「他の会社にも話を聞いているのですが、失礼にあたりませんか」——ご相談の場で、申し訳なさそうにこう尋ねられることがあります。結論から申し上げます。まったく問題ありません。むしろ、複数の相手に話を聞いていただくことをお勧めします。
にもかかわらず、この質問が繰り返し出てくるのは、「相談」と「依頼」の区別が見えにくいこと、そして「専任契約」という言葉が実際より広い制約を意味するように聞こえることが理由だと思われます。本稿では、この2点を整理します。契約条項そのものの読み方は「専任契約とテール条項|M&A仲介契約を結ぶ前に確認すべきこと」で詳しく扱っています。
相談と依頼は、まったく別のこと
M&Aの支援機関との関係は、段階によって性質が変わります。
| 段階 | やること | 契約 | 複数社は |
|---|---|---|---|
| ① 初回相談 | 自社の状況を話し、譲渡の可能性・価格の目線・期間の見通しを聞く | 不要(秘密保持のみ結ぶことが多い) | 自由 |
| ② 提案・見積り | より詳しい資料を渡し、想定される買い手像や進め方、手数料の提示を受ける | 秘密保持契約 | 自由 |
| ③ 受託(依頼) | 相手探しから成約までの支援を正式に委託する | 仲介契約(アドバイザリー契約) | 契約形態による |
| ④ 実行 | 買い手候補への打診、面談、条件交渉、契約 | 同上 | 同上 |
①と②の段階で、複数社に話を聞くことに何の制約もありません。この時点では、まだ何も委託していないからです。金額の大きな買い物をするときに複数の見積りを取るのと、まったく同じことです。
むしろ実務の感覚として申し上げると、1社の話だけで決めてしまう方のほうが、後から迷いを抱えやすい傾向があります。比較対象がないと、提示された条件が妥当なのか、担当者との相性が良いのか、判断のしようがないからです。
なお中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)は、支援機関に対して契約内容の明示や説明を求めており、契約前の比較検討は当然に想定されています。
専任契約は、何を制限する契約なのか
③の段階で結ぶ仲介契約には、専任(専属専任)と非専任(併存型)の形があります。ここで制限されるのは、「同じ案件を、他社にも同時に依頼すること」です。
専任契約で通常制限されること
- 契約期間中、同じ譲渡案件について他の支援機関に依頼すること
- 売り手が自ら買い手候補と直接交渉すること(直接交渉の禁止条項がある場合)
専任契約でも制限されないこと
- 顧問税理士・弁護士に相談すること
- 公的機関(事業承継・引継ぎ支援センター等)に一般的な相談をすること
- 契約内容や進め方について、外部の専門家に意見を求めること
- 契約を解約すること(所定の手続きに従う)
つまり、専任契約は「他社に案件を持ち込ませない」ための取り決めであって、経営者様が外部に意見を求めることまで封じるものではありません。もし契約書がそこまで広く制限しているように読めるなら、その条項こそ確認すべき点です。
なぜ専任が用いられるのか
専任には合理性もあります。同じ案件が複数の経路から市場に出ると、買い手候補に「あちこちに声がかかっている案件だ」という印象を与え、かえって評価を下げることがあります。また、支援機関の側も、成約するまで報酬が発生しない体系のもとで相応の工数を投じるため、専任を前提とすることが一般的です。
大切なのは、専任か非専任かという形式より、契約期間、解約の条件、テール条項の範囲です。特にテール条項——契約終了後に、その支援機関が紹介した相手と成約した場合に報酬が発生する定め——は、期間と対象範囲を必ず確認してください。
契約前に、どう比較すればよいか
複数社に話を聞くとして、何を比べればよいのか。単に手数料の安さで選ぶのは、お勧めしません。比較の軸を挙げます。
| 比較軸 | 確認すること |
|---|---|
| 手数料の体系 | 着手金・月額・中間金・成功報酬のそれぞれの有無と金額。成功報酬の計算基準(何を基準額とするか)と最低金額 |
| 契約条件 | 専任か非専任か。契約期間、中途解約の条件、テール条項の期間と範囲 |
| 買い手の探し方 | どういう経路で候補を探すのか。打診先を事前に見せてもらえるか。除外先を指定できるか |
| 担当体制 | 誰が担当するのか。契約後に担当が変わらないか。一人が何案件を持っているか |
| 情報管理 | 秘密保持の書面化。社内での共有範囲。ノンネームの文面を事前確認できるか |
| 立場の説明 | 仲介かFAか。仲介の場合、利益相反にどう対応するか |
| 見立ての中身 | 価格の目線を、幅と根拠つきで説明できるか。課題も率直に指摘するか |
同じ資料を渡し、同じ質問をする
比較を意味のあるものにするコツは、各社に同じ情報を渡すことです。渡す情報が違えば、返ってくる見立ても違って当然で、比較になりません。A4用紙1枚程度の会社概要と、決算書3期分。これを同じように渡し、同じ質問をしてみてください。
答えの「中身」より「答え方」を見る
価格の見立てが最も高い会社が良い会社、とは限りません。受託のために高めの数字を示し、後から下方修正されるという展開は、実際に起こり得ます。見るべきは、幅を持たせて説明するか、根拠を示すか、課題を率直に言うかです。良いことしか言わない相手は、その時点では心地よくても、後の局面で頼りになりません。
比較の観点は「M&A仲介会社の選び方|失敗しない7つのチェックポイント」でも整理しています。
同時に複数社へ依頼するとどうなるか
非専任であれば、形式上は複数社への同時依頼が可能です。ただし実務では、次のような問題が生じやすくなります。
- 同じ買い手に、別々の経路から打診が届く。買い手側は混乱し、案件そのものへの信頼が下がります
- 情報が広がる範囲が増える。打診先が重複せずに広がる分、社名が特定されるリスクも上がります
- どちらの紹介による成約か、後で争いになる。手数料の二重払いのリスクが生じます
- 各社の関与が浅くなる。成約しなければ報酬が発生しない体系のもとでは、確度の低い案件に工数を割きにくくなります
特に1点目は深刻です。買い手の世界は、思うより狭いのです。同じ案件が複数経路から届けば、それは業界内ですぐに知れ渡ります。
したがって、実務的な結論としては——契約前は徹底的に比較し、契約後は1社に絞る、というのが最も合理的な進め方です。もし複数社に依頼する場合でも、打診先の重複を避ける取り決めを事前に交わしておく必要があります。
契約した後にセカンドオピニオンは取れるか
契約後であっても、次のような場面では外部の意見を求めて構いません。
- 提示された条件の妥当性を、顧問税理士や弁護士に確認する
- 最終契約書の条項を、弁護士にレビューしてもらう
- 税務上の取扱いを、税理士に確認する
- 進め方に疑問があるときに、公的機関に一般的な相談をする
これらは、案件を他社に持ち込む行為とは性質が異なります。特に最終契約書は、表明保証や補償の範囲によって成約後の責任が大きく変わりますので、弁護士によるレビューは受けておくべきです。
なお、担当者との関係が明らかにうまくいっていない、説明を求めても答えが返ってこない、といった状況であれば、契約書の解約条項を確認したうえで見直しを検討する余地はあります。ただし、テール条項の存在により、解約後も一定期間・一定範囲で報酬義務が残ることがある点は理解しておいてください。
まとめ|比較を歓迎する相手を選ぶ
整理します。相談段階では、複数社に話を聞いて構いません。むしろ推奨されます。専任契約が制限するのは同じ案件の他社への依頼であって、外部の専門家への相談まで封じるものではありません。契約前は同じ資料・同じ質問で比較し、契約後は1社に絞る。最終契約書は弁護士にレビューしてもらう。これが実務的な最適解です。
そして、比較検討そのものへの相手の反応を、選ぶ材料にしてください。「他社にも話を聞いています」と伝えたときに、それを当然のこととして受け止める相手かどうか。急かす、囲い込もうとする、その場での契約を求める——こうした反応が出る相手とは、その後の長い期間を一緒に進むことになります。
当社プラチナパートナーズは、比較検討されることを前提にお話ししています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。手数料の考え方は料金体系のページで、ガイドライン遵守の内容は中小M&Aガイドライン遵守宣言のページで公開しています。比較の一社として、お気軽にお声がけください。