「自宅は会社名義の社宅になっている」「今乗っている車は社用車で、そのまま使い続けたい」。会社売却のご相談では、こうしたお話をよく伺います。株式譲渡では会社ごと買い手に移りますので、会社名義のままにしておけば、それらの資産も買い手のものになります。事業に関係のない資産を売却前に個人へ移すこと自体は一般的な実務ですが、価額の決め方を誤ると、思わぬ課税を招きます。本稿では、会社名義の資産を個人に移す場合の税務上の考え方と、実務で気をつけたい点を整理します。

なぜ売却前に「会社名義の資産」を整理するのか

買い手が評価しているのは、原則として「事業を続けていくために必要な資産と、その事業が生み出す収益力」です。オーナー様のご自宅である社宅、ご家族が使っている車、使われていないリゾート会員権などは、事業との関連が薄い資産(いわゆる事業外資産)として扱われます。

こうした資産が会社に残っていると、買い手は「引き継いでも使い道がない資産の分まで対価を払うことになる」と受け止めます。結果として、価格交渉の中で控除の対象になったり、「クロージングまでに会社から切り離してほしい」と求められたりします。企業価値の算定でどう扱われるかは「企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法」もあわせてご覧ください。

一方で、オーナー様の側にも「住み続けたい」「使い続けたい」というご事情があります。そこで、売却前に会社から個人へ買い取る、という整理が検討されることになります。問題は、その価額をいくらにするかです。

原則は「時価で移す」|価額を誤ると何が起きるか

会社と役員(オーナー様)は、税務上は別人格の当事者です。したがって両者の間で資産をやり取りするときは、第三者との取引と同じように、適正な時価で行うことが原則になります。

時価より著しく低い価額で個人が買い取った場合、その差額は「会社が役員に経済的利益を与えた」と評価され、役員賞与(役員給与)として扱われる可能性があります。役員賞与と認定されると、会社側では原則として損金に算入できず、個人側では給与所得として課税され、さらに源泉徴収漏れの問題も生じます。会社・個人の双方に不利益が生じるうえ、後から是正すると余計な負担になります。

逆に、時価より高い価額で会社に買い取らせた場合は、会社に利益を移したのと同じですから、やはり適正でない取引として問題視されます。「安く移す」も「高く売りつける」も、どちらも避けるべきという整理です。

では時価をどう決めるか。不動産であれば不動産鑑定評価や公的評価額を参考にする、車両であれば中古車の取引相場を参照する、といった方法が考えられます。重要なのは、「なぜその価額なのか」を第三者に説明できる根拠を残しておくことです。

不動産を移す場合に追加で発生するコスト

社宅などの不動産を会社から個人に移す場合は、価額の問題に加えて、移転そのものに伴うコストが発生します。主なものは次のとおりです。

  • 会社側:譲渡した価額と帳簿価額の差額が、益金または損金として認識される
  • 会社側:建物部分の譲渡は消費税の課税取引にあたる(標準税率は10%。土地の譲渡は非課税)
  • 個人側:登録免許税、不動産取得税といった流通課税
  • 双方:登記手続きにかかる司法書士報酬などの実費

特に見落としやすいのが、会社側で生じる譲渡益です。長年保有してきた不動産は、帳簿価額が下がっている一方で時価が高いままということがあり、時価で移した結果、会社に大きな利益が立つ場合があります。含み益のある不動産を持つ会社の論点は「不動産を含む会社を売るときの税務」でも解説しています。

そのため、「個人に移すか」「会社に残したまま売るか」は、移転コストと、残した場合の価格交渉上の扱いを見比べて決めることになります。移すことが常に正解ではありません。

移さずに残す・賃貸に切り替えるという選択肢

会社に残す場合でも、扱い方の工夫はあります。たとえば社宅として使い続けたいのであれば、クロージング後は買い手の会社との間で賃貸借契約を結び、適正な賃料を支払って住み続けるという方法が考えられます。買い手にとって賃料収入が得られるのであれば、必ずしも切り離しを求められないこともあります。

もっとも、買い手の多くは「事業に関係のない資産は持ちたくない」と考えます。管理の手間、固定資産税の負担、将来の売却の手間を引き受けることになるためです。交渉の材料として、賃貸を前提とした提案を用意しておくと、選択肢が広がります。

また、会社に残したまま譲渡する場合、その資産は株式価値の算定に含まれます。含み益がある資産であれば、買い手は将来その資産を処分したときの税負担を考慮して評価することがあり、時価そのままの金額が価格に反映されるとは限りません。この点は交渉の中で丁寧に議論すべきところです。

本稿は一般的な税制の仕組みのご紹介であり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。実際の適用可否や税額は、会社の状況や取引の内容によって異なります。必ず税理士等の専門家にご確認ください。

整理を進めるときの手順と証拠の残し方

実務では、次のような手順で進めるとトラブルを避けられます。

  • 棚卸し:会社名義の資産を一覧化し、事業に必要なもの・そうでないものに仕分ける
  • 評価:個人へ移す候補について、時価の根拠となる資料(鑑定評価、相場資料など)を集める
  • 意思決定:役員との取引にあたるため、取締役会または株主総会の承認手続き(利益相反取引の承認)を経る
  • 実行:売買契約書を作成し、代金を実際に決済する。登記等の名義変更を行う
  • 保存:評価資料・議事録・契約書・入出金記録を一式で保管する

特に重要なのが、代金を実際に支払うことと、議事録を残すことです。「帳簿上だけ処理して、代金は役員貸付金にしておく」といった処理は、買い手のデューデリジェンスでも税務調査でも必ず指摘されます。役員貸付金が残ったままの状態がどう見られるかは「役員借入金がある会社の売却」をご参照ください。

なお、こうした整理は時間がかかります。不動産の評価や登記、買い手との合意形成を考えると、交渉が本格化してから着手するのでは間に合わないこともあります。準備段階での着手をおすすめします。

まとめ|「時価で、記録を残して、早めに」

会社名義の資産を個人に移す際のポイントを整理します。

  • 事業に関係の薄い資産は、買い手の評価対象になりにくく、切り離しを求められることが多い
  • 会社と役員の取引は時価が原則。著しく低い価額での譲渡は役員賞与と認定されるおそれがある
  • 不動産では、会社側の譲渡益、建物部分の消費税、個人側の流通課税といった移転コストが発生する
  • 移すか残すかは、コストと価格交渉上の扱いを見比べて決める。残して賃貸に切り替える選択肢もある
  • 承認手続き・契約書・実際の決済・評価資料をそろえて記録を残す

当社プラチナパートナーズは、資産の切り分けを含めた準備段階からご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。何をどこまで整理すべきかは会社ごとに異なりますので、まずは現状を伺うところからご相談ください。

よくあるご質問

A.固定資産税評価額は参考資料のひとつですが、それだけで適正と言えるとは限りません。実務では不動産鑑定評価や取引事例など複数の資料をもとに時価を検討します。著しく低い価額と判断されると役員賞与として課税される可能性がありますので、価額の決め方は必ず税理士等の専門家にご確認ください。
A.問題ありません。ただし買い手が事業外資産の引継ぎを嫌い、価格交渉で控除の対象としたり、クロージングまでの切り離しを条件にしたりすることがあります。残すのであれば、賃貸借契約に切り替えるなどの提案を用意しておくと交渉が進めやすくなります。
A.不動産の評価や登記、買い手との合意形成には時間がかかるため、相手先探索を始める前の準備段階からの着手をおすすめします。交渉が本格化してから急いで動かすと、価額の根拠づけが甘くなり、かえって指摘を受けやすくなります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら