本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。株式譲渡は、対象会社の株式を買い手がまとめて取得する取引です。ところが中小企業では、株主名簿に載っている人と実際の株主が食い違っていたり、創業者以外の親族や元役員が少数の株式を持っていたりすることが珍しくありません。集約の道筋がつかないまま交渉を進めると、最終盤で止まります。ここでは、どの段階で何を確認し、誰に任せ、仲介者は何をするのかを整理します。株式譲渡そのものの手続きは「株式譲渡の実務手続き」を参照してください。
株主名簿と実態が合わない会社は珍しくない
創業から年数が経った会社ほど、株式の状態は複雑になります。悪意があったわけではなく、その時々の制度や事情に合わせた結果です。たとえば、かつて株式会社の設立に複数の発起人が必要だった時期に、親族や知人に名前を借りて設立した会社では、出資の実態はオーナーにあるのに名簿上は他人が株主になっていることがあります。相続が一度起きていれば、相続人の間で分かれたまま整理されていないこともあります。
ここで大事なのは、売り手を責める話にしないことです。経営者にとっては何十年も問題なく経営してきた会社であり、「株主が誰か分かっていない」と言われれば気分の良い話ではありません。仲介者は、「多くの会社で同じことが起きており、譲渡に向けて整えておく項目です」と事実として伝え、確認の作業に一緒に入ります。早く分かれば整える時間があり、遅く分かれば日程に響く。それだけの話です。
分散の三つの型と、それぞれの難しさ
実務で出てくる分散は、おおむね次の三つに分かれます。型によって、必要な時間も、関わる専門家も違います。
| 型 | 起きている状態 | 難しさの所在 |
|---|---|---|
| 名義を借りた株 | 出資はオーナーが行い、名簿上は別の人が株主になっている | 本来の権利者が誰かという法的な評価が必要。名義人やその相続人の協力が要る |
| 相続で分かれた株 | 先代の株式が相続され、複数の相続人が保有している、あるいは遺産分割が終わっていない | 相続人全員の意向が揃うかどうか。関係が疎遠だと連絡から時間がかかる |
| 従業員・元役員の株 | 過去の増資や譲渡で、社内の人が少数を保有している | 譲渡を打診すること自体が、M&Aの検討を社内に知らせることになる |
三つ目は特に慎重さが要ります。株式を買い取りたいと伝えれば、相手は理由を考えます。誰に・いつ・どう伝えるかを、社内開示の設計と一体で決める必要があり、仲介者だけの判断で動いてよい場面ではありません。順番を誤ると、従業員や取引先に話が伝わり、譲渡企業の事業そのものに影響が及びます。
いつ着手するか|案件化の前に確認し、基本合意までに道筋をつける
確認と着手の時期は、おおまかに次のように置きます。
- 案件化の前(受託の段階):定款、株主名簿、法人税申告書の別表二、過去の株主総会議事録を見せていただき、記載が一致しているかを確認する。ずれがあれば、この時点で売り手に共有する
- 買い手への提示前:集約が必要な株式の数と、見込まれる期間を整理しておく。提示資料に「整理中」と書けるだけの見立てを持つ
- 基本合意まで:集約の方針と、いつまでに終える見込みかを買い手と共有する。買い手が最も嫌うのは、進んだ後に出てくる不確定要素です
- デューデリジェンス:買い手側が必ず確認する論点です。売り手の準備が整っていれば、ここで新たな指摘にはなりません
- 最終契約まで:集約を完了させるか、完了を決済の前提条件として書き込む
売り手側のデューデリジェンス準備については「売り手のDD準備支援」も併せてお読みください。株主の整理は、準備項目の中で最も時間が読みにくいものです。相手のある話であり、こちらの都合では進みません。だからこそ、いちばん早く着手します。
仲介者がやること・やらないこと
ここは線引きがはっきりしている領域です。株式の帰属をめぐる法的な評価、相続人との交渉、買取価格の法的な妥当性の判断、書面の作成は、いずれも弁護士の領域です。仲介者がこれらを代行することはできません。税務上の評価や課税関係は税理士に確認します。
| 仲介者がやること | 専門家に委ねること |
|---|---|
| 名簿・別表二・議事録を突き合わせ、ずれの箇所を洗い出して売り手に共有する | その株式が法的に誰のものかという評価(弁護士) |
| 整理に必要な時間を見積もり、案件の日程に織り込む | 相続人・名義人との交渉、合意書面の作成(弁護士) |
| 買い手への説明の仕方と、開示する範囲・時期を設計する | 買取価格の税務上の取り扱い、課税関係(税理士) |
| 売り手が専門家に相談しやすいよう、論点を整理して橋渡しする | 定款の変更や登記が必要な場合の手続き(弁護士・司法書士) |
仲介者の価値は、問題を早く見つけ、正しい専門家へ早く渡すことにあります。自分で判断しようとして遅れるのが、この領域で最もよくない進め方です。「分かりません、確認します」と言えることが実務の力です。
集約が終わらないまま最終契約に向かう場合
どうしても決済までに完了しない見込みが出ることがあります。相続人の一人と連絡がつかない、遺産分割の協議が続いている、といった事情です。このとき考えられる扱いは、おおむね次のとおりです。どれを選ぶかは買い手の方針と、残っている株式の割合・性質によって変わります。
- 決済の前提条件にする:集約の完了を決済の条件として契約に書く。完了しなければ決済しない。最も明快だが、日程は相手方に握られる
- 取得割合を調整する:一部の株式を残したまま取得する。買い手が少数株主の存在を許容できるかによる
- 表明保証と補償で受ける:株式の帰属について売り手が表明保証し、問題が生じた場合の扱いを定める。ただし、後から争いが起きたときの負担は売り手に残る
- 日程を後ろに倒す:無理に間に合わせず、決済日そのものを動かす
仲介者としては、売り手にどの選択肢がどういう負担を残すかを説明することが仕事です。表明保証で受ける形は、契約の場では最も早く着地しますが、売り手にとっては譲渡後に責任が残る形になります。「早く終わる」ことと「売り手にとって軽い」ことは同じではありません。表明保証の範囲と期間の考え方は「表明保証の範囲と期間」に整理しています。
よくあるご質問
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プラチナパートナーズでは、論点を早く見つけて専門家に橋渡しし、日程に落とし込めるアドバイザーを募集しています。M&A業界が初めての方も、実務の型から丁寧に教えます。
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