人材派遣・人材紹介は、参入時に一定の要件を満たして許可を得る必要があり、その後も法令に沿った運用が継続的に求められる、いわゆる規制業種です。この「許可があること」は、事業を売る側にとっても買う側にとっても、価値の源泉であると同時に、M&Aの進め方を左右する制約でもあります。実際、人材ビジネスの譲渡案件では、価格の議論に入る前に「その許可はどう引き継がれるのか」という論点を整理することから始まるのが通例です。本稿はその順序に沿って、まず許可の取り扱いから入り、そのうえで収益構造の見方、買い手が重視する指標、そして人材ビジネス特有の労務デューデリジェンスへの備えを解説します。

許可の承継|スキームによって取り扱いが変わる

労働者派遣事業を営むには労働者派遣法に基づく許可が、有料職業紹介事業を営むには職業安定法に基づく許可が、それぞれ必要です。この許可は事業を行う主体に対して与えられるものであり、M&Aのスキームによって取り扱いが変わります。

株式譲渡の場合

株式譲渡では、許可を受けている法人そのものは存続し、その株主が入れ替わるだけです。したがって、法人が受けている許可は一般に、そのまま維持されると考えられています。事業を止めずに経営権を移せるため、人材ビジネスのM&Aでは株式譲渡が選ばれることが圧倒的に多いのが実情です。

ただし、無条件というわけではありません。一般に、役員の変更や事業所の所在地の変更などは、所定の様式による変更届出の対象とされています。また、許可には有効期間があり、更新の手続きが必要とされていますので、譲渡のスケジュールが更新時期と重なる場合は、どちらの当事者がいつ手続きを行うのかを事前に整理しておく必要があります。

事業譲渡の場合

事業譲渡では、事業の主体が変わります。許可は一般に譲渡の対象とならないとされており、譲受側が自ら許可を有しているか、新たに許可を取得することが前提となるのが通常です。許可の取得には審査期間を要するとされているため、実行日から逆算した綿密なスケジュールが不可欠です。

なお、会社分割によって事業を承継させる方法については、許可の取り扱いに関する制度上の整理が別途あるとされています。いずれの手法を採る場合も、その事案において許可がどう扱われるかは、事前に所管の労働局に確認したうえで判断する必要があります。

許可の承継可否、届出の要否と様式、更新手続きの取り扱いは、制度の細目と個別の事情によって異なります。実行にあたっては、必ず所管の都道府県労働局および社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

派遣と紹介|収益構造の違いを押さえる

「人材ビジネス」とひとくくりにされがちですが、派遣と紹介では収益の生まれ方がまったく異なり、買い手の評価軸も変わります。

派遣事業|継続課金型のストック性

派遣は、スタッフが就業している間、稼働時間に応じて派遣料金が継続的に発生する構造です。売上は「稼働人数 × 単価 × 稼働時間」でほぼ説明でき、稼働が続く限り収益が積み上がるストック性を持ちます。その一方で、スタッフに支払う賃金と社会保険料が売上に連動して発生するため、粗利率は構造的に一定の範囲に収まります。人を増やさなければ売上は伸びず、人を増やせばコストも増える。この意味で、派遣事業の評価は「どれだけ多くのスタッフを、どれだけ長く稼働させ続けられるか」に集約されます。

紹介事業|成功報酬型のフロー性

紹介は、求職者の入社が決まった時点で紹介手数料が発生する一回完結型の収益です。原価となるのは主に人件費と集客費用であるため利益率は高くなり得ますが、売上は毎期ゼロから積み上げ直す必要があります。景気動向や特定業界の採用意欲に業績が左右されやすく、また返金規定によって既計上の売上が戻る可能性がある点にも注意が必要です。

買い手は、この二つの性質を区別して評価します。両方を手がける会社であれば、それぞれの売上・粗利を分解して説明できることが望まれます。「全社で売上◯億円、営業利益◯千万円」という総額だけでは、事業の実力を伝えきれません。

マージン率をどう説明するか

派遣事業では、派遣料金に占める派遣スタッフの賃金以外の部分の割合、いわゆるマージン率の情報提供が求められています。M&Aの交渉においても、この数字は必ず話題になります。

ここで誤解されがちなのは、「マージン率が高いほど儲かっている会社」ではないという点です。マージン率には、社会保険料の事業主負担、有給休暇の費用、教育訓練の費用、営業・管理部門の人件費など、派遣元が負担すべき費用が広く含まれます。したがってマージン率がそのまま利益率になるわけではなく、実際の営業利益率はそれよりかなり低い水準にとどまるのが一般的です。

買い手が本当に見ているのは、マージン率の絶対値ではなく、その水準が「なぜ」その水準なのか、という説明です。専門性の高い職種を扱っているために単価が高いのか、教育訓練に厚く投資しているのか、あるいは特定の取引先との力関係で単価が抑えられているのか。同じ数字でも、背景によって将来の見通しはまったく違います。

あわせて注意したいのが、いわゆる同一労働同一賃金への対応です。派遣スタッフの待遇決定方式について、どちらの方式を採用し、どのように運用しているかは、将来の人件費水準に直結する論点として確認されます。制度対応の記録を整理しておくことは、そのまま交渉上の備えになります。

買い手が評価する指標|人と取引先の両面から

人材ビジネスの価値は、貸借対照表にほとんど現れません。工場も在庫もなく、資産の大半は「稼働しているスタッフ」と「発注してくれる取引先」という、決算書の外にあるものだからです。買い手が確認する主な項目は次のとおりです。

評価される項目買い手が確認する内容
稼働スタッフ数の推移月次の稼働人数が伸びているか、横ばいか、減少しているか。直近の傾向が重視されます。
スタッフの定着率平均就業期間と離職の理由。定着率の高さは、そのまま将来収益の確度になります。
取引先の分散度上位数社への売上集中度。特定の一社に依存していないか。
取扱職種の専門性汎用職種か、資格や経験を要する職種か。後者は代替されにくく単価も維持しやすい傾向。
登録者データベース登録者数だけでなく、連絡可能で就業意欲のある層がどれだけいるか。
営業体制の属人性取引先との関係が経営者個人に紐づいていないか。営業担当への引き継ぎ状況。

このなかで、価格に最も大きく影響しやすいのが取引先の分散度です。売上の大半を一社が占める会社は、その一社の方針変更で事業が一気に傾く可能性があるため、買い手は評価を慎重にせざるを得ません。逆に、多数の取引先に分散し、かつ各社との取引が複数年続いているという状態は、それ自体が強力な説明材料になります。

もうひとつ、見落とされやすいのが営業の属人性です。「社長が長年築いた関係で受注が続いている」という会社は、譲渡後にその関係が続く保証がありません。この懸念に対しては、引き継ぎ期間を一定程度設けるといった対応が交渉のなかで検討されることが多く、経営者様の譲渡後の関与のあり方は早い段階でご意向を固めておかれるとよいでしょう。この点については「会社売却後の経営者はどうなるか」もご参照ください。

労務デューデリジェンスへの備えが、そのまま価格を守る

人材ビジネスのM&Aにおいて、デューデリジェンスの中心は労務です。人を雇い、人を送り出すことが事業そのものである以上、これは当然といえます。実務で論点になりやすいのは、次のような項目です。

  • 時間外労働の把握と割増賃金の計算、いわゆる未払残業の有無
  • 社会保険の加入対象者の判定と加入漏れの有無
  • 有給休暇の付与日数と取得状況の管理
  • 派遣元責任者・職業紹介責任者の選任状況と講習受講の記録
  • 派遣先との契約書、抵触日の管理、事業所単位・個人単位の期間制限への対応
  • 紹介事業における手数料表の届出内容と、実際の請求との整合
  • 個人情報の取り扱いに関する社内規程と運用の実態

これらは、いずれも「あとから金額が確定する潜在債務」になり得る性質のものです。買い手の立場からすれば、把握できないリスクは価格を引き下げるか、表明保証と補償の条項で手当てするほかありません。したがって、売り手が自ら点検して開示することの価値は非常に大きくなります。指摘される前に「ここに課題があり、こう是正した」と説明できる会社と、調査で発覚した会社とでは、同じ事実でも交渉における意味合いが変わります。

準備には時間がかかります。社会保険の加入漏れの是正も、労働時間管理の仕組みの導入も、一朝一夕には整いません。譲渡を具体的に考え始めた時点で着手されることをお勧めします。デューデリジェンスの全体像については「デューデリジェンス(DD)とは」で解説しています。

まとめ|許可・人・取引先という三つの資産を可視化する

人材派遣・人材紹介会社のM&Aは、許可という制度上の資産、稼働スタッフという人の資産、そして取引先という関係の資産——この三つをいかに正確に買い手へ伝えられるかが要になります。いずれも決算書には十分に表れないため、経営者様の側から整理して示さない限り、買い手は保守的に見積もるほかありません。

逆にいえば、準備の巧拙が評価の差になりやすい業種でもあります。稼働人数の推移、定着率、取引先の構成、法令対応の記録。これらが整っている会社は、交渉の場で自信を持って語ることができます。

当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、人材ビジネスを含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。許可の取り扱いを含めた初期整理の段階から、守秘義務を徹底のうえ対応いたしますので、お気軽にご相談ください。

よくあるご質問

A.どちらの当事者がいつ手続きを行うのかを、早い段階で決めておいてください。許可には有効期間があり更新の手続きが必要とされていますので、実行日と更新期限の前後関係によって段取りが変わります。株式譲渡であれば法人が存続するため許可は一般に維持されますが、役員の変更や事業所の所在地の変更は所定の様式による変更届出の対象とされています。事業譲渡では譲受側が自ら許可を持っているか新たに取得することが前提となり、審査期間を要します。具体的な取り扱いは所管の都道府県労働局および社会保険労務士等の専門家にご確認ください。
A.取引先の分散度は、価格に最も大きく影響しやすい項目のひとつです。売上の大半を一社が占める会社は、その一社の方針変更で事業が一気に傾く可能性があるため、買い手は評価を慎重にせざるを得ません。打てる手はあります。その取引が何年続いているのか、取引先の一部門だけでなく複数部署に広がっているのか、契約形態と稼働人数の推移はどうか、そして他の取引先を育てている経過があるのかを具体的に示してください。依存の事実そのものより、その中身を説明できるかどうかが評価を分けます。
A.自ら点検して開示する価値のほうが大きいとお考えください。これらは後から金額が確定する潜在債務になり得る性質のもので、買い手の立場からすれば、把握できないリスクは価格を引き下げるか、表明保証と補償の条項で手当てするほかありません。指摘される前に「ここに課題があり、こう是正した」と説明できる会社と、調査で発覚した会社とでは、同じ事実でも交渉における意味合いが変わります。是正には時間がかかりますので、検討を始めた時点で着手してください。判断は社会保険労務士等の専門家にご確認ください。
A.分けて説明してください。派遣は稼働人数×単価×稼働時間でほぼ説明できる継続課金型で、稼働が続く限り収益が積み上がるストック性を持ちます。一方の紹介は入社が決まった時点で手数料が発生する一回完結型で、利益率は高くなり得ますが売上は毎期ゼロから積み上げ直す必要があり、返金規定によって既計上の売上が戻る可能性もあります。買い手はこの二つの性質を区別して評価しますので、それぞれの売上と粗利を分解してください。総額だけでは事業の実力を伝えきれません。

Free Consultation

人材ビジネスの譲渡、許可の論点から整理します。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。ご相談に費用はかかりません。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら