ノンネームシートは、会社名を伏せたまま買い手候補に興味の有無を尋ねるための1枚資料です。匿名だから安心、と思われがちですが、実際には「読む人が読めばわかってしまう」ノンネームは珍しくありません。どの項目が会社を特定させるのか、どこまで粗くすれば安全なのか。関心を集めることとのバランスを含めて整理します。
ノンネームシートに書かれる項目
ノンネームシートは、おおむね次のような項目で構成されます。A4で1枚、多くても2枚に収まる分量です。
- 業種・事業内容(概括的な表現)
- 所在地(都道府県または地方ブロック)
- 売上高・営業利益のレンジ
- 従業員数のレンジ
- 譲渡理由(後継者不在、選択と集中など)
- 希望スキーム、譲渡希望価格の考え方
- 事業の特徴・強み(抽象度を上げた表現)
それぞれの項目は、単体で見れば会社を特定できるものではありません。問題は組み合わせです。「東北・水産加工・売上5億円前後・従業員50名・創業50年超」と書けば、その地域の関係者には相当絞り込めてしまいます。ノンネームの設計とは、項目を削ることではなく、組み合わせたときの絞り込みの強さを管理することです。
ノンネームと企業概要書(IM)の役割分担については「ノンネームシートと企業概要書(IM)とは」もあわせてご覧ください。
特定につながりやすい四つの要素
実務上、会社の特定につながりやすいのは次の四つです。
一つ目は、地域の狭さです。都道府県まで書くか、地方ブロックにとどめるかで、絞り込みの強さは大きく変わります。事業者数が少ない地域ほど、地域の記載は粗くする必要があります。二つ目は、業種の特殊性です。「製造業」であれば無数にありますが、「特定の設備向け部品の専門加工」まで書くと、業界内では数社に絞られます。
三つ目は、数字の組み合わせです。売上と従業員数と創業年を同時に細かく書くと、公開情報と突き合わせて特定できてしまうことがあります。信用調査会社のデータベースや業界名鑑には、規模と設立年が載っているためです。四つ目は、強みの書き方です。「○○の認証を県内で唯一保有」「特定メーカーの一次取引」といった記述は、その時点で社名を書いたのとほぼ同じ効果を持ちます。
これらは、どれか一つが細かいだけなら問題にならないことも多く、複数が重なったときに危険度が跳ね上がります。作成時には、項目ごとではなく全体を通して読み、「この情報だけで自分なら特定できるか」を確かめることが有効です。
粗くしすぎると、今度は関心が集まらない
一方で、粒度を粗くすれば安全というわけでもありません。「関東・製造業・売上10億円未満」とだけ書かれたノンネームを見て、買い手が検討の時間を割こうと考えるかというと、現実にはそうなりません。買い手企業も限られた人員で多数の案件を見ており、判断材料のない案件は後回しになります。
粗すぎるノンネームには、もう一つ副作用があります。本来なら関心を持たないはずの相手まで秘密保持契約を求めてくることです。結果として、詳細を開示する相手の数が増え、かえって情報が広がるという逆転が起こります。関心の絞り込みは、情報保護の機能でもあるのです。
この二律背反をどう解くか。実務上の答えは、「特定につながる要素を粗くしたうえで、特定につながらない魅力を具体的に書く」ことです。たとえば所在地や業種は粗く、その代わりに「営業利益率が10%台後半で推移」「上位取引先3社で売上の約4割、うち2社は15年以上の継続取引」といった、会社を絞り込まないが検討価値の伝わる情報を厚くします。
粒度は打診先の顔ぶれによっても変わる
もう一つ重要な視点は、ノンネームの粒度は打診先の範囲とセットで決めるということです。同じ内容のノンネームでも、全国の投資会社に広く出すのと、同じ地域の同業10社に出すのとでは、特定される確率がまったく違います。
そのため、同業への打診を含む場合には、ノンネームを通常より粗くする、あるいは同業向けには別の版を用意するという運用がよく取られます。逆に、地域や業種の重なりが小さい相手に限って打診する場合には、ある程度具体的に書いても特定の懸念は小さくなります。
打診先の選定に売り手がどこまで関与できるかは、多くの方が気にされる点です。実際には、リストを事前にご確認いただき、外したい相手を指定していただくのが通常の運用です。詳しくは「打診先リストの作り方|売り手はどこまで関与するか」と「打診を避けたい相手の伝え方」で扱っています。
売り手として確認しておきたいこと
ノンネームシートは仲介会社が作成しますが、外に出る前に必ず売り手がご確認ください。確認の観点は次の三点です。
第一に、自分が業界の人間だったとして、これを読んで自社を特定できるか。第二に、書かれている事実に誤りがないか。ノンネームの記載と後で開示する資料に食い違いがあると、買い手の信頼を損ないます。第三に、譲渡理由の書き方が納得できるものか。ここは買い手が最初に気にする部分であり、曖昧だと「何か問題があるのでは」という憶測を招きます。
また、ノンネームは一度作って終わりではありません。打診を進める中で反応が薄ければ書き方を見直しますし、逆に特定を疑わせる問い合わせがあれば、その時点で粒度を落とします。運用の中で調整していくものだとお考えください。
なお、どれだけ配慮しても、特定の可能性をゼロにはできません。だからこそ、万一問い合わせや噂が立ったときにどう答えるかを、あらかじめ社長と仲介会社で決めておくことをおすすめします。社内への伝え方の考え方は「M&A検討を社内の誰まで共有するか」でも触れています。
まとめ|粒度は「安全」と「関心」の設計
ノンネームシートの粒度は、細かく書けば関心が集まり、粗く書けば安全になるという単純な話ではありません。特定につながる要素(地域の狭さ、業種の特殊性、数字の組み合わせ、固有の強み)を抑えつつ、特定につながらない魅力を具体的に書く。この配分が設計の中心です。
そして、粒度は打診先の顔ぶれとセットで決まります。誰に出すのかが決まらないうちに、ノンネームの細かさだけを議論しても意味がありません。打診先の範囲と記載の細かさを、同時に検討することが実務の順序です。
当社では、ノンネームシートの内容と打診先リストを必ず事前にご確認いただき、ご懸念のある記載は修正したうえで打診を始めます。秘密保持を最優先に進めてまいりますので、気になる点はどうぞ率直にお伝えください。