「中小M&A市場動向」は8項目の小さな大項目で、●(優先項目)は1つだけです。 それが「不適切な譲り受け側事業者・不適切なM&A取引」。
市場の話のなかで、問題のほうに印が付いている。この試験の性格が、ここに出ています。
何が「不適切」とされているのか
企画競争募集要領は、報道で取り上げられた問題を具体的に挙げています。
各種報道等では、経営者保証が解除されない等の不適切な買い手が排除されていないという問題も クローズアップされたところである。
ガイドラインが挙げる典型は「最終契約の不履行等」です。契約したのに、約束を果たさない。
中小M&Aでこれが深刻なのは、売主が会社を渡した後だからです。 株式を譲渡し、代表を退いた後で、譲渡代金が払われない、経営者保証が外れない、 約束された従業員の処遇が守られない——という事態が起きても、元の状態には戻せません。
経営者保証が外れない場合、会社を手放したのに、その会社の借入の保証人であり続けることになります。 自分ではもう経営をコントロールできないのに、責任だけが残る。これが最も重い形です。
だから調査が、マッチングの工程に組み込まれている
ガイドラインは、譲り受け側に対する調査を5つの項目で定めています。
- 財務状況……債務超過・赤字でないか、現預金の額等、M&Aを実施できる財務状況にあるか
- コンプライアンス……反社会的勢力への該当性、M&Aに関するトラブルの有無。 対象は譲り受け側・経営者・役員・主要株主・関連会社
- 事業実態……商業登記簿、Web地図閲覧、事業所の訪問。依頼者が代表者又は役員として登記されているか
- 最終契約の実行可能性……預貯金の額、借入予定なら金融機関との調整状況
- その他……過去のM&Aで最終契約の不履行等のトラブルに発展していないか
調査方法として「Web上における不芳情報検索、社内のDB、業界内での情報共有の仕組みの確認、 その他外部のDB・調査会社を活用した調査」が挙げられています。
そして調査の概要は、仲介契約・FA契約の締結前に説明しなければなりません。 説明を踏まえて譲り渡し側から依頼があれば、調査内容の見直しを検討しなければならないとも定められています。
検出したら、報告して協議する
調べて終わりではありません。
遅くとも最終契約の締結前までに、調査を実施し、その結果リスク事項を検出した場合には、 開示可能な範囲で調査の結果を譲り渡し側に報告し、 取引実行の可否や最終契約に規定すべき条項の内容を協議しなければならない。
「取引実行の可否」が選択肢として明記されている点が重要です。 条件を調整して進める、ではなく、やめるという選択肢を協議の対象に含めるということです。
資料2のサンプル問題で禁忌肢とされたのは、まさにこの規定に反する選択肢でした。
譲り受け側の社長と反社会的組織との交友関係を確認していたが、成約や手続進行を優先するため、 譲り渡し側社長には説明せずに取引を進める
知らなかったのではなく、確認していて、言わなかった。 知識の不足ではなく、判断の選択が問われています。
個社では限界がある|業界内での情報共有
ガイドラインは、個社の調査だけでは足りないと明記しています。
(1)(2)の個社の取組に加え、さらに不適切な譲り受け側の排除を実行可能なものとしていくためには、 業界内での情報共有の仕組みが求められる。具体的には、自らが支援した譲り受け側について、 最終契約の不履行等の不適切な行為を働く者に係る情報を業界内で共有する仕組みの構築が期待される。
理由は単純です。1社が持っている情報は、その1社が扱った案件の分しかありません。 不適切な買い手は、会社を変えて別の仲介者に接触すれば、また同じことができてしまいます。
そして、この仕組みには説明義務が付いています。
仲介者・FAは、仲介契約・FA契約締結前に、このような業界内での情報共有の仕組みへの 参加有無(参加していない場合にはその旨)について、依頼者に対して説明しなければならない。
参加していないことも説明対象です。依頼者から見れば、 その仲介者がどこまで買い手を調べられるのかを判断する材料になります。
情報を得たら、担当者で止めない
不適切な行為に係る情報を取得した場合の対応も定められています。
当該情報を担当者レベルに留めず、組織的に共有し、 当該譲り受け側に対するマッチング支援の提供を慎重に検討するための体制を構築しなければならない。
それでも支援する場合には、組織的な判断が要件になります。ガイドラインは括弧書きで定義しています。
- 明確化された基準の下での判断であること
- 一担当者限りではなく組織的なプロセスによる判断であること
- 組織的に記録されていること
- 事後に検証可能であること
この4要素が「組織的な判断」の中身です。上司に口頭で相談した、では満たしません。
倫理科目の設問で「担当者限りで判断する」選択肢がほぼ誤りになるのは、この規定が背景にあります。 迷ったら、情報を伏せる/成約を優先する/担当者限りで決める——この3つを先に消すのが安全です。
なお、この「組織的な判断」という要件は、最終契約の工程にも同じ形で現れます。 クロージング後の支払・手続、最終契約後の支払の調整・修正、資産・貸付金の最終契約後整理、 最終契約からクロージングまでの期間——こうしたリスクを生じさせる条項やスキームを、 両当事者間の調整が十分でない段階で安易に提案すべきでなく、 提案する場合は組織的な判断によらなければならない、と定められています。
同じ要件が、買い手の評価と、契約の設計の2か所に置かれている。 ガイドラインが「個人の裁量で進めてはいけない場面」をどこだと考えているかが、ここに表れています。
この記事について(出典と免責)
本記事は、中小企業庁が公表した資料をもとに、株式会社プラチナパートナーズが作成したものです。 本試験の実施主体・運営事業者が作成・監修・承認したものではありません。
試験の名称・科目構成・出題数・出題範囲・合格基準・実施時期等は、2026年9月時点で公表されている 検討会資料および企画競争募集要領に「想定」「現状案」として示された内容です。 試験名は資料上「中小M&A資格試験(仮称)」と表記されています。実際の試験と異なる可能性がありますので、 受験にあたっては必ず公式の試験案内をご確認ください。
本記事の法務・税務・会計に関する記述は一般的な制度の説明です。 個別の案件における判断は、必ず弁護士・税理士・公認会計士等の専門家にご確認ください。
出典:「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(中小企業庁・第4回 中小M&A市場の改革に向けた検討会 資料2、2026年3月17日)/ 同 資料3「試験科目詳細」/ 「中小M&A資格試験実施事業」企画競争募集要領(中小企業庁、2026年3月27日)/ 中小M&Aガイドライン(第3版)(中小企業庁、2024年8月)/ 中小M&A専門人材(個人)向け 使命・倫理行動規範・知識スキルマップ をもとに当社が作成。
よくあるご質問
Book
この試験の勉強に使えるもの:試験範囲マップ|251項目と当社コラムの対応表で、どの項目にどの記事が対応しているか(と、当社が書けていない項目)を一覧できます。
当社取締役副社長 神垣宏康が執筆した問題集です。中小M&Aガイドライン第3版・知識スキルマップ・検討会資料「試験科目詳細」といった公表資料だけから全300問を作成し、全問に出典を明記しています。
中小M&A資格試験 合格テキスト|一次資料で体系的に学ぶ、4科目の要点
同じシリーズの基本書です(2026年10月3日刊行)。序章で制度創設の経緯・4科目と配点・合格基準・禁忌肢・CBTでの実施形式・学習プランを示し、第1章 M&A実務/第2章 中小M&A市場動向・中小企業政策/第3章 財務・税務/第4章 法務/第5章 倫理・行動規範の順に解説しています。付録は用語集・重要数値一覧・スキーム比較表・出題範囲対応表・学習記録シート。数値・期間・条文には出典を併記し、制度の数値は2026年10月1日時点です。
問題集で問われ方を確かめ、間違えた問から本書の該当節に戻る形を想定しています。付録の出題範囲対応表が、2冊の往復の索引になります。
本書は試験の実施主体・運営事業者が作成・監修したものではありません。制度の内容は2026年9月時点の公表資料に基づく「想定」「現状案」です。受験にあたっては公式の試験案内をご確認ください。