中小企業のオーナー経営者様の多くが、会社を契約者とする生命保険に加入していらっしゃいます。退職金の準備、事業保障、あるいは以前の節税目的など、加入の経緯はさまざまです。ところが会社売却(株式譲渡)の場面になると、この法人契約の保険が「どう扱うか決めなければならない資産」として浮かび上がってきます。解約すれば会社に利益が立ち、そのまま残せば買い手が引き継ぐことになるためです。本稿では、解約返戻金の税務上の扱いを起点に、退職金の原資として使う場合の考え方、買い手との調整のポイントまでを順にご説明します。
会社で入っている生命保険は、売却時にどう扱われるか
法人契約の生命保険は、会社の資産(または費用)として貸借対照表・損益計算書に影響を与え続けています。株式譲渡では会社そのものが買い手に移りますので、契約を何も動かさなければ、保険契約もそのまま買い手の会社に引き継がれます。しかし実務では、次の三つのいずれかを選ぶことが一般的です。
- クロージング前に解約し、解約返戻金を会社に受け入れる(役員退職金の原資などに充てる)
- 契約者・受取人の名義をオーナー様個人に変更して、個人の契約として引き継ぐ
- そのまま会社に残し、買い手が契約を引き継ぐ
どれを選ぶかによって、会社の損益・純資産が変わり、結果として株式の譲渡価格の前提も変わります。つまり保険の扱いは「事務手続き」ではなく、対価の設計に直結する論点です。
特に注意したいのは、被保険者がオーナー様ご本人であるケースです。売却後にオーナー様が退任されるのであれば、買い手にとって「退任した人を被保険者とする保険」を持ち続ける意味は薄く、結局は解約や名義変更を求められることが少なくありません。だからこそ、交渉の早い段階で扱いを決めておくほうが、後の手戻りを防げます。
解約返戻金が会社の利益になる仕組み
保険を解約すると、会社には解約返戻金が入ります。このとき税務上のポイントになるのは、「入ってきた金額」ではなく「資産計上されている金額との差額」です。保険料のうち一定部分を資産(保険積立金など)として計上してきた契約であれば、解約返戻金と資産計上額との差額が益金または損金として認識されます。
保険料の全額または大部分を損金として処理してきた契約の場合、資産計上額が小さいため、解約返戻金の多くがそのまま益金となります。結果として、解約した事業年度の利益が大きく膨らみ、法人税等の負担が生じることになります。法人実効税率の目安は約30%とされていますので、返戻金の規模によっては無視できない金額になります。
逆に、解約返戻金が資産計上額を下回れば、差額は損失として認識されます。「保険を解約すると必ず利益が出る」というわけではなく、契約の種類と経理処理によって結果が変わるという点を押さえておいてください。ご自身の会社の契約がどちらのタイプかは、保険証券と直近の決算書(保険積立金の計上額)を並べれば、顧問税理士の先生に確認していただけます。
退職金の原資として使う場合の考え方
解約による益金の発生と、役員退職金の支給による損金の発生は、同じ事業年度に重なれば相殺関係になります。「保険を解約して、その資金を退職金に充てる」という設計が広く検討されてきたのは、この対応関係があるためです。
ただし、ここには二つの前提があります。第一に、退職金の額が税務上の適正な範囲に収まっていることです。不相当に高額と判断された部分は損金に算入されず、想定していた相殺が働きません。適正額の考え方は「役員退職金はいくらまで損金になるか」で整理していますのでご参照ください。
第二に、解約と支給のタイミングを同じ事業年度に収めることです。決算期をまたいでしまうと、益金が立つ年度と損金が立つ年度が分かれ、一方の年度だけ税負担が重くなることがあります。M&Aのスケジュールは相手方の都合にも左右されますので、決算期との関係は早めに確認しておく必要があります。決算期をまたぐ場合の論点は「決算期の途中で売却するとどうなるか」でも触れています。
なお、受け取ったオーナー様側では、退職金は退職所得として給与や株式譲渡益とは分けて課税されます。株式の譲渡代金として受け取る場合(20.315%の申告分離課税)とどちらが有利かは、勤続年数や金額によって変わります。詳しくは「役員退職金を活用した会社売却」をご覧ください。
解約せずに引き継ぐ・名義を個人に移すという選択肢
解約以外の選択肢も検討に値します。ひとつは、契約者を会社のまま買い手に引き継いでもらう方法です。被保険者が売却後も残る役員・従業員であり、事業保障としての意味が続く契約であれば、買い手が引き継ぐことに合理性があります。この場合、保険積立金は会社の資産として株式価値の算定に織り込まれることになります。
もうひとつは、契約者・受取人の名義をオーナー様個人に変更する方法です。長年支払ってきた保険を個人の保障として持ち続けたい、というご希望はよく伺います。ただし名義変更は、会社から個人への資産の移転にあたりますので、適正な価額(一般には解約返戻金相当額などを基準とする考え方)での取引が求められます。無償や著しく低い価額で移すと、その差額が役員賞与と認定され、会社側では損金不算入、個人側では給与所得として課税される可能性があります。
会社名義の資産を個人に移す場面全般の注意点は「社宅や会社名義の資産を個人に移すとき」でも解説しています。保険に限らず、共通する考え方は「時価で移す」ことです。
売却前に整理しておきたい実務のポイント
実際に検討を進める際は、次の順序で整理すると議論がぶれません。
- 契約の棚卸し:契約者・被保険者・受取人・保険種類・払込状況を一覧化する
- 数字の確認:直近の解約返戻金額と、決算書上の資産計上額を突き合わせる
- 方針の決定:解約・名義変更・引継ぎのいずれかを、顧問税理士の先生と検討する
- 買い手との合意:扱いと時期を基本合意・最終契約に書き込む
買い手側は、デューデリジェンスで必ず保険契約の一覧と証券の写しを確認します。ここで「聞いていなかった契約」が出てくると、心証の面でも条件の面でもマイナスに働きます。税務デューデリジェンスで見られる項目は「税務デューデリジェンスとは」に整理していますので、あわせてご確認ください。
本稿は一般的な税制の仕組みのご紹介であり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。実際の適用可否や税額は、会社の状況や取引の内容によって異なります。必ず税理士等の専門家にご確認ください。
また、解約返戻金がピークを迎える時期と、M&Aのスケジュールが必ずしも一致しない点にも留意が必要です。「返戻率が上がるまで待つ」ことが、事業の状況や買い手の関心と照らして最適とは限りません。保険単体の損得ではなく、取引全体で判断していただくのが現実的です。
まとめ|保険は「対価の設計」の一部として考える
本稿の要点を整理します。
- 法人契約の保険は、解約・名義変更・引継ぎのいずれかを選ぶ必要があり、いずれも株式の譲渡価格の前提に影響する
- 解約返戻金は、資産計上額との差額が益金(または損金)となる。損金処理してきた契約ほど解約時の益金が大きくなりやすい
- 退職金の原資として使う場合は、適正額であること・同一事業年度に収めることの二点が前提になる
- 名義変更は会社から個人への資産移転にあたるため、適正な価額で行う必要がある
保険の扱いは、単独で見れば経理処理の話に見えますが、実際には「オーナー様が最終的にいくら受け取るか」に直結します。当社プラチナパートナーズでは、顧問税理士の先生と連携しながら、対価の受け取り方を含めた設計をお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。保険や役員借入金などの整理段階からのご相談も歓迎しておりますので、お気軽にお声がけください。