案件化の準備が整うと、次は「どこに声をかけるか」を決める段階に入ります。ここは仲介会社に任せきりになりがちですが、実は売り手が最も関与すべき工程の一つです。誰に情報が渡るかが決まる場面であり、同時に、どんな相手と将来を共にするかの入り口でもあるからです。
打診先リストは二段階で作られる
実務では、候補先を二段階で絞り込みます。最初に作るのが、条件に合いそうな企業を幅広く並べたロングリストです。同業、周辺業種、商流の上下にいる企業、地域での拡大を狙う企業、投資ファンドなど、理屈のうえで関心を持ちそうな先を数十社から百社単位で洗い出します。
次に、そこから実際に打診する先を選んだショートリストを作ります。財務的に買える体力があるか、過去にM&Aの実行経験があるか、売り手が望む方向性と合うか、そして秘密保持の観点で問題がないか。こうした観点でふるいにかけ、十社から数十社程度に絞るのが一般的です。
この二段階を踏むのは、思いつく相手だけに声をかけて選択肢を狭めないためです。最初から数社に絞ると、その数社の反応次第で話が終わってしまいます。広く洗い出したうえで意図的に絞る、という順序に意味があります。
候補はどこから集めてくるのか
候補先の情報源は主に四つです。第一に、仲介会社が日頃から接している買い手企業の買収方針です。どの業種・地域・規模を探しているかを聞き取って蓄積しているため、条件に合う先をすぐ挙げられます。
第二に、公開情報からの抽出です。業界団体の名簿、企業の有価証券報告書や中期経営計画、過去のM&A公表事例などから、拡大意欲のある企業を割り出します。第三に、売り手自身がお持ちの情報です。取引先、同業の知り合い、以前に打診を受けたことのある相手など、社長の頭の中にしかない候補は少なくありません。
第四に、仲介会社同士のネットワークです。他社が抱える買い手情報とマッチングする仕組みがあり、そこから候補が出てくることもあります。ただしこの経路は情報が広がる範囲も広くなるため、使うかどうかは売り手の意向を確認したうえで決めます。
なお、当社を含め仲介会社は中小M&Aガイドライン(中小企業庁・第3版)に沿った対応を求められており、候補先の選定や情報の取扱いについても、その考え方を踏まえて運用しています。
売り手が事前に確認すべきこと
ショートリストは、打診を始める前に必ず売り手にご確認いただきます。ここで見ていただきたい観点は三つあります。
一つ目は、外してほしい相手がいないかです。取引先、金融機関の関係先、地縁のある同業など、情報が伝わると困る相手は必ずあります。これは後から言っても遅いので、リストの段階で挙げてください。詳しくは「打診を避けたい相手の伝え方」で扱います。
二つ目は、入れてほしい相手がいないかです。社長が以前から「あそこなら任せられる」と考えている先があるなら、リストに加えます。ただし、近しい相手ほど断られたときの気まずさが残るため、打診の順番や誰から伝えるかを含めて設計する必要があります。
三つ目は、相手の性格に対する感触です。同じ業界にいれば、評判や経営スタイルについて社長がご存じのことは多く、その感触はリストの優先順位づけに直結します。財務が良くても、従業員の扱いに不安がある先を上位に置く意味はありません。
広く出すか、絞って出すか
打診先の数をどう設定するかは、売り手の優先順位によって変わります。広く打診すれば、関心を示す先が増え、条件の比較ができ、結果として交渉力が上がります。一方で、情報に触れる企業の数も増え、特定や噂のリスクは高まります。
絞って打診すれば、秘密は守りやすくなります。ただし、声をかけた数社がいずれも関心を示さなかった場合、次の手を考える間に時間が経ちます。案件がどれくらいの期間で進むかは案件によって異なりますが、候補が少ないほど、一社の返答待ちに時間を取られやすくなるのは確かです。
実務上は、まず秘密保持の懸念が小さい先(遠方の同業、異業種の買い手、投資会社など)から打診を始め、反応を見ながら範囲を広げるという進め方がよく取られます。地元の同業など、最も特定されやすい相手は最後に回す、あるいは最後まで打診しないという選択もあります。
複数の候補が同時に関心を示した場合の進め方は「複数の買い手が並んだときの進め方」を、入札形式で進める場合は「入札(オークション)方式とは」をご覧ください。
リストは固定ではなく、動かしながら使う
打診先リストは、一度作って終わりではありません。打診を進めると、想定と違う反応が返ってきます。関心を持つと思っていた同業が動かず、まったく想定していなかった周辺業種が強い関心を示す、ということは実際に起こります。
そのため、反応の傾向が見えてきた時点でリストを見直します。関心の高かった業種を厚くする、条件の伝え方を変える、ノンネームの記載を調整する、といった修正を加えながら進めるのが通常です。初回のリストで結論が出るわけではない、とお考えいただくのがよいと思います。
また、断られた相手をどう扱うかも決めておく必要があります。時期が合わなかっただけであれば、半年後に状況が変わることもあります。一方、方針が合わないことがはっきりした相手に再度声をかけても、情報が広がるだけです。この線引きは、断られた理由を丁寧に聞き取ることでしか判断できません。
まとめ|リストの確認は売り手の重要な仕事
打診先リストは、ロングリストで広げ、ショートリストで絞るという二段階で作られます。候補の情報源は仲介会社の買い手情報、公開情報、売り手自身の知見、仲介会社間のネットワークです。そして、外す相手・入れる相手・優先順位については、売り手が判断すべき領域です。
広く出すか絞るかは、交渉力と秘密保持のどちらを優先するかの問題であり、正解は会社ごとに違います。多くの場合は、秘密保持の懸念が小さい先から始め、反応を見ながら範囲を調整するという進め方が現実的です。
当社では、打診を始める前に必ずリストをご確認いただき、ご了承をいただいた先にのみ声をかけます。ご相談は秘密厳守で、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。どの相手なら任せられるか、というところからご一緒に考えます。