化学品卸は、化学メーカーから原料や薬剤を仕入れ、製造業、建設業、クリーニング、食品、医療などの現場に供給する立場にあります。

この業種の特徴は、許認可と設備が事業の前提になっていることです。扱う品目によって必要な許可が変わり、保管の設備にも基準があります。

したがって、譲渡の場面では許認可の承継が最初の論点になります。価格の話より前に来ます。

まず許認可を洗い出す

扱う品目によって、必要な許可・届出が変わります。実務で出てくるものを挙げます。

  • 消防法に基づく危険物の貯蔵・取扱いの許可。指定数量以上を扱う場合。危険物取扱者の資格者の配置も必要です。
  • 毒物及び劇物取締法に基づく販売業の登録。毒物劇物取扱責任者の設置が必要です。
  • 高圧ガスに関する許可・届出。扱う場合。
  • 医薬品医療機器等法に基づく許可。該当する品目を扱う場合。
  • 化学物質の管理に関する届出。製造・輸入・取扱いの量に応じた報告。
  • 廃棄物に関する許可。回収を行う場合。

株式を譲る形であれば、会社が持つ許認可はそのまま残ります。ただし、資格者が辞めると要件を満たせなくなります。

事業を譲る形では、譲り受ける側が自ら許可を持っている必要があります。持っていない場合、取得までの期間が事業の空白になります。だからこの業種では株式譲渡が選ばれやすくなります。

許認可の種類と要件は法令で定められており、改正もあります。行政庁の公表資料と、行政書士・弁護士に確認してください。

保管と輸送の設備

許認可は設備と結びついています。危険物の倉庫、タンク、防油堤、換気、消火の設備。設備が基準を満たしていることが、許可の前提です。

確かめられるのは次の点です。

設備の状態と更新の時期。タンクの検査、配管の腐食、消火設備の点検記録。更新が近いと、投資の額が価格に影響します。

許可の内容と実態が一致しているか。許可を取ったときより扱う量が増えている、品目が変わっている、設備を増やしたが届出をしていない。これが調査で出ると、是正に時間がかかります。

土地と建物の名義。会社か個人か。賃借なら条件と残存期間。危険物の倉庫は立地の制約があるため、移転が難しくなります。

輸送の体制。自社便か外部委託か。危険物の輸送には車両と資格の要件があります。

この業種では、設備と立地が実質的な参入障壁になっています。同じ場所に同じ許可を取るのは簡単ではありません。

メーカーとの代理店契約

仕入は化学メーカーからで、代理店契約や特約店契約を結んでいることが多くあります。地域や品目を区切って販売を任される形です。

この契約が引き継げるかが、評価の中心の1つです。

確かめるのは、契約の内容(地域・品目・期間)、支配権の異動に関する条項、販売の目標、価格の決め方、在庫の取り決めです。

メーカー側が買い手を選ぶ場面があります。同業の買い手だと、販売網の重複が問題になることがあります。異業種の買い手だと、取扱いの体制を確かめられます。

したがって、メーカーへの説明の順序と時期が実務の論点になります。早く伝えすぎると情報が広がり、遅すぎると承諾が間に合いません。

加えて、仕入の集中度が見られます。1社のメーカーに依存していると、その契約が切れたときの影響が大きくなります。

顧客との関係は、技術的な提案で成り立っている

化学品の卸は、品目を並べて売る商売ではありません。顧客の工程に合う薬剤を選び、使い方を助言する部分が価値になっています。

めっきの薬剤、切削油、洗浄剤、接着剤、塗料。顧客の現場で問題が起きたとき、配合や使用条件を調整します。

したがって、引き継ぐ側はその助言ができる人がいるかを見ます。技術営業と呼ばれる役割です。

確かめられるのは、技術的な対応ができる人が何人いるか、年齢構成、顧客ごとの対応の記録があるか、メーカーの技術部門と連携できているかです。

1人に集中している会社では、その人が残るかが条件になります。譲渡の前に、同行させる、対応の記録を残す、窓口を複数にするといった形で集中を薄められます。

加えて、顧客が安全データシート(SDS)の提供や法令対応を期待している部分があります。これに応えられる体制があるかも見られます。

環境と安全の記録

この業種では、環境と安全に関する記録が調査の対象になります。

過去の事故・漏洩の記録。あった場合、原因と対策、行政への報告の有無。

土壌・地下水の状況。長く操業している拠点では、過去の取扱いに由来する汚染の可能性が調べられることがあります。土壌汚染対策法に基づく調査が必要になる場面もあります。

廃棄物の処理の記録。委託先の許可、マニフェストの管理。

労働安全の記録。有機溶剤や特定化学物質を扱う作業では、作業環境測定、特殊健康診断、保護具の管理が法令で求められます。記録が無いと、是正の対象になります。

この領域は、見つかったときの金額が読みにくいのが特徴です。土壌の対策費用は規模によって大きく変わります。したがって、買い手は調査を厚くし、契約で補償の対象にすることを求めます。

売り手として先にできるのは、記録を揃えることです。測定の記録、健康診断の記録、マニフェスト、事故の記録。揃っている会社は、調査の期間が短くなります。

引き継ぐ側の動機と、譲渡の前に整えること

買う側の動機を挙げます。

  • 同業が地域を広げる。許可と設備を持つ拠点を得る形。
  • 取扱いの品目を増やす。異なるメーカーの代理店権を加える形。
  • 顧客の業種を広げる。特定の業種に強い会社を加える形。
  • メーカーが販売網を確保する。
  • 物流・倉庫の事業者が危険物の取扱いに入る。

譲渡の前に整えておく一覧を挙げます。

許認可の一覧(種類・番号・有効期限・資格者の氏名は出さずに人数と資格の種類)。設備の一覧(種類・年式・検査の時期)。メーカーごとの契約と取引量。顧客ごとの売上と技術対応の状況。環境・安全の記録。

この5つのうち、1つめと5つめが最も効きます。許認可が引き継げるかと、環境のリスクが見えるかで、買い手の判断が決まります。法令・許認可・税務の扱いは個別の事情で変わるため、行政庁と専門家に確認してください。

よくあるご質問

A.株式譲渡では会社が持つ許認可がそのまま残ります。ただし危険物取扱者や毒物劇物取扱責任者などの資格者が辞めると要件を満たせません。事業譲渡では譲り受ける側が自ら許可を持つ必要があります。
A.許可の前提になっている危険物の倉庫、タンク、消火設備の状態と更新の時期です。あわせて、許可の内容と実際の取扱い(量・品目・設備)が一致しているかが確認されます。
A.契約に支配権の異動に関する条項があれば通知や承諾が必要です。メーカー側が買い手を選ぶ場面もあり、同業の買い手では販売網の重複が論点になります。説明の順序と時期が実務の論点です。
A.過去の事故・漏洩、土壌や地下水の状況、廃棄物の処理の記録、労働安全の記録が調べられます。金額が読みにくい領域のため、調査が厚くなり契約で補償の対象にすることを求められます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら