「うちの仕事は、結局わたしが取ってきているようなものだから」——譲渡を考え始めた経営者から、最も多く聞く言葉のひとつです。実際、中小企業の取引は経営者個人の信頼の上に成り立っている部分が大きく、それ自体は誇るべきことでもあります。問題は、その信頼が譲渡後にどこまで残るのかです。本稿では、属人性の度合いを見分ける方法と、関係を会社の力に移していく実務を、譲渡する側の立場から整理します。
「社長だから取れている仕事」は、譲渡後にどこまで残るのか
結論から言えば、すべてが消えるわけでも、すべてが残るわけでもありません。残るかどうかは、取引先がその仕事を発注している理由によって決まります。
取引先の担当者に「なぜ御社に出しているのですか」と聞いたとして、返ってくる答えは会社ごとに違います。「品質と納期が安定しているから」であれば、社長が交代しても発注は続きます。「何かあったときに社長がすぐ動いてくれるから」であれば、その「すぐ動く」機能を誰かが引き受けない限り、少しずつ他社に移ります。「社長とは学生時代からの付き合いだから」であれば、次の更新で見直される可能性があります。
つまり、属人性は「ある/ない」の二択ではなく、取引ごとに濃淡があるということです。そして譲渡の準備としてまずやるべきは、その濃淡を自分で把握しておくことです。漠然と「うちは属人的だから」と考えていると、本当は会社の力で取れている取引まで低く見積もってしまい、交渉の場で必要以上に守りに入ることになります。
属人性の度合いを見分ける三つの段階
主要な取引先を、次の三段階に仕分けてみてください。売上上位20社程度で十分です。
| 段階 | 見分け方 | 譲渡後の残りやすさと打ち手 |
|---|---|---|
| 第1段階 個人の信頼のみ | 経営者以外が先方の意思決定者に会ったことがない/見積も条件も社長が直接決めている/連絡が社長の携帯にしか来ない | そのままでは残りにくい。譲渡前からの同行と、先方の担当者層への接点づくりが必要 |
| 第2段階 経営者と担当者の二人体制 | 担当者が同行しており、日常の連絡は担当者が受けている/価格の決定だけ社長が関わる | 比較的残りやすい。担当者の処遇を早めに固め、価格決定の権限を渡していくことで安定する |
| 第3段階 会社の仕組みで選ばれている | 相見積や品質基準で選定されている/システムで発注が来る/取引先の社内規程に登録されている | 経営者の交代の影響は小さい。支配権の異動に関する契約条項の確認が主な論点になる |
仕分けの過程で、「第1段階だと思っていたが、実は担当者が先方の現場と深くつながっていた」といった発見がよくあります。経営者の目に入る接点と、会社全体の接点は違うためです。営業担当・配送担当・技術者にも聞いてみてください。
なお、第3段階であっても安心はできません。取引基本契約に支配権の異動に関する条項が入っていれば、通知や事前承認が必要になります。詳しくは「支配権の異動に関する契約条項」をご覧ください。
引き継ぐ側はここを見ている|譲渡する側が知っておく意味
買い手の関心は、率直に言えば「社長が抜けたあとも、この売上は立つのか」という一点にあります。この不安は、次の三つの形で交渉の場に現れます。
- 譲渡価格への影響——将来の収益が読みにくいと見られれば、評価は慎重になります
- 引き継ぎ期間の長さ——「2年は残ってほしい」といった要請につながります
- 契約条件——一定期間の売上維持を条件とする建て付けが提案されることがあります
ここを知っておく意味は、交渉が始まってから慌てないで済むことにあります。属人性が高いこと自体は、隠しても必ず見抜かれます。デューデリジェンスで取引先別の売上推移と担当者を見れば、社長しか接点のない先はすぐ分かります。
むしろ、「第1段階が◯社ありますが、この2年で担当者の同行を始めており、うち◯社は先方の担当者レベルでの関係ができています」と自分の言葉で説明できることが、最も強い材料になります。把握していること自体が、経営の質の証明になるからです。そのうえで、引き継ぎ期間の長さは、価格と並ぶ交渉の対象として、ご自身の希望を伝えてよい項目です。
譲渡を決める前からできる、関係の移し替え
属人性を下げる作業は、譲渡の直前に始めても間に合いません。できれば譲渡を意識し始めた時点から、少しずつ進めておきたい実務です。
同行を習慣にする
いきなり担当を替えるのではなく、まず連れて行くことから始めます。先方に顔を覚えてもらうまでには、訪問を数回重ねる必要があります。挨拶だけの訪問でも、回数が意味を持ちます。
先方の「層」を広げる
社長と先方社長という一本の線だけでなく、現場と現場、経理と経理をつなぐことが関係を厚くします。線が三本あれば、一本が切れても取引は続きます。
関係の背景を記録に残す
次の項目を取引先ごとに書き留めておくと、引き継ぎの資料としてそのまま使えます。
- 取引が始まった経緯と、紹介してくれた方の名前
- 先方の実質的な意思決定者と、影響力のある方
- 過去のトラブルと、その決着のしかた
- 先方の事業の方向性や、社内で言われていること
- 触れないほうがよい話題、大切にされている慣習
会社としての接点を増やす
展示会への出展、自社サイトからの問い合わせ、既存客からの紹介制度など、経営者個人を経由しない入り口をひとつでも作っておくと、会社の評価そのものが変わります。件数が少なくても、仕組みがあることに意味があります。
紹介で成り立っている取引をどう扱うか
人脈の話で見落とされがちなのが、紹介元との関係です。金融機関の支店長、顧問の士業、業界の先輩、同業の社長仲間——直接の取引先ではないけれど、継続的に仕事を運んできてくれる方々です。
紹介は、紹介する側が「安心して名前を出せる会社かどうか」で判断されます。経営者が交代したことを知らないまま紹介が続くと、紹介元にとっては気まずい事態になりかねません。だからこそ、取引先への挨拶と同じ重みで、紹介元への挨拶を設計する必要があります。
- 紹介元の一覧を作る——直近3年で1件でも紹介があった先まで含める
- 挨拶の順序を決める——紹介件数の多い先、関係の古い先を先に
- 前経営者が同行し、「引き続きお願いします」と自分の口で言う
- 新体制の連絡先と、誰に話を通せばよいかを明確に伝える
金融機関への説明については「金融機関への説明と借入の継続」で別途整理しています。
譲渡後の関与期間を、どう設計するか
属人性の高い会社ほど、譲渡後に一定期間残ることを求められます。これは「引き止められている」のではなく、会社の値段を守るための期間でもあります。ただし、漫然と残ると双方にとって不幸な結果になりがちです。設計のポイントを挙げます。
- 役割を書面にする——「相談役」という肩書だけでは、何をする人か誰にも分かりません。取引先への同行、紹介元への挨拶、技術的な助言など、具体的に書きます
- 期間と勤務の頻度を決める——週に何日か、いつまでか。延長するかどうかは、期限が来たときに改めて話し合います
- 意思決定には入らない——決めるのは新しい経営者です。前経営者が決め続けると、従業員も取引先も「誰に聞けばよいのか」が分からなくなります
- 引き際を言葉にする——最後の訪問で「今後はこの者にお願いします」と明言することが、後任の仕事をつくります
退任の時期については「前経営者はいつ退くのがよいか」で詳しく整理しています。
属人性の高さは、弱みではなく、これまで経営者が積み上げてきたものの大きさです。譲渡の準備とは、その積み上げを会社という器に移していく作業にほかなりません。当社は、譲渡前の関係の棚卸しから、譲渡後の挨拶まわりと関与期間の設計まで、一貫してご支援しています。お問い合わせには2営業日以内にご返信します。
よくあるご質問
Free Consultation
積み上げてきた関係を、次の世代へ。
人脈をどう引き継ぐかは、会社の値段にも、譲渡後の安心にも直結します。初回のご相談は無料です。
お問い合わせには2営業日以内にご返信します。メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。