本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。M&A仲介の現場でEBITDAという言葉を使わない日はありません。ところが新人アドバイザーの多くは、EBITDAを「営業利益に減価償却費を足したもの」という計算式としてしか覚えておらず、実務でつまずきます。実務で問われるのは計算ではなく調整——どの費用を戻し、どれを戻さないかの判断と、その判断を売り手と買い手の双方に説明する言葉です。本稿では、調整項目の考え方、戻せる条件、調整表の作り方、そして説明の仕方までを順に整理します。EBITDAそのものの基礎は「EBITDAとは」を先にお読みください。
EBITDAは「概算のキャッシュ創出力」|定義と使いどころ
EBITDAは、利払い・税金・減価償却の影響を除いた利益で、一般には営業利益+減価償却費(必要に応じてのれん償却額)で近似します。なぜこの数字が使われるのか。理由は二つです。第一に、資本構成(借入が多いか少ないか)と税負担、償却方法の違いを取り除くことで、会社同士を同じ土俵で比べられるから。第二に、買い手が投じた資金を何年で回収できるかという投資判断に直結するからです。
ただし万能ではありません。EBITDAは設備投資と運転資本の増減を無視するため、装置産業や在庫を厚く持つ業態では、EBITDAが出ていても手元の現金が増えないことがあります。仲介者としては「EBITDAは比較のための共通言語であって、資金繰りそのものではない」と理解し、設備投資の水準と運転資本の動きを必ずセットで確認する癖をつけてください。
中小企業のM&Aでは、決算書上のEBITDAをそのまま使うことはまずありません。オーナー企業の損益計算書には、上場企業なら発生しない費用や、逆に発生するはずの費用の欠落が混ざっているからです。そこで登場するのが「調整EBITDA(正常収益力ベースのEBITDA)」です。
調整項目の基本|役員報酬・地代家賃・保険料
調整の判断基準は、たった一つの問いに集約できます。「買い手がこの会社を買った翌日から、その費用は実際に消えるか。逆に、新たに発生するか」。この問いに事実で答えられる項目だけを調整します。代表的な項目を並べます。
| 項目 | 調整の考え方 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 役員報酬 | オーナーおよび勤務実態のない親族分は戻す。ただし後任経営者に必要な人件費は差し引いて考える | 役員報酬一覧、源泉徴収簿、勤務実態の聞き取り |
| 地代家賃 | オーナー所有不動産を会社が借りている場合、賃料が相場と乖離していれば相場水準に置き換える | 賃貸借契約書、近隣の賃料水準、不動産の登記 |
| 生命保険料 | オーナー個人を被保険者とする保険で譲渡後に解約・名義変更されるものは戻す | 保険証券、保険積立金の明細 |
| 私的経費 | 交際費・車両費・旅費のうち事業と無関係な部分は戻す。ただし証憑で説明できる範囲に限る | 総勘定元帳、領収書、車両の使用実態 |
| 親族への外注費 | 実態のない支払いは戻す。実態がある場合は市場価格へ置き換える | 請求書、業務内容の確認 |
注意してほしいのは、役員報酬を全額戻すのは誤りだという点です。オーナーが実質的に営業も現場も回している会社であれば、譲渡後に同じ機能を果たす人材を雇う必要があり、その人件費は必ず発生します。全額を戻したEBITDAを提示すると、デューデリジェンス(DD)の段階で買い手側会計士に必ず否認され、価格の再交渉を招きます。「戻す額」と「代替人件費」を両方明示するのが誠実な作法です。
一過性損益の見極め|「戻す」と言い切れる条件
一過性損益の調整は、最も揉めやすい領域です。売り手は「あれは特別だった」と言い、買い手は「毎年何かしら特別なことが起きているではないか」と返します。私は後輩に、次の三条件をすべて満たすときだけ一過性として戻してよい、と教えています。
- 原因が特定できる:一回限りの訴訟、災害、コロナ禍の特定支援金、拠点の閉鎖など、事象を名指しできる
- 再発しない合理的な説明ができる:制度が終了した、拠点を撤退した、係争が終結した等、将来の非発生を裏付ける事実がある
- 金額が資料で追える:総勘定元帳や契約書で、その事象に紐づく金額を切り出せる
逆に、毎期のように出てくる「特別な支出」は一過性ではなく、その会社の実力です。3期並べて同じ勘定科目に大きな振れが出ているなら、それは経常的なコストとして平均化するほうが説得力があります。3期比較の読み方は「決算書を読む力を身につける」で扱っています。
もう一つ、プラス方向の一過性を見落とさないでください。補助金収入、保険金収入、固定資産売却益、特需による一時的な大口受注——これらは利益を押し上げますが、買い手が買うのは来期以降の収益力です。売り手に有利な調整だけを拾うアドバイザーは、DDで信用を失います。上下両方向の調整を並べて出すことが、結局は交渉を安定させます。
会計方針・リース・グループ内取引の扱い
調整項目を洗い終えたら、次は比較可能性の確認です。中小企業の決算書には、税務上の都合で選ばれた処理が多く含まれます。
減価償却
赤字を避けるために償却を一部見送っている(償却不足がある)会社は珍しくありません。この場合、営業利益は本来より大きく、減価償却費は小さく計上されています。EBITDAは償却を足し戻すため影響は小さく見えますが、資産の実態と将来の設備投資負担を見誤ります。固定資産台帳で耐用年数と償却の履歴を確認してください。
リース
同じ設備でも、購入していれば減価償却費(EBITDAで戻る)、リースならリース料(販管費に残りEBITDAで戻らない)となり、EBITDAの水準が変わります。会社間を比較するときは、リース中心の会社か自社所有中心の会社かを必ず確認し、必要なら注記します。リース料の扱いを揃えないまま倍率を当てはめると、比較が成り立ちません。
グループ内取引・オーナー関連取引
関連会社との売上・仕入、オーナーからの借入や貸付、名義だけの取引——これらは譲渡後に解消されることが多く、損益に与える影響を切り出す必要があります。役員借入金の扱いは「役員借入金がある会社のM&A」を参照してください。在庫評価の方針が期によって変わっていないかも、あわせて確認します。
調整表の作り方|一枚で根拠が追える形にする
調整の結論は、必ず一枚の調整表にまとめます。私が新人に渡している型は次のとおりです。
- 行:決算書の営業利益 → +減価償却費 → 各調整項目(上下両方向) → 調整後EBITDA
- 列:3期分(または直近12か月)を横並びにする
- 各調整項目に「根拠資料」「調整の理由」「確度(高・中・低)」の欄をつける
- 確度「低」の項目は合計から外し、参考値として脚注に置く
- 代替人件費など、マイナス方向の調整を必ず一行入れる
この「確度」の列が実務の肝です。すべての調整を同じ強さで主張すると、一つ否認されただけで表全体の信用が落ちます。確度の高いものだけで積み上げた数字を主軸にし、それ以上は「あくまで交渉材料」と位置づけておくと、DDで数字が動いても土台が崩れません。あわせて、調整表と根拠資料の対応関係(資料番号)を書いておくと、そのままDDのQ&A対応に流用できます。
オーナーと買い手への説明の仕方
オーナーへの説明
オーナーにとって、調整EBITDAは「うちの会社の本当の実力」を示す数字です。だからこそ、感情が動きます。説明の順序は結論の数字より先に、考え方です。「買い手は、あなたが引退した後に残る収益力を見ています。だから、あなた個人に紐づく費用は戻し、あなたの代わりを雇う費用は差し引きます」。この一文を先に置くだけで、役員報酬を全額戻せない理由が伝わります。数字の伝え方については「価格の説明の仕方」もあわせてお読みください。
買い手への説明
買い手に対しては、調整を主張しすぎないことが信頼につながります。仲介者が売り手側の調整だけを並べ立てると、買い手は「この仲介は数字を作りに来ている」と身構えます。私は、調整表を渡すときに必ずこう添えます。「確度の高い項目だけで積んでいます。判断が分かれる項目は別掲しましたので、御社の基準でご判断ください」。判断を渡す姿勢が、結果的に調整の受け入れ率を上げます。
そして、調整EBITDAはあくまで評価の入口です。倍率をいくつ当てるか、ネットデットをどう引くかで株式価値は大きく変わります。倍率の考え方は「マルチプル法とは」を、初回提示の設計は「簡易株価算定の実務」を参照してください。数字を作る力より、数字の前提を説明できる力が、このカテゴリでは長く効きます。