M&Aの検討が進むと、買い手から「幹部の方にもお会いしたい」という申し入れが入ることがあります。経営者様にとっては、社内に検討を打ち明ける最初の一歩であり、最も神経を使う場面です。誰に、いつ、どこまで話すのか。判断を誤ると、離職や情報漏洩につながりかねません。本稿では、従業員面談(キーマン面談)の受け入れ方を、開示の順序という観点から整理します。
なぜ買い手は従業員と会いたがるのか
中小企業では、事業の中核が特定の人に支えられていることが少なくありません。技術を握る職人、主要顧客を任されている営業責任者、現場を回している工場長、数字を把握している経理責任者。買い手にとっては、その人たちがM&A後も残ってくれるかどうかが、投資の前提そのものになります。
面談の目的は、大きく三つです。第一に、キーパーソンの人物と役割を確認すること。第二に、経営者様が退いた後の運営体制を具体的に描くこと。第三に、その人自身が新体制のもとで働き続ける意思があるかを確かめることです。買い手は「引き抜き」ではなく「定着」を心配しているのだと理解しておくと、受け止め方が変わります。
いつ実施するのが一般的か
タイミングは案件によりますが、一般的には次のいずれかです。
- 最終契約の締結後、クロージングまでの間。最も安全な選択です。譲渡が確定してから伝えるため、破談による混乱が起きません
- デューデリジェンスの終盤から最終契約の直前。買い手が実行を強く意思決定している段階で、限られたキーパーソンにのみ開示します
- 基本合意の前後。キーパーソンの残留が買収の絶対条件になっている案件では、早い段階で確認を求められることがあります
売り手の立場では、可能な限り遅らせるのが原則です。理由は単純で、話が流れたときに取り返しがつかないからです。破談は珍しいことではなく、「一度打ち明けたが結局売却しなかった」という状況は、社内に長く尾を引きます。
一方で、買い手から見れば、キーパーソンの意思を確認しないまま巨額の投資を決めることには抵抗があります。ここは、開示の範囲を最小限にすることと引き換えに時期を早める、といった形で調整するのが実務です。仲介会社を通じて、「誰に、いつ、何を」を具体的に詰めてください。
誰に伝えるか|対象者の選び方
対象は、事業の継続に不可欠で、かつ情報を預けられる人に限ります。選ぶ際の視点は次のとおりです。
- その人が抜けると事業が回らないか(技術・顧客・現場・経理のいずれかの要か)
- 買い手が引継ぎ後に頼ることになる相手か
- 秘密を守れる人か。家族や同僚に話してしまう懸念はないか
- 経営者様と信頼関係があり、率直に話せる相手か
- 本人の年齢や今後の意向からみて、当面残る見込みがあるか
人数は絞るほど安全です。中小企業では、まず1〜3名程度から始めるケースが多く見られます。なお、親族が役員として在籍している場合は、家族としての立場と会社での立場の両面がありますので、伝える順序を別途考える必要があります。
また、対象者には秘密保持の誓約を書面で取り交わすことが望ましく、実務でも行われています。書面にすることで本人の意識が引き締まり、経営者様も安心して話せます。書面の内容については弁護士にご確認ください。
本人にどう伝えるか|開示の順序と言葉
いきなり買い手と会わせるのではなく、まず経営者様から本人に事情を説明する場を設けます。この順序は必ず守ってください。順序を誤ると、本人は「自分は蚊帳の外に置かれていた」と感じます。
伝える内容としては、次のような要素を、経営者様ご自身の言葉で話すことになります。
- なぜ譲渡を考えたのか(後継者不在、体力、事業の次の展開など、率直な理由)
- どの段階まで話が進んでいるのか、まだ確定ではないこと
- 相手はどのような会社で、なぜその相手を選んだのか
- 従業員の雇用と処遇について、どのような方針で交渉しているか
- 本人にこれからどう関わってほしいと考えているか
- 当面は他言しないでほしいこと、その理由
ここで最も気にされるのは、ほぼ例外なく「自分たちの雇用はどうなるのか」です。中小企業のM&Aで多く用いられる株式譲渡では、会社そのものは存続し、雇用契約もそのまま引き継がれるのが原則です。ただし、労働条件の見直しが将来的に行われる可能性まで否定はできませんので、断定的な約束は避け、交渉で確保した内容を正確に伝えてください。この点は「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」で詳しく解説しています。
そして、「あなたに残ってほしい」という意思は、はっきり言葉にしてください。役割を期待されていることが伝われば、多くの場合、前向きに受け止めてもらえます。
面談当日の進め方と、そのあとの全社説明
買い手との面談は、面接ではありません。一般には、買い手側から会社概要と今後の方針が説明され、本人からは担当業務や現場の状況を話す、という双方向の場になります。仲介会社が同席し、話題が待遇条件の個別交渉に流れないよう進行を調整します。
当日、経営者様が留意したい点は次のとおりです。
- 本人が一人で不安を抱えないよう、事前に「聞きたいことは聞いてよい」と伝えておく
- 給与や役職の具体的な条件について、買い手がその場で確約することは通常ないと理解しておく
- 面談後、本人と二人で話す時間を必ず取り、受け止め方を確認する
その後、最終契約の締結とクロージングを経て、全従業員への説明を行います。一般的には、譲渡が確定した段階で、経営者様から全社に説明し、買い手側から新体制の方針が伝えられるという流れです。説明のタイミングを取引先への挨拶と揃えることも重要で、社外から先に伝わる事態は避けなければなりません。成約後の職場の変化については「M&A後の従業員はどうなる?」もご参照ください。
まとめ|人に話す順序が、承継の質を決める
従業員面談は、買い手にとっては引継ぎ体制の確認であり、売り手にとっては社内開示の第一歩です。原則は、①時期はできる限り遅く、②対象は事業に不可欠で信頼できる人に絞り、③必ず経営者様から先に説明し、④秘密保持の誓約を取り交わしたうえで面談に臨む、という順序を守ることです。
会社を託すとは、株式を渡すことであると同時に、人を託すことでもあります。だからこそ、誰に何をいつ話すかという設計は、価格の交渉と同じくらい重要です。当社プラチナパートナーズでは、開示対象者の選定から本人への説明の進め方、面談当日の同席、全社説明の段取りまで、経営者様と一緒に組み立てます。まずは無料相談からご相談ください。