「あの会社にだけは、絶対に知られたくない」。M&Aのご相談で、必ずと言っていいほど出てくる話です。仕入先かもしれませんし、長年競ってきた同業かもしれません。この希望は、きちんと伝えれば実務に反映できます。ただし、伝え方によって効き方が変わりますし、指定しても完全には塞げない経路もあります。その両方を正直にご説明します。

除外先の指定は、遠慮せず具体的に

まず前提として、打診を避けたい先の指定は、売り手の当然の権利です。仲介会社は売り手のご了承がない先に打診しません。遠慮してぼかす必要はまったくなく、むしろ具体的な社名でお伝えいただくほうが確実に反映されます。

「この業界の会社は避けたい」といった抽象的な指定は、境界があいまいになりがちです。たとえば「同業は避けたい」とだけ言われた場合、どこまでを同業と見るかで解釈が分かれます。周辺業種から参入しようとしている企業は同業なのか。子会社が同じ事業をしている異業種はどうか。判断に迷う先が出ると、確認のやりとりで時間がかかります。

実務上は、会社名で挙げていただいたうえで、理由も一言添えていただくのが最も機能します。理由がわかれば、挙がっていない先でも同種の懸念がある場合にこちらから確認できるからです。

どのような先を挙げておくべきか

経営者様が最初に思い浮かべるのは競合他社ですが、実際に困るのは競合よりも取引関係にある先であることが少なくありません。挙げておきたい類型を整理します。

  • 主要な仕入先・外注先(取引条件の見直しにつながる懸念)
  • 主要な販売先(取引の縮小や、他社への切り替えを招く懸念)
  • 取引金融機関およびその関連会社
  • 業界団体で近い立場にある同業、地域で顔の見える同業
  • 過去にトラブルがあった相手
  • 親族・従業員・元役員が関係する会社

この中でとくに注意したいのが、主要販売先です。買い手として関心を持つ可能性が高い一方で、検討の過程で「この会社は売りに出ている」という情報が相手の社内に残ります。仮に交渉がまとまらなかった場合、取引条件の交渉で不利になることがあります。打診するかどうかは、得られる可能性と失うリスクを比べて判断すべき相手です。

もう一つ挙げ漏れやすいのが、金融機関の関連会社や、そこが紹介するネットワークです。取引銀行に検討の事実が伝わると、融資判断や社内での取り扱いに影響することがあります。金融機関にいつ伝えるかは、経営者保証の扱いとも関係するため、「経営者保証の解除」もあわせてご確認ください。

指定しても防げない経路がある

ここは正直にお伝えしなければならない点です。除外先を指定しても、情報が伝わる経路をゼロにはできません。

一つは、打診した先から漏れる経路です。秘密保持契約を結んでいても、相手企業の社内で検討する以上、複数の担当者が案件を知ります。その中の誰かが業界の知人に話す可能性は、契約では完全には消せません。実務では、社内で情報を知る範囲を限定するよう求める、関心が薄いとわかった時点で早めに打ち切る、といった運用で確率を下げていきます。

もう一つは、買い手側から逆に伝わる経路です。買い手企業が検討のために業界事情を調べるなかで、周辺に接触することがあります。これを避けるため、仲介会社を通さない独自の調査は基本合意まで控えていただくよう、あらかじめ取り決めるのが一般的です。

三つ目は、売り手側から漏れる経路です。実際には、これが最も多い経路です。社内の誰かが気づく、資料の保管場所から推測される、外部の専門家との会話が聞こえる。社内で共有する範囲をどう絞るかは「M&A検討を社内の誰まで共有するか」で扱っています。

噂が立ったときにどう答えるかを決めておく

完全には防げない以上、万一のときの対応をあらかじめ決めておくことが実務的な備えになります。準備しておくことは三つです。

第一に、問い合わせを受けたときの答え方です。取引先や同業から「会社を売るという話を聞いたが」と言われた場合に、社長が何と答えるかを決めておきます。虚偽を述べるのは避けるべきですが、検討段階の事実を確定的に語る必要もありません。「いろいろなご提案をいただくことはありますが、決まったことは何もありません」といった、事実に反しない範囲の答え方を用意しておきます。

第二に、社内から質問が出たときの答え方です。従業員への開示は、原則として最終契約の後、あるいはクロージング前後に行います。それ以前に質問が出た場合の対応も、同じ考え方で準備しておきます。開示のタイミングは「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」をご覧ください。

第三に、誰に連絡するかです。噂の兆しを感じたら、すぐ仲介会社に共有していただく体制を作っておきます。発生源が打診先にあるなら打診を止める、社内にあるなら共有範囲を見直すなど、原因によって打ち手が変わるためです。

除外を広げすぎたときに起きること

一方で、除外先を広げすぎると、打診できる相手が実質的にいなくなることがあります。「同業は全部だめ、取引先も全部だめ、地元の企業もだめ」となると、残るのは遠方の異業種と投資会社だけ、という状況になりかねません。

その場合に起きるのは、単に候補が減るということではありません。事業への理解が浅い相手ばかりになるため、価値を評価してもらいにくくなり、条件面でも不利に働きます。会社の強みを最もよく理解できるのは、多くの場合その業界にいる企業だからです。

ですので、除外先を挙げるときには「知られたら困る度合い」に強弱をつけて整理することをおすすめします。絶対に外す先、慎重に順番を後ろにする先、条件次第では検討する先。この三段階に分けておくと、進め方に幅が生まれます。

最終的には、秘密保持をどこまで優先するかという経営判断です。当社では、除外の範囲を広げた場合に想定される影響も含めてご説明したうえで、売り手のご意向に沿って進めています。

まとめ|具体的に伝え、完全でないことを前提に備える

打診を避けたい先は、社名を挙げて具体的に伝えるのが最も確実です。競合よりも、仕入先・販売先・金融機関の関連先のほうが、実際には困る場面が多いことも意識しておきたい点です。

ただし、指定しても情報の経路を完全に断つことはできません。打診先から、買い手の調査から、そして売り手の社内から漏れる可能性は残ります。だからこそ、問い合わせを受けたときの答え方と連絡体制を、事前に決めておくことが備えになります。

除外の範囲は広げすぎると候補が実質的になくなり、条件面でも不利になります。強弱をつけて整理し、進め方に幅を持たせることをおすすめします。当社では、どの先をどの順番で当たるかを含めてご相談しながら進めますので、気になる相手があれば最初にお聞かせください。

よくあるご質問

A.社数の上限はありません。ただし範囲を広げるほど打診できる候補が減り、事業を理解できる相手に当たりにくくなります。絶対に外す先、順番を後ろにする先、条件次第の先という強弱をつけて整理されることをおすすめします。
A.できます。打診の進行中でも、まだ声をかけていない先であればいつでも追加していただけます。すでに打診済みの先については、その時点で交渉を打ち切ることは可能ですが、伝わった情報を取り消すことはできません。
A.得られる可能性と、交渉がまとまらなかった場合に取引条件へ及ぶ影響を比べて判断します。実務上は、他の候補の反応をひととおり見たうえで、最後に打診するという順序を取ることが多くあります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら