長年の取引は、社長個人の関係で成り立っている。これをどう引き継ぐか。名刺を渡すだけでは移りません。設計の仕方を整理します。
何が引き継げて、何が引き継げないか
先に分けて考えてください。
引き継げるもの。会社対会社の取引、契約に基づく関係、仕組みで回っている取引。
引き継ぎにくいもの。先代個人への信頼で続いている取引、同世代の経営者同士の関係、過去の恩義に基づく関係。
引き継げないもの。先代個人の友人関係、相手も引退が近い関係。
すべてを引き継ごうとしないでください。自然に細る関係はあります。
大事なのは、引き継ぐべき関係を特定し、そこに時間を使うことです。
優先順位をつける
一覧を作ってください。列は次のとおりです。
相手先 / 担当者名 / 取引額 / 取引年数 / 関係の性質 / 引き継ぎの優先度。
優先度は、取引額と、切れた場合の影響で決めます。
売上の上位、仕入の要、代替が効かない相手。ここから始めます。
金融機関は必ず入れてください。取引額に表れませんが、影響は大きい。
そして、先代しか知らない関係に印をつけてください。従業員が誰も知らない相手は、最優先です。
同行の設計
紹介の仕方が結果を分けます。
最初は、先代が主で後継者が同席。後継者は聞くだけ。
2回目以降、後継者が一部を話す。「今期の状況は、こちらから説明させます」。
3回目以降、後継者が主で先代が同席。
最後は、後継者だけで訪問する。
この4段階を、主要先ごとに踏んでください。1回連れて行っただけでは、関係は移りません。
期間としては、1〜2年かけるのが現実的です。年に数回しか会わない相手もいます。
紹介するときに言うこと
言葉の選び方です。
「息子です」ではなく「後継者です」と紹介してください。前者は家族の話、後者は事業の話です。
そして、いつ交代するのかを伝えてください。「来年、代表を譲る予定です」。時期が見えると、相手も関係を作り直す準備ができます。
さらに、後継者の経歴と、何を担当しているかを伝える。相手が関心を持つ材料になります。
「よろしくお願いします」だけでは、儀礼で終わります。相手にとって、この人と付き合う理由が要ります。
相手の後継者と会わせる
効果の大きい工夫です。取引先にも、次の世代がいます。
相手の後継者や、次の担当者。同世代同士を会わせてください。
理由は単純で、関係は同じ時間軸で続くからです。先代同士の関係は、双方の引退で終わります。
方法としては、両社の後継者だけで会う場を作る、業界の集まりで紹介する、共同の取り組みを持たせる。
「うちの後継者と、御社の後継者で話をさせませんか」という申し出は、相手にとっても歓迎されることが多い。
金融機関の引き継ぎ
とくに丁寧に設計すべき相手です。
支店長と、融資の担当者。両方に会わせてください。
そして、決算の報告に同席させる。慣れてきたら、後継者が説明する。
金融機関は、後継者の考え方と能力を見ています。承継後の融資姿勢に直結します。
また、金融機関の担当者は異動します。数年で代わるため、関係は個人ではなく組織に対して作る必要があります。
後継者が定期的に訪問する習慣をつけてください。用がなくても、決算のたびに。
引き継げない関係の扱い
正直に整理します。移らない関係があります。
相手の社長が「あなただから取引していた」と言う場合。相手も引退が近い場合。個人的な貸し借りで続いている場合。
この場合、無理に引き継ごうとせず、代わりを考えてください。
同じ商品を扱う他社、同じ役割を果たす別の関係。後継者自身が、自分の関係を作るという方向です。
また、その取引が細る前提で、事業計画を立ててください。「引き継げるはず」という希望的な前提は、承継後に崩れます。
文書に残す
同行だけでは足りません。頭の中にある情報を、文書にしてください。
相手ごとに、取引の経緯、決まっている条件、過去のトラブル、キーパーソン、相手の内部事情、注意点。
とくに、契約書に書いていない取り決め。「この客は月末締めだが、実際には20日に請求している」といった慣行です。
これが最も引き継がれず、最も現場を困らせます。
形式は自由です。A4で1枚ずつでも構いません。先代が元気なうちに、書いてもらってください。
譲渡の場合も同じ
最後に。第三者へ譲渡する場合も、人脈の引き継ぎは同じ課題です。
むしろ、より難しいと言えます。買い手は家族でも社員でもなく、業界を知らないこともあります。
したがって、クロージング後の一定期間、主要先への同行をすることが、実務上の標準になっています。
これは契約に書ける事項です。「クロージング後◯か月間、買主の求めに応じて主要取引先への挨拶に同行する」。
この条項があるかどうかで、買い手の安心感が変わります。価格の交渉にも効きます。社長の人脈で成り立つ取引も併せてご覧ください。