本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。製造業、運送業、クリーニング、めっき、建設、ガソリンスタンド。土地と建物を自社で持っている会社の案件では、環境が論点になることがあります。環境リスクが厄介なのは、帳簿のどこにも出てこないのに、顕在化すると金額が読みにくい点です。そして、土地と建物は動かせません。本稿では、何を確かめ、確かめられないことをどう書くかを型にします。費用の相場は書きません。調査も対策も、対象・面積・地域によって金額がまったく違うため、「見積もりを取る項目」として工程に置くのが正しい扱い方です。不動産そのものの評価は「不動産の評価をどう扱うか」を参照してください。
なぜ環境が価格に効くのか|買い手は「使えるか」を見ている
買い手が環境を気にする理由は、三つに整理できます。
- 将来の支出:建替え・解体・売却の段階で、調査や除去の費用が発生する可能性がある
- 使い方の制約:区域の指定を受けている土地では、形質の変更に届出が必要になるなど、自由に使えない場合がある
- 法令上の義務と責任:調査・報告の義務、作業時の措置、近隣への影響
逆に言えば、買い手が現状のまま操業を続ける前提なら、すぐに支出が生じるとは限りません。調査の要否は、買い手の計画(建替えるのか、続けるのか、いずれ売るのか)によって変わります。ここを踏まえずに「環境調査が必要です」と一律に言うと、不要な不安と費用を生みます。仲介者は、事実の確認と論点の提示を行い、調査の実施は専門業者と買い手・売り手の判断に委ねます。
土壌|調査の契機は法律で決まっている
土壌汚染については、土壌汚染対策法が調査の契機を定めています。中小企業の案件で関わるのは、主に次の三つです。
| 契機 | どういう場面か |
|---|---|
| 第3条 | 有害物質使用特定施設の使用を廃止したとき。原則として調査・報告が必要(一定の場合に猶予の仕組みがある) |
| 第4条 | 一定規模以上の土地の形質の変更を行うとき。届出が必要で、汚染のおそれがあると都道府県知事が調査を命じることができる |
| 第5条 | 健康被害が生ずるおそれがあると都道府県知事が認めるとき |
第4条の「一定規模」は、原則として3,000平方メートル以上、現に有害物質使用特定施設が設置されている土地では900平方メートル以上とされています(環境省の公表資料による)。制度の詳細と個別の適用は、所管の都道府県・政令市の窓口および専門家にご確認ください。
仲介者が資料作成の段階でできる確認は、次のとおりです。
- 過去の用途:いつから何に使っていた土地か。登記簿の地目の変遷、古い住宅地図、オーナーへのヒアリング
- 有害物質使用特定施設の有無:届出の控えが社内にあるか。水質汚濁防止法・下水道法に基づく届出の写し
- 区域指定の有無:要措置区域・形質変更時要届出区域の台帳は、都道府県等で閲覧・公表されている。自治体のウェブサイトで公開されている場合も多い
- 過去の調査記録:過去に調査や対策を行っていれば報告書がある
- 地下タンク:給油設備、重油タンクの有無と、消防法上の届出・点検の状況
アスベスト|建物がある限り、いつか必ず論点になる
石綿(アスベスト)は、解体・改修の段階で顕在化します。建物を持っている案件では、確認しておく価値があります。
制度面では、大気汚染防止法と石綿障害予防規則により、解体・改修工事の前に石綿の有無に関する事前調査を行うことが義務づけられており、一定規模以上の工事については調査結果の報告が求められます。また、事前調査は有資格者(建築物石綿含有建材調査者等)が行うこととされています(環境省・厚生労働省の公表資料による)。施行の時期や対象範囲は改正を重ねているため、詳細は所管窓口と専門業者にご確認ください。
資料作成の段階で確認するのは次の点です。
- 建築年:古い建物ほど含有建材が使われている可能性が高い。登記簿と固定資産台帳で確認する
- 設計図書・仕様書の有無:残っていれば、使用建材の推定に使える
- 過去の調査・除去の記録:改修時に調査していれば報告書がある
- 吹付け材の有無:機械室、ボイラー室、駐車場の天井など
- 今後の建替え・改修の予定:買い手の計画次第で、いつ費用が発生するかが変わる
費用について、資料に金額を書かないでください。建材の種類、面積、レベル区分、地域、工期によって金額の幅が非常に大きく、一般的な相場として示せる数字がありません。「除去が必要となった場合の費用は、専門業者の見積もりによる」と書き、必要なら見積もりを取る工程を置きます。
廃棄物・保管物|敷地に残っているものを数える
現地に行くと、敷地の隅に何かが積んであることがあります。これも確認の対象です。
| 対象 | 確認すること |
|---|---|
| 産業廃棄物の保管 | 保管基準に沿っているか、委託契約書とマニフェストの管理状況、許可業者への委託か |
| PCB含有機器 | 古い変圧器・コンデンサ・安定器。保管の届出状況と処分の期限 |
| 使用済み設備・遊休機械 | 除却時の処分費用が将来発生する。台帳に残っているかも確認する |
| 地下タンク・配管 | 消防法上の点検、閉鎖済みタンクの残置の有無 |
| フロン使用機器 | 業務用空調・冷凍冷蔵機器の点検記録(フロン排出抑制法) |
PCBについては、PCB特別措置法により処分の期限が定められており、高濃度PCB廃棄物の処分期間は既に終了しています。低濃度PCB廃棄物については、2027年(令和9年)3月31日までとされています(環境省の公表資料による)。古い建物の安定器などが見落とされやすい対象です。該当の有無と手続は、所管窓口と専門業者にご確認ください。
現地確認の進め方と写真の使い方は「現地写真・図面の使い方」に整理しています。現地では、見たものを見たとおりに記録することが基本です。判断は後でできますが、見落とした事実は後から拾えません。
資料にどう書くか|「調べていない」と書けることが誠実さ
環境の項目は、他の項目と決定的に違う点があります。仲介者にも売り手にも、専門的な調査なしには分からないことが多いということです。だからこそ、「調べていない」「該当するかどうか不明」と正確に書けるかどうかが資料の質を決めます。
一覧の列は次のとおりです。
- 拠点と所有形態(自社所有/賃借。賃借なら原状回復義務の内容も)
- 土地の過去の用途(分かる範囲。分からなければ「未確認」)
- 有害物質使用特定施設の届出の有無
- 区域指定の有無(台帳で確認した日付を添える)
- 建築年と石綿の事前調査記録の有無
- PCB・フロン等の保管・届出状況
- 過去の行政指導・近隣からの苦情の有無
- 確認状況:公開情報で確認済み/ヒアリングのみ/未確認/専門調査の予定あり
そして、調査の要否は結論として書かず、論点として置きます。「買い手が建替えや売却を予定される場合には、事前調査が必要となる可能性があります。必要に応じて専門業者による調査・見積もりをご検討ください」という形です。これは責任逃れではなく、調査の要否が買い手の計画に依存するという事実をそのまま書いているだけです。
最後に姿勢の話です。環境の項目は、書けば買い手に警戒されるのではないかと感じるところです。しかし、土地と建物は動かせず、事実は消えません。デューデリジェンスで出てくれば価格の再交渉になり、契約後に出てくれば補償の問題になります。確認できたことと、できていないことを同じ精度で並べる。有利な事実(過去に調査済みで問題なしと報告されている等)も、不利な事実(古い建物で調査記録がない等)も、同じ列に書く。これが環境の項目の基本です。