本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者に向けた実務教材です。中小企業では、オーナーが複数の法人を持っていたり、オーナー個人が所有する不動産を会社が借りていたりすることが珍しくありません。こうした取引は、それ自体が問題なのではなく、譲渡後も同じ条件で続くとは限らないことが論点になります。整理しないまま資料をつくると、デューデリジェンス(DD)で実態損益が組み替えられ、価格の前提が動きます。ここでは、棚卸しの手順、置き直しの考え方、資料への書き方を型にします。

何が論点になるのか|条件の妥当性ではなく、継続性

関係会社間取引を見つけたとき、新人は「条件が適正かどうか」を最初に考えがちです。実務でより重要なのは「譲渡後も続くのか、続かないのか」です。買い手が知りたいのは、買った後にどうなるかだからです。

論点買い手が確かめたいこと
実態の損益関係会社との取引を第三者と同じ条件に置き直すと、損益はどう変わるか
継続性譲渡後もその取引先・その条件で続けられるか。相手先はオーナーの手元に残るのか
代替可能性続かない場合、外部から同等の条件で調達できるか。できないなら何が起きるか
資産の帰属事業に不可欠な資産が、譲渡対象の会社の外にないか

とくに四つ目は見落とすと重大です。工場の土地がオーナー個人の名義、基幹システムが別法人の資産、主要な許認可が関係会社にあるといった事情は、譲渡の構造そのものに影響します。初期の段階で把握しておかないと、後から取引の枠組みを組み直すことになります。

棚卸しの手順|一枚の表にすべてを載せる

まず、関係会社・オーナー個人・親族との取引をすべて一枚の表にします。金額の大小で最初から取捨しないのが原則です。小さい取引ほど記録が残っておらず、後から出てくるからです。

  • 相手:法人名(資料上は記号化)、個人か法人か、資本関係、役員の兼務
  • 取引の内容:仕入、外注、賃貸借、業務委託、資金の貸借、保証、人員の出向
  • 金額:3期分の年間金額と、損益計算書のどの科目に入っているか
  • 契約の有無:契約書があるか、条件が書面で定まっているか
  • 譲渡後の想定:継続、終了、条件変更のいずれを想定するか

この表をつくる過程で、必ず取引の実態を確かめるようにします。書面の有無だけでなく、実際に誰が作業しているか、請求と入金が動いているか、事務所や設備を共用していないかまで見ます。共用は表に出にくく、しかし譲渡後に必ず問題になる項目です。

なお、聞き取りの過程で数字合わせのように見える発言があっても、アドバイザーが取引の説明を作文することはありません。事実を書き取り、資料に載せ、必要なら専門家の確認につなぎます。

第三者取引に置き直す|良く見せるためではなく、実態を示すため

棚卸しができたら、関係会社との取引を第三者と行った場合の条件に置き直して損益を見ます。ここで必ず押さえておきたいのは、この作業は数字を良くするためのものではないということです。置き直した結果、利益が減ることもあり、その場合も減ったまま示します。

よくある取引置き直しの考え方利益への向き
オーナー所有不動産を相場より安く借りている近隣の賃料水準に置き直す費用が増え、利益は下がる
オーナー所有不動産を相場より高く借りている同上費用が減り、利益は上がる
関係会社への外注が実勢より高い外部委託した場合の水準に置き直す利益は上がる
関係会社から役務の提供を無償で受けている相応の対価を見込む利益は下がる
親族が実働なく役員に就任している報酬を控除して見る利益は上がる

置き直しの根拠は、必ず外部で確かめられる材料に置きます。不動産なら近隣の募集条件や不動産会社の意見、外注なら他社からの見積りです。根拠のない置き直しは、買い手に受け入れられないだけでなく、資料全体の信頼を損ないます。上下どちらの方向にも、同じ基準で機械的に適用することが、資料を信用してもらう最短の道です。EBITDAの調整として示す場合の考え方は「EBITDAの実務」を参照してください。

不動産とオーナー所有資産|譲渡の構造に関わる論点

関係会社間取引のなかで、実務上いちばん重い論点が不動産です。工場・店舗・事務所がオーナー個人や別法人の所有である場合、譲渡後の扱いを先に決めておかないと、最終契約の直前で交渉が止まります。

  • 継続して賃借する:賃貸借契約を締結し直す。期間・賃料・更新条件・中途解約の扱いを決める
  • 会社が買い取る:譲渡前に会社が取得する。資金と税務の検討が必要になる
  • 買い手が別途取得する:株式の譲渡とは別の取引として整理する
  • 移転を前提とする:代替地に移る想定なら、費用と期間、操業への影響を示す

どれを選ぶかは、オーナーの資産形成の方針と、買い手の考え方の両方に関わります。アドバイザーは選択肢と、それぞれで何が必要になるかを整理して示し、判断は当事者に委ねます。不動産の税務・登記の取扱いは、税理士・司法書士等の確認が前提です。

あわせて確認したいのが、保証と担保です。オーナー個人の資産が会社の借入の担保に入っている、または関係会社の債務を会社が保証している、という状態は、譲渡の条件そのものに影響します。これも棚卸し表に載せ、金融機関との調整の見通しを含めて資料に書きます。

資料への書き方と、開示の順番

資料では、関係会社間取引をまとめて一つの節にするのが読みやすい構成です。各所に散らして書くと、買い手が全体像を把握できず、質問が繰り返されます。

  • 関係図:資本関係と役員の兼務を一枚の図で示す(社名は記号化)
  • 取引の一覧:相手・内容・3期分の金額・契約の有無
  • 置き直しの結果:どの項目を、どの根拠で、いくら調整したか。上下両方向を同じ表に載せる
  • 譲渡後の想定:継続・終了・条件変更の別と、未定の項目
  • 不動産・保証:所有者、契約の状況、調整の見通し

開示の順番については、関係会社の実名は初期段階では伏せるのが原則です。関係会社名から譲渡企業が特定されることがあるためです。記号化して構造だけを示し、実名は秘密保持契約締結後の適切な段階で開示します。この種の判断は「リスク情報の開示設計」の考え方と同じです。

最後に一点。関係会社間取引は、オーナーにとっては長年の当たり前です。指摘のように聞こえる言い方をすると、事実を教えていただけなくなります。「買い手から必ず質問が来る項目なので、先に整理して、こちらから説明できるようにしましょう」と、段取りの話として持ち出してください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.取引があること自体が問題なのではありません。論点は、譲渡後も同じ条件で続くのか、続かない場合に何が起きるのかという継続性です。条件が第三者との取引と異なる場合は、外部で確かめられる根拠に基づいて置き直し、実態の損益を示します。置き直した結果として利益が下がることもありますが、その場合も下がったまま示すのが実務です。先に整理して説明できる状態にしておくほうが、後の交渉が安定します。
A.外部で確かめられる材料に基づくことが原則です。不動産であれば近隣の募集条件や不動産会社の意見、外注であれば他社からの見積りが典型です。根拠のない置き直しは買い手に受け入れられず、資料全体の信頼性にも影響します。また、利益が増える方向の調整だけを行い、減る方向を省くことは避けてください。同じ基準を上下どちらにも機械的に適用することが、資料を信用してもらう条件です。
A.まず事実関係を確かめます。所有者、契約の有無と条件、借入の担保に入っているか、周辺に代替地があるかです。そのうえで、継続賃借、会社による買取、買い手による別途取得、移転の四つの選択肢と、それぞれに必要な手続と費用を整理してお示しします。どれを選ぶかはオーナーと買い手の判断であり、税務・登記の取扱いについては税理士・司法書士等にご確認ください。早い段階で論点として共有しておくことが重要です。
A.初期段階では記号化し、資本関係と取引構造だけを示します。関係会社名から譲渡企業が特定されることがあり、従業員や取引先に影響が及ぶ可能性があるためです。秘密保持契約を締結し、検討が具体化した段階で、オーナーの了解を得たうえで開示します。どの情報を、いつ、どの形で出すかを事前に決めて記録に残しておくと、後工程での判断がぶれません。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら