その人が休むと止まる業務がある。買い手はここを最も気にします。売却前に手をつけられる範囲と、進め方を整理します。
なぜ買い手が気にするのか
理由は単純です。買収後に、その人が辞める可能性があるから。
資本が変わると、一定の割合で離職が生じます。そのとき、業務が止まるかどうか。
とくに気にされるのは、社長と、社長に次ぐ一人です。
「社長がすべての値決めをしている」「経理は奥様が一人で見ている」「この製品はあの職人しか作れない」。
これらは、価格の減額要因になります。買い手は、その人が抜けた場合のコストを見積もって価格に織り込みます。
属人化を見つける方法
自分の会社の属人化は、見えにくいものです。問いを使って洗い出してください。
「この人が1か月休んだら、何が止まりますか」——従業員一人ずつについて考える。
「この業務を、他に誰ができますか」——答えが「いない」なら属人化です。
「手順書はありますか」
「その人が辞めたら、誰に聞きますか」
実際に、長期休暇を取らせてみるのが最も確実な検証です。1週間休んで回るかどうか。
回らなければ、そこが弱点です。
優先順位をつける
すべてを一度に解消するのは無理です。影響の大きい順に。
① 資金に関わるもの。入出金、支払い、銀行との手続き。止まると事業が止まります。
② 売上に直結するもの。受注、値決め、主要顧客との関係。
③ 法令に関わるもの。許認可の更新、労務の手続き、税務の申告。
④ 生産・品質に関わるもの。特定の技能、設備の操作。
⑤ その他。
①〜③は、書面化と複数人化の両方を進めてください。④は時間がかかるため、早く着手する。
社長自身の属人化
最も重い論点です。社長が抜けたら何が止まるか。
中小企業では、値決め、与信、採用、主要顧客との関係、金融機関との交渉が社長に集中していることが普通です。
これを完全に解消する必要はありません。ただし、判断の基準を言語化してください。
「どういうときに値引きを認めるか」「どの取引先に、いくらまで掛けで出すか」「どういう人を採用するか」。
頭の中の基準を、文章にする。それだけで、後任が判断できる範囲が広がります。
「感覚でやっている」を、条件の形に翻訳する作業です。
手順を文書にする
文書化の実務です。立派なマニュアルを作ろうとしないでください。続きません。
実務的な形は、A4で1枚。
いつやるか(毎月◯日、四半期ごと)、何を使うか(どのシステム、どの書類)、手順(箇条書きで10行程度)、つまずきやすい点、誰に聞くか。
作るのは、その業務をやっている本人です。上司が作ると、実態と合いません。
そして、別の人がその手順書だけを見てやってみる。できなければ、足りない部分が分かります。
これが最も確実な検証です。
複数人で回す形に移す
文書があっても、やったことがなければできません。
実際に、交代でやらせてください。
月次の締め、請求、入金確認、給与計算。2人目、3人目に、順番にやらせる。
最初は時間がかかり、ミスも出ます。それを織り込んで、余裕のある時期に始めてください。
抵抗が出ることもあります。「自分の仕事を取られる」と感じる人がいます。
説明の仕方は、「休めるようにするため」。実際にそのとおりです。本人のためでもある、という形で進めてください。
記録の場所を一つにする
属人化は、情報の所在にも表れます。
その人のパソコンにしかないファイル、その人の手帳にしかない連絡先、その人の記憶にしかない経緯。
対策は単純です。共有の場所を決めて、そこに置く。
顧客情報(連絡先、担当者、取引の経緯)、取引条件(契約書に書いていない取り決め)、手順書、各種のID・パスワード(適切に管理したうえで)。
「あの人に聞けば分かる」を、「あそこを見れば分かる」に変える。
これは、買い手へのデューデリジェンス対応でも効きます。
キーマンには別の手当てを
属人化を減らしても、代わりのいない人は残ります。
特殊な技能、長年の顧客との関係、業界での信用。これらは短期間では移せません。
この場合、その人に残ってもらう設計を考えます。
処遇の改善。譲渡の前に、報酬や役職を見直す。
買い手との交渉条件に入れる。「◯年間、労働条件を不利益に変更しない」。
本人に早めに伝える。公表のときに初めて知ると、不信が生じます。
ただし、伝える時期は慎重に。情報管理との兼ね合いです。番頭にどう伝えるかもご覧ください。
1年あれば変わる
最後に、時間の感覚です。
属人化の解消は、1〜2年かかります。文書を作り、交代でやらせ、定着させる。
逆に言えば、1年あれば、かなり変わります。
優先度の高い5つの業務について、手順書を作り、2人目ができるようにする。これだけで、買い手の評価は変わります。
そして、この作業は、売らない場合にも役に立ちます。社長が休めるようになり、従業員が育ち、事故に強くなる。
売却の準備というより、経営の整備だと考えてください。売却前の磨き上げも併せてご覧ください。