企業価値の算定を複数の手法で行うと、出てくる金額はまず一致しません。時価純資産法では3億円、収益に着目した方法では5億円、年買法では4億円といった具合に、幅をもった結果になります。このとき「どれが正しいのか」と迷われる経営者様は少なくありません。結論から申し上げると、どれか一つが正解というものではなく、食い違うこと自体が正常です。本稿では、なぜ差が生まれるのか、その差をどう読み解けばよいのかを整理します。
食い違いは異常ではない|前提にしているものが違う
手法ごとに結果が違うのは、それぞれが会社の違う側面を見ているからです。
時価純資産を出発点にする方法は、「今、この会社を解体したらいくら残るか」に近い発想です。資産を実態に近い金額に置き直し、負債を差し引きます。過去の蓄積を測る方法だと言い換えられます。
一方、将来のキャッシュフローや利益に着目する方法は、「この会社は今後どれだけ稼ぐか」を見ています。過去の蓄積が薄くても、稼ぐ力が強ければ高い数字が出ます。
つまり、同じ会社を、資産の側から見るか、収益の側から見るかで結論が変わるのは当然です。むしろ、二つの数字が大きく離れていること自体が、その会社の特徴を語っています。各手法の基本は「会社はいくらで売れる?企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法」をご覧ください。
資産方式が高く出る会社・低く出る会社
時価純資産法の結果が収益方式を上回るのは、資産を多く抱えているが、その資産に見合う利益が出ていない会社です。
典型的なのは、古くから不動産を保有しており、簿価が低いまま含み益を抱えている会社です。また、長年の内部留保で現預金が厚く積み上がっている会社もこの形になります。事業の利益が小さくても、資産の側から見れば厚みがあります。
反対に、資産方式が低く出るのは、設備をほとんど持たない事業です。人の技能や取引先との関係が価値の源泉である会社では、貸借対照表に表れる資産は限られます。しかし収益は安定して生まれているため、収益方式では高い数字が出ます。
どちらの形であっても、それ自体が良い悪いという話ではありません。ただし、資産の厚みが評価の中心になる場合は、その資産を事業と切り離すべきかという論点が生じます。「不動産を持つ会社の売却|評価の考え方と切り離しの選択肢」「現預金が多い会社の評価|余剰資金の扱い」をあわせてご覧ください。
収益方式が高く出るときに確かめられること
収益方式が高い数字を示したとき、買い手は無条件にその金額を受け入れるわけではありません。確かめられるのは、その収益がどれだけ続くのかという点です。
具体的には、次のような点が論点になります。利益が特定の取引先に依存していないか。経営者ご本人の営業力や人脈に依存していないか。許認可や契約が譲渡後も維持されるか。主要な従業員が残るか。これらに不安があれば、収益方式で出た数字はそのままでは通りません。
また、将来計画に基づく算定では、計画の前提が精査されます。過去の実績からかけ離れた成長を織り込んだ計画は、根拠を問われます。この点は「売り手が用意する事業計画|買い手に信頼される作り方」で詳しく扱っています。
収益方式の数字を主張するのであれば、収益の再現性を示す材料をあわせて用意することが欠かせません。属人性の論点は「特定取引先への依存|評価が下がる理由と対策」もご参照ください。
年買法という折衷|なぜ中小M&Aで使われるのか
中小企業のM&Aでは、時価純資産に利益の数年分を加える年買法(年倍法)が用いられることがあります。これは資産の厚みと収益の力を足し合わせる、折衷的な発想です。
この方法が使われる理由は、単純でわかりやすいことにあります。売り手にも買い手にも計算の過程が見え、話の土台にしやすいという実務上の利点があります。
ただし、加える年数の根拠は必ずしも理論的ではありません。事業の安定性や買い手の考え方によって変わり、ここにも一律の目安はありません。年買法の結果もまた、あくまで一つの見方だとお考えください。
詳しくは「年買法(年倍法)とは|中小M&Aで使われる簡便な企業評価の方法」をご覧ください。
レンジとして受け止め、交渉の材料にする
複数の手法の結果が出そろったとき、実務での扱い方は次のようになります。
- もっとも低い数字と高い数字の幅を、交渉のレンジとして把握する
- それぞれの数字がどの前提から出ているかを整理する
- 買い手の主張がレンジのどこに位置するかを確かめる
- 高い数字を主張する場合、その前提を裏づける資料を用意する
重要なのは、数字そのものより前提の議論に持ち込むことです。「5億円です」と言うだけでは交渉になりませんが、「この収益水準が3期続いており、主要取引先との契約も継続しています。だからこの前提が妥当です」と言えれば、議論の土俵ができます。
逆に、買い手から低い数字を示されたときも、その前提を尋ねることで論点が明確になります。役員報酬の置き直しが厳しすぎるのか、在庫の評価を落としているのか、将来の投資負担を重く見積もっているのか。前提がわかれば、説明で動かせる部分と動かせない部分が見えてきます。
交渉の進め方は「M&Aの価格交渉|買い手との条件すり合わせと譲れない線の決め方」で整理しています。
まとめ|最終的に価格を決めるのは合意
本稿でお伝えしたかったのは、次の三点です。
- 手法ごとに結果が違うのは正常であり、見ている側面が異なるため
- 差の大きさそのものが、その会社の特徴(資産型か収益型か)を語っている
- 数字は交渉のレンジであって、前提の説明が伴って初めて意味をもつ
そして、最終的な価格は算定式ではなく、売り手と買い手の合意によって決まります。どれだけ精緻に計算しても、買う意思のある相手がいなければ取引は成立しませんし、強い関心をもつ買い手が現れれば、算定の幅を超える条件になることもあります。
算定は、その合意に至るまでの共通言語です。合意を導くための道具であって、結論を宣言するものではありません。この位置づけをご理解いただくと、複数の数字に振り回されずに検討を進められます。
当社では、複数の視点から算定したうえで、それぞれの前提をご説明しています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりませんので、ご検討の初期段階からお気軽にご相談ください。