本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。最終契約の交渉で、最も時間がかかるのが表明保証です。買い手は広く長く取りたい、売り手は狭く短くしたい。この対立を、仲介者は法的助言をせずに前へ進めなければなりません。鍵になるのは、「範囲」「限定」「期間」「上限」の四つの軸で論点を分解することです。ここでは、それぞれの軸で何が争われ、実務ではどのあたりに着地しやすいのかを整理します。表明保証そのものの基礎は「表明保証とは」を先に確認してください。
表明保証は何のためにあるのか|価格ではなくリスクの配分
まず目的を共有しておきます。表明保証は、買い手が売り手を疑うための条項ではありません。クロージング後に判明した問題を、どちらが負担するかをあらかじめ決めておく仕組みです。DDには時間と費用の制約があり、すべてを調べ尽くすことはできません。調べきれなかった部分について、「売り手が知っていて言わなかった問題は売り手が負う」「買い手が引き受けると決めた部分は買い手が負う」と配分するのが表明保証と補償の役割です。
この説明を最初にしておくと、売り手の受け止め方が変わります。何も説明せずに「表明保証の項目が多くて」と持ち込むと、売り手は「そんなに信用されていないのか」と感じます。リスク配分の仕組みだと理解してもらえれば、議論は感情ではなく内容に向かいます。
もう一つ、表明保証は価格と連動していることも伝えます。売り手が保証を狭く短くすれば、買い手は引き受けるリスクが増えるので、価格や他の条件で調整を求めます。逆に、保証を広く受ければ価格を維持しやすい。どちらが得かは案件によりますが、「狭くすること」自体が目的ではないという視点は、売り手が判断するうえで重要です。
範囲の交渉|項目の広さと、実態に合わない項目の扱い
買い手側が最初に提示するドラフトの表明保証は、多くの場合、標準的なひな型に基づく網羅的なものです。中小企業の実態に合わない項目が含まれていることも珍しくありません。仲介者は次の順で仕分けます。
| 分類 | 例 | 対応 |
|---|---|---|
| A. 事実として問題なく保証できる | 株式が適法に発行され売り手が保有していること、定款の写しが真正であること | そのまま受ける |
| B. 事実だが確認に手間がかかる | すべての契約に違反がないこと、すべての法令を遵守していること | 「重要な」「知る限り」の限定を求める |
| C. 実態と異なる可能性がある | 就業規則が適法に整備・運用されていること、残業代が適正に支払われていること | 実態を確認し、必要なら開示して除外する |
| D. そもそも該当しない | その会社に存在しない制度・資産・許認可に関する項目 | 削除を求める |
この仕分けは、仲介者が下書きし、弁護士に確認してもらう形が現実的です。売り手の弁護士に丸投げすると、会社の実態が分からないため一律に限定を求めることになり、交渉が長引きます。仲介者は会社の実情を最もよく知る立場にいるので、A〜Dの当たりをつけて渡すことで、交渉が一気に短くなります。
特に注意したいのがCです。実態と異なることを知りながらそのまま保証させるのは、後の紛争の種を仕込むのと同じです。売り手を守るためにも、実態を開示して除外する方向で処理してください。
三つの限定|知る限り・重要性・開示による除外
表明保証を現実的な範囲に収める手段は、大きく三つあります。
1. 「売り手の知る限り」の限定
売り手が知っている範囲でのみ保証する形です。論点は「知る」の定義で、実際に認識していることに限るのか、合理的な調査をすれば知り得たことまで含むのかで重さが大きく変わります。また、誰の認識を基準にするか(代表者のみか、役員・一定の従業員を含むか)も明確にします。
2. 「重要な」の限定
すべての違反ではなく、重要な違反だけを保証の対象とする形です。何をもって重要とするかが曖昧になりやすいため、金額基準を入れるのが実務的です。「◯円を超える契約について」といった書き方にすれば、争いが減ります。
3. 開示による除外(ディスクロージャー)
最も実務的で、最も使われるべき手段です。売り手が事前に開示した事項については、表明保証の違反としない扱いにします。DDで開示した資料、Q&Aで回答した内容、別紙(開示別紙)に列挙した事項が対象になります。ここで効いてくるのが、DD期間中の開示ログです。いつ・何を・どこに掲載したかの記録があれば、「開示済み」であることを示せます。データルームの運営の重要性は「DD対応の実務」で述べたとおりです。
開示別紙は、最終契約の締結までに作り込みます。仲介者は、DDで出た論点を漏れなく拾って別紙の草案に落とす作業を支援してください。「言ったつもり」は開示ではありません。書面に残っていないものは、後から証明できません。
期間と上限|存続期間、補償の上限額、足切り
範囲の議論と並行して、期間と金額の議論が進みます。実務上の枠組みは次のとおりです。
- 存続期間:表明保証がいつまで有効かを定めます。項目によって期間を分けるのが一般的で、税務関係は課税関係が確定するまでの期間に合わせて長め、一般的な事項はそれより短く設定されることが多い。株式の保有や権限に関する基本的な事項は、期間を設けないか長期にする例もあります
- 補償の上限額:譲渡価格の全額とするか、一定割合に限るか。売り手にとっては上限を設けることが重要です
- 足切り(デミニミス・バスケット):少額の請求を除外する仕組み。一件あたりの下限額と、累計額の下限を設ける形があります
- 請求手続:違反を知ってから通知するまでの期限、第三者から請求を受けた場合の対応と防御の主導権
これらは相互に関係します。範囲を広く受ける代わりに上限を低くする、期間を長くする代わりに足切りを高くする、といった交換が成立します。仲介者は、一つの論点だけを見て「厳しい」と評価しないでください。全体で見てどうかを、表にして示すことが役割です。
また、売り手が個人の場合、補償の実効性という論点もあります。譲渡対価を受け取った後に補償請求を受けても支払えるのか、という買い手側の懸念です。対価の一部を一定期間留保する仕組みで対応するのが一般的です。表明保証保険を利用する例もありますが、案件の規模や保険会社の引受基準によって使えるかどうかが分かれます。使えるかどうかを含め、専門家に確認したうえで選択肢として提示してください。
仲介者の立ち回り|落としどころを探す手順
最後に、仲介者としての進め方です。
- 論点表を一枚で回す:項目/買い手案/売り手案/相違点/双方の理由/合意案。メール本文で議論しない
- 理由を書かせる:「この項目に限定を付けたい理由」を双方に書いてもらう。理由が書けない要求は、交渉技術であることが多い
- 実態情報を提供する:仲介者だけが両方の事情を知っています。「この会社にこの制度はない」「この点はDDで開示済み」といった事実を、公平に両方へ伝える
- 交換材料を可視化する:範囲・期間・上限・足切りは交換できます。一つを取れば一つを譲る構造を示す
- 法的評価はしない:「この限定なら安全です」と言わない。判断は双方の弁護士に委ねる
- 期限を切る:往復が三回を超えたら、対面か通話の場を設定して残論点を一度に詰める
そして最後に、売り手には「保証したことは、後で責任を負う可能性がある」ことを、抽象論ではなく具体例で伝えてください。「もし退職した従業員から未払残業代を請求されたら、この条項によって売り手が負担することになります」——このレベルまで具体化して初めて、経営者は自分ごととして条項を読みます。個別リスクを切り出して処理する方法は「特別補償の使いどころ」に続けてください。