譲渡が決まると、取引先に知らせることになります。このとき出す文書は、挨拶と、実務の案内の2つの役割を持ちます。挨拶だけでは取引先が困り、実務の話だけでは冷たく見えます。

ここで整理するのは、何を書き、何を書かないかです。書きすぎると余計な不安を招き、書かなすぎると問い合わせが集中します。文例をそのまま写すのではなく、自社の状況に合わせて組み立てられるように、要素ごとに書きます。

誰の名前で、何通出すか

まず決めるのは差出人です。実務では、次の形が使われます。

  • 連名で1通。譲渡する側と譲り受ける側が連名で出す形。「当社の事業を○○社へ譲渡しました」「引き続きよろしくお願いします」を1通で伝えられます。取引先にとっては分かりやすい形です。
  • それぞれが1通ずつ。譲渡する側が挨拶と感謝を、譲り受ける側が今後の体制と連絡先を伝える形。それぞれの言葉で書けます。

株式譲渡の場合は、会社そのものは変わらないので、「株主と経営体制が変わった」という案内になります。取引の相手は同じ会社なので、契約の切り替えは原則として不要です。事業譲渡の場合は、取引の相手が変わるので、契約を結び直す案内が必要になります。この違いで文書の中身が変わります。

書く要素

案内に入れる要素を並べます。

  • 何が起きたか。事業譲渡なのか株式譲渡なのか。いつ効力が生じたのか。
  • 誰が引き継ぐか。会社名、所在地、代表者。
  • 取引はどうなるか。継続するのか、条件は変わらないのか。担当者は誰になるのか。
  • 実務の切り替え。注文の出し先、請求書の宛先、支払いの口座、締め日、納品先。いつの取引分から変わるのか。
  • 契約の扱い。結び直すのか、そのまま継続するのか。結び直す場合、いつ書面を送るのか。
  • 連絡先。問い合わせの窓口と、担当者。
  • 感謝。譲渡する側からの、これまでの取引に対する言葉。

このうち実務で最も問い合わせが来るのは「請求と支払いの切り替え」です。日付を明記し、どの取引分がどちらに属するのかを書いておくと、経理のやりとりが減ります。

書かないほうがよいこと

逆に、入れないほうがよい要素もあります。

譲渡の金額。取引先に伝える必要がなく、契約で秘密とされている場合もあります。

譲渡に至った詳しい事情。「後継者がいないため」と書くことはありますが、業績や個人の健康に踏み込んだ説明は、取引先の不安を招きます。簡潔に留めるのが実務的です。

将来の約束。「条件は今後も変わりません」と書くと、後から見直したときに約束違反と受け取られます。現時点で決まっていることだけを書くのが安全です。

従業員の個人的な情報。誰が残り誰が辞めるかを文書に書く必要はありません。

確定していないこと。「予定」と書いたことが変わると、2通目を出すことになります。

文例をそのまま使わないほうがよい理由

案内文の文例は世の中に多く出回っていますが、そのまま使うと合わないところが出ます。理由は3つあります。

1つめは、株式譲渡と事業譲渡で中身が変わることです。株式譲渡では取引の相手が変わらないので「経営体制が変わりました」という案内になり、事業譲渡では相手が変わるので「契約を結び直します」という案内になります。この2つを取り違えた文書を出すと、取引先の経理が混乱します。

2つめは、業種によって切り替えの実務が違うことです。継続的に納品している業種では締め日と請求の区切りが論点になり、工事や受託では進行中の案件をどちらが引き継ぐかが論点になります。許認可が要る業種では、許認可の番号が変わることを書く必要があります。

3つめは、相手の社内手続きに合わせる必要があることです。大手の取引先は、取引先の変更に社内の登録手続きを求めることがあります。何の書類が必要かは相手ごとに違うので、先に確認しておくと二度手間を避けられます。

したがって、文例は構成の参考にとどめ、自社の切り替え項目を一覧にしてから文面を組む順序が確実です。一覧は、注文・請求・支払い・納品・契約・連絡先の6つを軸に作ると漏れにくくなります。

出す時期と順番

文書を出す前に、主要な取引先には直接訪問して伝えるのが通常です。文書が先に届くと「聞いていない」という受け取り方になります。順番は、売上や仕入の規模、契約上の重要度、関係の長さで決めます。

時期は、クロージング(効力が生じた日)の後に出すのが基本です。それ以前に出すと、取引がまとまらなかった場合に取り消す必要が生じます。ただし、契約に支配権の異動を通知する条項(COC条項)がある場合、契約で定められた時期に通知する必要があります。

従業員への説明は、取引先への案内より前に済ませておきます。取引先から従業員に伝わる形になると、社内の信用を失います。順番は、従業員 → 主要な取引先への訪問 → 文書の発送、という流れが実務的です。

案内を出した後に来ること

文書を出すと、次のような反応が来ます。先に想定しておくと、答えの準備ができます。

与信の見直し。相手の会社が、取引の条件を見直すことがあります。支払いのサイトを短くしたい、保証を求めたいという話が来ることがあります。これは引き継いだ側が対応する話になります。

契約書の差し替えの要求。相手の社内の手続き上、新しい契約書が必要になる場合があります。数が多い業種では、この作業に時間がかかります。先に一覧を作っておくと進みます。

価格の交渉。体制が変わる機会に、条件を見直したいという話が出ることがあります。

人の継続の確認。「これまでの担当者は続けてくれるのか」という問いは、ほぼ必ず来ます。答えを統一しておく必要があります。

案内の文面は、取引先の数が多いと一通ずつ変えられません。共通の形を1つ作り、重要な取引先には口頭の説明を添えるのが現実的な進め方です。契約の切り替えや通知義務の扱いは、弁護士に確認してください。

よくあるご質問

A.効力が生じた日の後に出すのが基本です。それ以前に出すと、取引がまとまらなかった場合に取り消す必要が生じます。主要な取引先には、文書の前に直接訪問して伝えるのが通常です。
A.連名で1通出す形と、譲渡する側・譲り受ける側がそれぞれ1通ずつ出す形があります。連名は取引先にとって分かりやすく、個別に出す形はそれぞれの言葉で書けます。
A.会社そのものは変わらないため、契約の切り替えは原則として不要ですが、株主と経営体制が変わったことを伝える案内を出すのが通常です。契約にCOC条項がある場合は、定められた時期の通知が必要です。
A.書く必要はありません。契約で秘密とされている場合もあります。譲渡に至った事情についても、簡潔に留めるのが実務的です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら