士業事務所の承継には、他の事業にない前提があります。引き継ぐ相手が有資格者でなければならない。この一点が、買い手の範囲も、進め方も大きく規定します。
司法書士・行政書士事務所を取り巻く承継の環境
登記手続きの電子化が進み、業務の進め方が変わってきました。一方で、相続に関する手続きや許認可の申請といった仕事は増えています。地域に根ざした事務所ほど、顧客との関係が長く続くのがこの分野の特徴です。
資格者の高齢化により、廃業を選ぶ事務所が少なくありません。そのとき困るのは、長年その事務所に頼んできた顧客です。引き継ぐ先があるかどうかは、地域の手続きの担い手が残るかという話でもあります。
引き継げる相手が限られるという前提
司法書士・行政書士の業務は、有資格者でなければ行えません。したがって、買い手は必然的に同業者になります。事業会社が士業事務所を買うという形は、原則として取れません。
これは制約であると同時に、相手を探す方向がはっきりしているということでもあります。近隣で規模を広げたい事務所、別の地域から進出したい法人、独立を考えている勤務資格者。実際の承継はこうした方々との間で行われます。
個人事務所か、法人かで進め方が変わる
司法書士法人・行政書士法人として運営している場合と、個人事務所の場合とで、承継の形が変わります。
- 法人:社員(出資者)の交代や持分の譲渡によって、法人格を維持したまま引き継ぐ形が取れます。事務所の名称、顧客との契約、雇用を保ちやすい
- 個人事務所:事業譲渡の形になり、譲受側が自身の事務所として登録し直します。顧客との関係は、個別に引き継ぐことになります
手続きや会への届出は所属する会・連合会の定めによります。具体的な進め方は、所属会および税理士・弁護士にご確認ください。
顧客との関係を、どう移すか
この分野の価値は、継続して依頼をいただいている先にあります。金融機関、不動産会社、ハウスメーカー、そして個人のお客様。とくに金融機関や不動産会社からの紹介ルートは、事務所の収益の柱になっていることが多くあります。
買い手が確認するのは、依頼元別の件数と売上、取引年数、そしてその関係が資格者個人に付いているのか、事務所に付いているのかです。個人に付いている場合、承継後も紹介が続くかは、前任者がどれだけ関わるかに左右されます。
守秘義務と、記録の引き継ぎ
士業には法令上の守秘義務があります。顧客の情報を、承継の検討段階で買い手に見せることはできません。
実務では、依頼元の名称を伏せた形で、件数・業務種別・売上の分布といった集計から始めます。あわせて、過去の案件記録をどう引き継ぐか——顧客の同意が要るのか、記録の保管義務はどうなるのか——を、所属会の定めに沿って確認しておく必要があります。ここは早い段階で整理してください。
補助者と、業務システム
事務所を回しているのは資格者だけではありません。補助者の方が、書類の作成や法務局とのやり取りを担っていることが多くあります。長く勤めている補助者が残るかどうかは、承継後の実務に直結します。
あわせて、使っている登記や申請のシステム、過去案件のデータベース、書式のひな形。これらが整理されていれば、引き継ぎは格段に楽になります。誰がどの業務を回せるかを一覧にしておくことが準備になります。
報酬の水準と、案件の性質
登記や申請の報酬は案件ごとに決まりますが、どの業務にどれだけ時間がかかっているかを把握している事務所は多くありません。買い手が知りたいのは、売上の内訳だけでなく採算の取れている業務とそうでない業務です。
相続関連、商業登記、不動産登記、許認可申請。業務種別ごとの件数と売上、そしておおよその所要時間を整理できると、事務所の実力が正確に伝わります。電子化によって所要時間が変わった部分があれば、それも説明できる材料になります。
価値を下げてしまう要因
- 依頼元別の件数と売上が分からない
- 紹介ルートが資格者個人にしか付いていない
- 案件記録が個人の管理下にあり、整理されていない
- 補助者の担当範囲が属人化している
- 事務所が個人名義の不動産で、扱いが未定
承継を考え始めたら、先に整えておきたいこと
- 依頼元別の件数・売上・取引年数を整理する
- 紹介ルートの窓口を、自分以外にも広げる
- 案件記録と書式を事務所の資産として整理する
- 補助者の担当範囲を一覧にする
- 所属会に、承継の手続きと記録の取り扱いを確認する
士業の承継全般は「税理士・会計事務所の事業承継」もあわせてご覧ください。
まとめ
司法書士・行政書士事務所の承継では、有資格者にしか渡せないという前提・顧客との関係・守秘義務・補助者が柱になります。
買い手が同業に限られる分、相手を探す方向は明確です。難しいのは、資格者個人に付いた信用をどう移すか。ここは時間をかければ相当に動かせる部分ですので、早く着手するほど選択肢が広がります。
本稿の内容は執筆時点(2026年9月)の一般的な整理です。許認可・税務・法務の取り扱いは個別の事情により異なりますので、具体的な検討にあたっては所管官庁および税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。