法律事務所の承継は、相手が弁護士に限られるという点で他の事業と根本的に違います。さらに、受任中の事件と預り金という、他業種にない引き継ぎの対象があります。本稿では、制度の制約、事件の引き継ぎ、事務所の資産という三つの軸で整理します。

まず、相手が限られる

弁護士法人の社員(出資者)は、弁護士でなければなりません。

  • 資格を持たない事業会社が、弁護士法人の持分を取得することはできません
  • 個人の事務所の場合も、業務そのものを無資格者が引き継ぐことはできません
  • したがって相手は、他の弁護士・弁護士法人に限られます

この制約があるため、一般のM&Aのように幅広く相手を探す形にはなりません。同じ所属会の弁護士、同じ分野を扱う事務所、規模を広げたい事務所が相手になります。実行の前に、所属する弁護士会に手続きを確認することをお勧めします。

※ 税務・法務の取り扱いは個別の事情で結論が変わります。実行の前に、顧問税理士・弁護士にご確認ください。

承継の相談が出てくる背景

相談のきっかけは、次のような形です。

  • 所長の引退時期 — 受任中の事件を途中で放り出せないため、計画的な引き継ぎが必要になる
  • 後継の弁護士が育っていない — 勤務弁護士が独立してしまい、残る人がいない
  • 分野を広げたい — 自分の専門だけでは顧問先の相談に応えきれない
  • 後継者がいない — 帝国データバンクの2025年調査では、日本企業の後継者不在率は50.1%です

レコフデータによれば2025年のM&A件数は5,000件超で2年連続の過去最多です。第三者への承継は、以前より一般的な選択肢になっています。

受任中の事件は、依頼者の同意が前提

事件は事務所の資産ではなく、依頼者と弁護士の間の委任関係です。

引き継ぐには、依頼者ごとに説明し、新しい担当弁護士について同意を得る必要があります。訴訟が進行中の事件では、裁判所への手続き(委任状の差し替えなど)も伴います。

実務では、進行中の事件は元の弁護士が終わりまで担当し、新規の相談から新体制に移すという形をとることがあります。引き継ぎの期間をどれだけ取れるかが、承継の成否を分けます。

預り金と会計の管理

法律事務所に固有の論点が、預り金です。

  • 預り金の分別管理 — 事務所の運転資金と分けて管理されているか
  • 残高の一致 — 帳簿と口座の残高が一致しているか
  • 実費の精算 — 未精算の実費がどれだけあるか
  • 報酬の未回収 — 回収の見込みと、回収が難しい債権の額

預り金の管理は、弁護士会の規則でも定められている事項です。ここが整理されていないと、承継の話は進みません。先に残高を確定させることが出発点になります。

顧問先と事務局

顧問契約は、継続的な収入として引き継ぎの対象になります。

確認するのは、顧問料の水準、契約の期間、何年続いているか、担当が所長か他の弁護士かです。顧問先についても、承継には相手方の了解が必要です。所長が一軒ずつ回って紹介する形が一般的です。

事務局(パラリーガル・事務職員)は、事務所の実務を支えています。個人事務所の承継では移籍の形になり、本人の同意が必要です。勤務の条件と業務の分担が変わるかを、早い段階で示せるようにしておきます。

条件の議論で見られるもの

資格者の事業なので、設備より事件と顧問先の構成が見られます。

  1. 売上の内訳 — 顧問料、事件の報酬、その内訳の安定度
  2. 顧問先の数と継続年数
  3. 扱っている分野 — 企業法務、相続、交通事故など。分野によって継続性が違います
  4. 弁護士・事務局の人数

当社の報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)で、最低報酬は2,000万円(税別)です。基本合意の時点で成功報酬額の10%を中間金としてお支払いいただき、成功報酬から全額差し引きます。基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。

承継の前に整えられること

準備として効果が大きいのは次の三つです。

第一に、預り金の残高の確定です。帳簿と口座を突き合わせ、未精算の実費を洗い出します。ここが曖昧なまま話を進めることはできません。

第二に、顧問先と受任中の事件の一覧です。顧問先は契約年数と月額、事件は進行の段階と見込みの終了時期。氏名・事件名は出さず、件数と性質が分かる形で整理します。

第三に、引き継ぎの計画です。どの事件を自分で終わらせ、どこから新体制に渡すか。引退の時期が決まっているなら、2年ほど前から考え始めるのが現実的です。

事務所の名称と、物理的な資産

事務所の名称(屋号)は、承継の論点になります。

弁護士法人の名称には規則上の定めがあり、個人名を冠した事務所名を承継後も使い続けるかは、依頼者の誤認を招かないかという観点から検討されます。前の所長が完全に退く場合、名称をそのまま使うことが適切かどうかは所属する弁護士会に確認が必要です。

物理的な資産としては、事務所の賃貸借、書棚と記録の保管、判例や文献のデータベースの契約があります。事件の記録には保存の義務や期間の考え方があるため、保管の場所と方法は引き継ぎの対象です。記録を物理的にどこに置き、誰が管理するかを決めておきます。

進め方の順番

検討の初期は、社名を出さずに進めることができます。

  1. 秘密保持のうえ、同分野の弁護士・弁護士法人に打診する
  2. 面談で、引き継ぎの期間と事件の分担を話す
  3. 預り金と未精算の実費を確定させる
  4. 依頼者・顧問先への説明、事務局の移籍、最終の清算

この業種では、依頼者と顧問先の了解を得る期間が最も重要です。短い期間で切り替えると、顧問先は別の事務所を探し始めます。

よくあるご質問

A.できません。弁護士法人の社員は弁護士でなければならず、個人の事務所の業務も無資格者が引き継ぐことはできません。相手は弁護士または弁護士法人に限られます。
A.依頼者ごとに説明し、同意を得る必要があります。訴訟が進行中であれば裁判所への手続きも伴います。実務では、進行中の事件は元の弁護士が終えて、新規の相談から新体制に移す形をとることがあります。
A.所長が一軒ずつ回って後継の弁護士を紹介する形が一般的です。引き継ぎの期間が短いと離れやすいため、条件に「一定期間残った顧問先に応じて支払う」という設計を入れることもあります。
A.弁護士法人同士の合併という形もあります。個人事務所の場合は、法人化してから合併するか、事務所の統合として職員と顧問先を移す形になります。どの形が適切かは、所属する弁護士会の手続きを含めて確認が必要です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら