資料3の法務基礎で、会社法・労働法・弁護士法と並んで民法に●(優先項目)が付いています。
M&Aは契約の連続です。秘密保持契約、アドバイザリー契約、基本合意書、最終契約—— そのすべての土台に民法があります。
契約はいつ成立するか
民法上、契約は申込みと承諾の意思表示の合致によって成立します。 原則として書面がなくても成立します。
M&Aの実務で、この原則が意味を持つ場面があります。
- 口頭やメールでのやり取りが、合意と評価され得る
- だからこそ、どこまでが交渉で、どこからが合意かを明確にする必要がある
基本合意書に「本書のうち、独占交渉権および秘密保持の条項を除き、法的拘束力を有しない」 といった条項が置かれるのは、この線引きのためです。
逆に言えば、「基本合意だから拘束力はない」と当然に決まるわけではありません。 文書に何と書いてあるかで決まります。資料3の法務に 「基本合意に関する法律知識(●)」が置かれているのは、この点が問われるからです。
また、ガイドラインは仲介者・FAに「業務形態の実態に合致した契約を締結する必要がある」と求めています。 実際にやっていることと、契約書の形が食い違ってはいけない——これも契約の基本から出ています。
債務不履行と損害賠償
契約で約束したことが果たされない場合が債務不履行です。 相手方は、履行の請求、契約の解除、損害賠償の請求といった手段を持ちます。
M&Aで現実に問題になるのは、最終契約の不履行です。 ガイドラインが「不適切な譲り受け側」の典型として 「最終契約の不履行等」を繰り返し挙げているのは、このためです。
典型的な場面を挙げます。
- 譲渡代金の分割払いが途中で止まる
- 約束された経営者保証の解除・移行が行われない
- クロージング後の誓約事項(従業員の処遇、社名の維持など)が守られない
だからガイドラインは、経営者保証について 「譲り受け側の義務として保証の解除又は移行を明確に位置付ける」ことを求め、 クロージング条件としての設定や、移行されなかった場合を想定した 契約解除条項・補償条項を盛り込む方向での調整を求めています。
「約束させる」だけでは足りず、「守られなかったときどうするか」まで書く。 これが債務不履行への備えです。
契約不適合責任と、表明保証の関係
民法には、引き渡された目的物が契約の内容に適合しない場合の責任 (契約不適合責任)が定められています。
ただしM&Aでは、この規定だけでは足りません。株式譲渡で引き渡されるのは株式であり、 会社の中身に問題があっても、株式そのものに欠陥があるとは限らないからです。
そこで実務では、表明保証と補償条項を契約に置きます。 売主が「決算書は正確である」「簿外債務はない」「未払残業代はない」といった事項を 表明し保証し、違っていた場合に補償するという組み立てです。
ガイドラインが表明保証について説明義務を定めているのは、この点です。
期間や責任上限が設定されていない場合や 適用場面が一義的に明確でない規定が存在する場合、 譲り渡し側が過大な表明保証責任を負担することとなり、 当事者間で争いが生じるリスクがある旨を説明しなければならない。
民法の原則に任せず、契約で範囲と期間を決める。 これがM&A契約の基本設計であり、だからこそ条項の書き方で結果が変わります。
消滅時効と、期間という考え方
権利には、行使できる期間があります。一定期間を過ぎると権利が消滅する仕組みが消滅時効です。
M&Aの実務で期間が問題になる典型は、未払残業代です。 労働法の領域ですが、賃金請求権の消滅時効には法律上の定めがあり、 遡って請求され得る期間が、そのまま簿外債務の金額に効いてきます。
だから財務DDと法務DDは切り離せません。 法的にいつまで遡れるかが、いくら積むかを決めるからです。
表明保証に期間の上限を設けるのも、同じ発想です。 何年経っても請求され得る状態では、売主はいつまでも終わりません。 ガイドラインが期間の設定を説明義務の対象にしているのは、 引退した経営者の生活に直接響くからです。
なお、具体的な時効期間・起算点は法令に定められ、改正もされます。 期間の数字は、必ず一次資料で確認してください。
試験で押さえる形
- 契約は申込みと承諾の合致で成立する。原則として書面は不要
- 基本合意の拘束力は文書に何と書いてあるかで決まる。「基本合意だから無い」ではない
- 債務不履行に対しては履行の請求・契約の解除・損害賠償
- M&Aでは民法の原則に任せず、表明保証と補償で範囲・期間・上限を契約に書く
- 期間の設定がないと、売主が過大な責任を負う。説明義務の対象
- 消滅時効は、簿外債務の金額にも効いてくる(未払残業代など)
民法は範囲が広い法律ですが、試験で求められる水準は 「専門家連携に必要となる法律の基礎知識および法務リスクに係る知識」です。
条文を解釈して結論を出すのは弁護士の領域であり、 ガイドラインも最終契約について「可能な限り、中小M&Aに関する知見と実務経験を有する弁護士の関与の下で 締結することが望ましい」としています。 「この条項は危ない」と気づけるか——そこが、この科目の測っているところです。
もう1つ、民法から派生する論点として遺留分があります。 経営承継円滑化法の遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)は、 株式を後継者に集中させると他の相続人の遺留分を侵害し得る、という民法上の問題への手当てです。 相続による株式の分散は、法務DDの調査事項である株式の帰属に直結します。
本記事は一般的な制度の説明です。個別の契約条項の評価・法的判断は、 必ず弁護士にご確認ください。
この記事について(出典と免責)
本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。
試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。実際の試験と異なる可能性がありますので、 受験にあたっては必ず公式の試験案内をご確認ください。
本記事の法務・税務・会計に関する記述は一般的な制度の説明です。 個別の案件における判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。
出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「中小M&A資格試験実施事業」企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日)/ 中小M&Aガイドライン(第3版)(中小企業庁、2024年8月)/ 中小M&A専門人材(個人)向け 使命・倫理行動規範・知識スキルマップ をもとに当社が作成。
よくあるご質問
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この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。
当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。
中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点
同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。
問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。
本書は試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。受験にあたっては公式の試験案内をご確認ください。