「会社を売るというのは、うちの中身を全部見せるということですよね」——初回のご相談でよくいただく言葉です。最終的にはたしかに深いところまで開示しますが、それは相手が本気で買うと決めた後の話です。M&Aの情報開示は、相手の本気度が上がるのに合わせて、段階的に範囲を広げていく設計になっています。この仕組みを知っておくと、どの資料をいつ出すべきかで迷わなくなります。

情報開示は四つの段階に分かれている

売り手の情報が買い手候補に伝わる経路は、大きく四段階です。第一段階がノンネームシート(会社名を伏せた1枚の概要)、第二段階が企業概要書(IM。秘密保持契約を結んだ相手にだけ渡す詳細資料)、第三段階がトップ面談と追加質問への回答、第四段階がデューデリジェンス(DD)での原資料の開示です。

この順番には意味があります。各段階に進むには、買い手側が何かを差し出す必要があるからです。第二段階に進むには秘密保持契約の締結、第三段階に進むには経営陣が時間を割いての来訪、第四段階に進むには意向表明と基本合意、そしてDDの費用負担です。つまり、開示範囲が広がるときには必ず、相手の関与も深まっています。

言い換えれば、まだ何も差し出していない相手には、それに見合う情報しか出さない、という原則です。「まず詳しい資料を見せてほしい、話はそれから」という求めに応じないのは意地悪ではなく、売り手を守るための順序です。

第一段階|ノンネームで出す情報と出さない情報

ノンネームシートは、会社が特定されない範囲で興味の有無を判断してもらうための資料です。業種、所在エリア(「関東」「東海」といった粒度)、売上規模のレンジ、従業員数のレンジ、譲渡理由、譲渡希望スキーム程度にとどめます。

ここで注意が必要なのは、一つひとつの項目は曖昧でも、組み合わせると特定できてしまう場合があることです。地域が狭く、業種が特殊で、規模のレンジが絞られていれば、業界の人にはすぐ見当がつきます。このため、特定されやすい会社ほど記載を粗くする、あるいは打診先を限定するといった調整を行います。

ノンネームの粒度をどう決めるかは、それ自体が一つの判断です。粗くすれば安全ですが関心を持たれにくく、細かくすれば関心は集まりますが情報が広がる懸念は増します。この見極めについては「ノンネームシートの粒度|どこまで書けば特定されないか」で詳しく扱っています。

第二段階|企業概要書は誰にでも渡すものではない

ノンネームを見て関心を示した相手には、秘密保持契約を締結したうえで企業概要書(IM)をお渡しします。ここで会社名、事業の詳細、業績の推移、取引先の構成、組織や人員の状況などが相手に伝わります。開示範囲が一気に広がる段階です。

だからこそ、秘密保持契約を結べば自動的にIMが渡るわけではありません。実務上は、その買い手候補が本当に検討する体力と意思を持っているか、同業として情報だけを取りにきていないかを確認したうえで開示します。売り手の側から「この相手には出さない」と判断することもできます。

IMの内容は、仲介会社が作成したうえで必ず売り手にご確認いただきます。書かれていることが事実と違えば後の表明保証の問題になりますし、書きすぎていれば不必要な情報が出てしまいます。確認の視点は「企業概要書(IM)の内容確認|売り手がチェックする点」にまとめました。秘密保持契約そのものの読み方は「秘密保持契約(NDA)で売り手が確認する条項」をご覧ください。

第三段階|面談と追加質問で伝わるもの

トップ面談は資料の受け渡しの場ではありませんが、実質的には大きな開示の場です。社長がどう語るか、どんな質問にどこまで答えるかによって、資料には書かれていない情報が相手に伝わります。事業の強みの実態、社内の雰囲気、社長への依存度、後継者の不在といった事情は、多くの場合この場で伝わります。

面談の後には、買い手から追加の質問が届くのが通常です。ここでの回答も段階的で構いません。たとえば「主要取引先の名前」は、まだ検討初期の相手には伏せ、取引の構成比だけを示すという扱いがよく取られます。従業員の個人名や給与の個別データも、この段階では通常出しません。

一方で、隠すべきでないものもあります。係争、簿外の債務、大口取引先の離脱見込みといった、後で必ず発覚する事実です。これらは早く伝えるほど条件への影響が小さく、後で出てくるほど不信につながります。面談での答え方は「面談で聞かれて困る質問への備え」で扱っています。

第四段階|デューデリジェンスで原資料が開示される

意向表明を受け、基本合意を結んだ後に行われるのがDDです。ここで初めて、契約書の原本、給与台帳、総勘定元帳、許認可の原本といった一次資料が、買い手が起用した専門家に開示されます。開示の深さでいえば最も深い段階です。

この段階に進んでいる相手は、すでに独占交渉の枠内にあり、専門家費用を負担して調査に臨んでいます。相手にとっても引き返しにくい状況になっているという点で、売り手にとっては最も情報を出しやすい段階といえます。

とはいえ、DDでもすべてを無条件に出すわけではありません。個人情報を含む資料はマスキングして提供する、顧客名簿は現地閲覧のみとする、といった配慮を行うのが一般的です。個人データの扱いは「個人情報・データのデューデリジェンス」で詳しく解説しています。DD全体の進み方は「デューデリジェンス(DD)とは」をご参照ください。

※ 秘密保持契約や情報開示の範囲は法的な判断を伴います。個別の条項の解釈や、開示による法的リスクの評価については、弁護士等の専門家にご確認ください。

まとめ|出す順番を守ることが売り手を守る

M&Aの情報開示は、一度に全部を見せるものではありません。ノンネーム、企業概要書、面談と追加質問、デューデリジェンスという四段階を踏み、相手の関与が深まるのに合わせて範囲を広げていきます。この順序が守られている限り、情報が無関係な相手に広く流れることはありません。

売り手として意識していただきたいのは二点です。一つは、順番を飛ばして求められたときに応じないこと。もう一つは、いずれ必ず開示される不利な情報は、むしろ早めに出すことです。この二つを押さえておけば、開示の判断で大きく迷うことはなくなります。

当社では、どの段階で何をお出しするかを、その都度ご相談しながら決めています。ご心配な資料があれば、遠慮なくお申し付けください。ご相談は秘密厳守で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。

よくあるご質問

A.断れます。秘密保持契約の締結は情報を受け取る資格の確認であって、開示を義務づけるものではありません。売り手の判断で企業概要書をお渡ししないことも、途中で打ち切ることも可能です。打診先の選定段階でも、避けたい相手をあらかじめご指定いただけます。
A.検討が進んだ段階です。企業概要書では業種構成や取引の集中度までを示し、社名は伏せるのが一般的です。具体的な社名は、意向表明後のデューデリジェンスの中で開示するという扱いが多く取られます。
A.秘密保持契約には通常、交渉が終了した場合の資料の返還または廃棄の定めが置かれます。実務上は破棄と報告を求める形が多く、条項の内容は締結前に必ずご確認ください。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。秘密厳守でご相談を承ります。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら