほしい」とした社内事情や、根拠のない主観的な評価まで生で流す必要はありません。伝えるべきは、売り手が次の判断に使える情報です。表現をやわらげるのは構いませんが、内容を変えたり、都合の悪い理由を隠したりすることは避けてください。
A.当日から翌営業日が目安です。悪い知らせは時間が経つほど、伝えられた側の不信が大きくなります。理由の確認が終わっていない場合でも、「辞退の連絡がありました。理由を確認中で、分かり次第ご報告します」と第一報だけ先に入れるのが実務の型です。
A.候補選定の問題か、資料の説明力の問題か、条件そのものの問題かを切り分けます。辞退理由を並べて共通点を探し、共通していれば条件や資料に原因がある可能性が高く、ばらばらであれば候補の当て方を見直します。売り手には、辞退が続いている事実と、次に何を変えるのかをセットで説明してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら