まず「その子会社は何のためにあるか」を確かめる
資料を集める前に、役割を聞きます。役割が分かれば、買い手にとっての意味も、調査に要する深さも決まります。
| 役割 | 買い手にとっての意味 | 調査の深さ |
|---|---|---|
| 生産拠点(自社工場) | 供給の中核。失えば事業が続かない | 深い。労務・環境・設備・許認可まで |
| 販売子会社 | 販路そのもの。顧客との契約が誰に帰属するかが要 | 契約・売掛・現地の人員を中心に |
| 調達・仕入の窓口 | 仕入先との関係。代替可能かどうか | 取引条件と継続性を中心に |
| 合弁会社 | 現地パートナーの同意が要る。支配権の変動条項の確認が必須 | 合弁契約の精読が最優先 |
| 実質的に休眠している | 維持費と清算の手間だけが残る | 浅くてよいが、整理の方針を決める必要がある |
四行目と五行目は、早い段階で確認すべき対象です。合弁であれば、日本側の株主が替わることについて現地パートナーの同意が必要とされている場合があります。同意が得られなければ案件そのものが成立しません。契約の有無と内容を、着手時に必ず確かめてください。
休眠している子会社も見落とせません。設立したものの事業が立ち上がらず、そのまま維持だけしている、という例は実際にあります。買い手はそれを「引き継いだ後に処理しなければならないもの」と見ます。放置されている理由を聞くと、清算に手間と費用がかかるため先延ばしにされてきた、という答えが返ってくることが多くあります。
初期に集める資料
役割を把握したら、資料を依頼します。国内の子会社と同じ一覧では足りません。
- 設立・登記に関する書類:現地での法人形態、出資比率、定款にあたるもの
- 直近三期の財務諸表:現地の会計基準によるもの。監査を受けているかどうかも確認する
- 親子間の取引の内容:仕入・販売・貸付・ロイヤリティ。価格の決め方と、その根拠となる資料
- 資金の動き:親会社からの貸付や増資、配当の実績。送金に制約があるかどうか
- 従業員と労務:人数、雇用の形態、現地の労働法制への対応状況
- 許認可・税務:現地で必要な許認可、税務申告の状況、当局からの指摘の有無
- 不動産・設備:所有か賃借か。賃借であれば契約期間と更新条件
- 現地の管理体制:誰が日常を見ているか。日本から派遣しているか、現地の人材に任せているか
このうち、実務で問題になりやすいのは親子間の取引と、資金の動きです。親子間の価格の決め方は税務上の論点になり得るため、必ず税理士に確認してください。仲介者が「問題ありません」と判断してよい領域ではありません。
資料が現地語のみで存在することもあります。翻訳が必要かどうか、誰が費用を負担するかを、早い段階で決めておいてください。資料の整備が遅れると、そのまま案件全体の遅れになります。
買い手が海外子会社を望まないとき
実務でよくある展開です。買い手は国内の事業に関心があるが、海外の管理までは担いたくない。このとき取り得る選択肢は次のとおりです。
| 選択肢 | 留意点 |
|---|---|
| 譲渡前に清算する | 現地の手続きに時間がかかる。従業員の処遇、残余財産の送金、税務の確定まで見込む |
| 現地のパートナーや第三者に譲る | 相手探しが別案件になる。価格と条件の交渉が必要 |
| オーナーまたは別会社が引き取る | 移転に伴う費用と税務の確認が要る。引き取った後の管理体制も必要 |
| そのまま引き継いでもらい、一定期間は前オーナーが関与する | 関与の範囲と報酬を明確にする。責任の所在を曖昧にしない |
一行目の「清算」は、口で言うほど簡単ではありません。現地の法制度によっては、清算の完了までに年単位の時間がかかることがあります。従業員の解雇に関する規制、税務当局の確認、残余財産を日本に送金する際の手続き。いずれも現地の専門家でなければ見通しを立てられません。「不要なら畳めばよい」と安易に言わず、期間と費用の見積もりを取ってから依頼者に選択肢として示してください。
四行目は、日程の制約が強い案件で選ばれることがあります。ただし、譲渡後も前オーナーが海外子会社に関与する形は、責任の所在が曖昧になりやすい構造です。関与の範囲、期間、報酬、意思決定の権限を書面で定めてください(「引き継ぎ期間の設計」参照)。
調査の進め方 — 言語・時差・現地専門家
デューデリジェンスの設計も、国内案件とは変わります。実務上の要点は四つです。
- 現地の専門家を誰が手配するか:買い手が自ら手配するのが通常ですが、売り手側でも現地の会計・法務の状況を把握しておく必要があります。誰に相談するかを事前に決めておきます
- 時差を前提に日程を組む:質問を出してから回答が来るまで、国内の倍近くかかることを見込みます。往復の回数が減るよう、質問はまとめて出します
- 窓口を一本化する:現地の担当者に直接連絡が飛ぶ状態にしない。譲渡の検討が現地に漏れると、従業員の動揺や取引先への波及が起きます
- 秘密保持の範囲を明確にする:現地法人の誰まで知っているのか。知らせる場合に何を守ってもらうのか
三つ目が特に重要です。国内では慎重に情報を管理していても、現地法人については意識が緩みがちです。資料を依頼するために現地の経理担当者に連絡すれば、その人は理由を知りたがります。誰に、どういう説明で依頼するかを、依頼者と決めてから動いてください。
調査の進行管理そのものは国内案件と同じ考え方です(「DD対応の実務」参照)。違うのは、ひとつの質問にかかる時間が長いことです。したがって質問の質が国内案件以上に効きます。買い手の関心を先読みして、答えを用意しておく準備が生きます。
費用と期間を先に見積もり、依頼者に伝える
最後に、依頼者への説明です。海外子会社がある案件では、費用も期間も国内だけの案件より増えます。これを着手時に伝えないと、途中で「聞いていない」という話になります。
初回の面談で伝えるべきことは次のとおりです。
- 調査に現地の専門家が入る可能性があること:買い手が手配する費用と、売り手側で要する費用がそれぞれ生じ得ます
- 期間が長くなること:資料の準備、翻訳、時差を挟んだやり取り。国内だけの案件より工程が伸びます
- 選択肢によって結論が変わること:子会社を一緒に譲るのか、先に整理するのかで、全体の期間が大きく変わります
- 仲介者が現地の制度を判断しないこと:現地の法務・税務・労務は、その国の専門家に確認したうえでお伝えします
当社の料金については、相談料・着手金・月額報酬は0円です。ただし、外部の専門家に依頼する費用は当社の報酬とは別に生じます。どの段階でどういう費用が発生し得るかを、早い段階で整理して示してください。費用の説明の型は「受託前に伝える費用と期間の見通し」にまとめています。当社の報酬の考え方は料金体系のページで公開しています。
海外に拠点を築いた経営者は、その過程で相当な苦労をしています。それを「手間のかかる論点」として扱われれば、いい気持ちはしません。何のために作り、どう育ててきたのかを聞く時間を取ってください。買い手に価値を伝えるための材料は、その会話の中にあります。