「登記はちゃんとしているつもりです」——そうおっしゃる経営者様の会社でも、登記事項証明書を取り寄せてみると、実態と合っていない箇所が見つかることがあります。取締役の任期が何年も前に切れたまま、監査役が空席のまま、本店の所在地が旧住所のまま、事業目的に今やっていない事業だけが並んでいる。
日々の経営に支障がないため放置されがちですが、M&Aでは話が別です。買い手側の司法書士や弁護士は、登記事項証明書を出発点に会社の法的な姿を把握します。そこに実態とのずれがあれば、必ず指摘され、クロージングまでの是正を求められます。本稿では、よくある登記の未整備と、その直し方を整理します。
登記は「会社の公式な自己紹介」
商業登記は、会社の基本的な情報を公示する制度です。商号、本店所在地、事業目的、資本金、役員の氏名、機関設計、株券発行の定め——これらが登記簿に記載され、誰でも登記事項証明書を取得して確認できます。
M&Aの場面で登記が重要になる理由は二つあります。
第一に、手続の前提を確定させるためです。誰が代表取締役なのか、取締役会があるのか、株式に譲渡制限があるのか。これらが確定しなければ、株式譲渡の承認決議をどこで行うのかすら決まりません。
第二に、会社のガバナンスの状態を示すためです。登記が長年放置されている会社は、他の書類——議事録、株主名簿、社内規程——も同様に整っていないのではないか、と見られます。実際にその推測は当たっていることが多く、買い手はDDの範囲を広げる判断をします。登記の未整備は、それ自体の影響を超えて、会社全体の印象に及ぶのです。
逆に言えば、登記が実態と一致し、変更のたびにきちんと手続が踏まれている会社は、それだけで信頼の土台ができます。これは費用対効果の高い準備と言えます。
よくある登記漏れの類型
中小企業で頻繁に見られる未整備を、類型別に整理します。
| 類型 | よくある状況 |
|---|---|
| 役員変更の懈怠 | 任期が満了しているのに、重任(再任)の決議と登記をしていない。辞任・死亡した役員が登記に残っている |
| 監査役の空席 | 定款で監査役を置く旨を定めているのに、退任後そのままになっている |
| 本店移転の未登記 | 事務所を移転したが、登記を変更していない。実際の所在地と登記が違う |
| 目的の不整合 | 現在行っている事業が目的に含まれていない。逆に、やめた事業だけが残っている |
| 資本金・株式数 | 増資や株式分割の登記が漏れている、または記載が実態と合わない |
| 支店・営業所 | 閉鎖した支店が登記に残っている |
| 株券発行の定め | 会社法施行前からの経過措置により、株券発行会社のままになっている |
このうち圧倒的に多いのが役員変更の懈怠です。非公開会社では取締役の任期を最長10年まで伸長できますが、伸長していない会社では2年ごとに重任の手続が必要になります。「同じ人が続けているのだから、何もしなくてよい」と考えて放置されていることが少なくありません。
また、長期間登記がされていない会社は、みなし解散の対象になり得ます。一定期間登記がない株式会社について、法務大臣の公告と通知を経て、解散したものとみなされる制度です。実際に解散登記がされてしまうと、継続の手続が必要になり、M&Aどころではなくなります。
放置するとどうなるか
登記を怠った場合の影響を、三つの側面から整理します。
① 過料の制裁。登記すべき事項を期間内に登記しなかった場合、代表者個人に対して過料が科されることがあります。金額は事案によって異なり、裁判所が決定します。会社の費用ではなく代表者個人が負担するものであり、突然通知が届いて驚かれる経営者様もいらっしゃいます。
② 手続が進められない。M&Aの実務では、株式譲渡の承認決議を行う機関が定まらない、代表者の資格を証明できない、といった形で具体的な支障が出ます。買い手側の司法書士が決済の実行に難色を示すことも考えられます。
③ 評価への影響。前述のとおり、登記の未整備はガバナンス全般への疑念につながります。DDの範囲が広がれば、売り手の対応負担も増えます。
なお、過料が科される可能性があるからといって、是正をためらう理由にはなりません。放置している期間が長いほど状況は悪くなります。気づいた時点で速やかに是正するのが、あらゆる意味で最善です。具体的な取扱いは事案によって異なりますので、司法書士・弁護士等の専門家にご確認ください。
是正の進め方|遡って整える作業
役員変更の登記が長年漏れている場合、現在の状態を登記するだけでは足りません。任期満了ごとに選任決議があったものとして、その履歴を遡って整理する必要があります。
大まかな流れは次のとおりです。
① 現状の把握。登記事項証明書を取得し、最後に登記された役員の就任日を確認します。定款で任期がどう定められているかを確認し、いつ任期が満了していたかを算出します。
② 議事録の整備。任期満了のたびに株主総会で選任決議が行われていたことを、議事録として整えます。実際に総会を開いていた記録が残っていればそれを使い、残っていなければ当時の事実関係を確認したうえで作成することになります。ここは慎重な判断が必要な部分ですので、専門家の指示に従ってください。
③ 登記申請。必要な書類を揃えて法務局に申請します。遡る期間が長いほど、書類の量も登録免許税も増えます。
④ 他の登記事項もあわせて確認。本店、目的、機関設計など、他にずれがあれば同時に整理します。別々に申請するより効率的です。
この作業は司法書士に依頼するのが通常です。費用は、遡る期間、変更事項の数、会社の状況によって異なります。M&Aの日程が決まってから着手すると間に合わないこともあるため、早期の着手をおすすめします。
M&Aの進行のなかでの位置づけ
登記の未整備は、M&Aの各段階で次のように扱われます。
初期の面談・資料提出の段階。登記事項証明書は、最も早い段階で買い手に提出する資料のひとつです。ここでずれが見えれば、その時点で質問が来ます。先に「未整備の箇所があり、是正を進めている」と伝えておくほうが、後から指摘されるより印象が良いのは言うまでもありません。
デューデリジェンスの段階。法務DDで、登記と定款、議事録の整合性が確認されます。是正の進捗も報告事項になります。法務DDの全体像は「法務DDで見られる契約|どの書類がどう確認されるか」をご覧ください。
最終契約の段階。是正が完了していなければ、クロージングの前提条件として契約に書き込まれます。「クロージング日までに役員変更登記が完了していること」といった条件が満たされなければ、決済は行われません。
クロージング後。役員の変更登記、本店移転など、買い手側で行う登記が発生します。売り手としては、辞任届や印鑑証明書の提出など、必要な協力を行います。「クロージング後にやる手続き一覧|登記・許認可・金融機関・社会保険」もご参照ください。
つまり、登記の整備は早ければ早いほど楽になるという性質の作業です。最終局面で発覚すれば決済日を動かす要因になりますが、初期に着手していれば、単なる事務手続で終わります。
まとめ|証明書を一通、取り寄せることから
登記の整備は、M&Aの準備のなかで最も地味な作業のひとつです。しかし、会社の法的な自己紹介が実態と食い違っている状態は、買い手にとって決して小さな問題ではありません。
着手は簡単です。法務局で登記事項証明書を一通取り寄せ、記載内容を現在の実態と照らし合わせる。役員は現在のメンバーと一致しているか。本店の住所は正しいか。事業目的に今の事業が入っているか。この確認に、専門的な知識はほとんど要りません。
ずれが見つかれば、司法書士に相談してください。多くの場合、必要な手続と期間、費用の見込みをすぐに示してもらえます。そして、その作業はM&Aの有無にかかわらず、会社を健全に保つうえで必要なものです。
当社プラチナパートナーズでは、譲渡のご相談をいただいた段階で、登記・定款・株主名簿の状況を確認し、必要な整備を提携する専門家とともにお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。「何年も登記に触れていない」という段階のご相談も、遠慮なくお寄せください。