中小企業でもっとも重要な情報は、たいてい社長の頭の中にあります。どの取引先がなぜ続いているのか、値引きはどこまで許容できるのか、この人材は何を任せられるのか。書かれていなくても会社は回りますが、譲り受ける側から見ると、これらが見えないことは大きな不安になります。本稿では、社長が持つ情報を文書に落とす作業について、何を、どの粒度で、どう進めればよいのかを整理します。売却の準備であると同時に、社内で承継する場合にも役立つ内容です。

なぜ「社長の頭の中」が評価に関わるのか

買い手が価格を決めるとき、将来の収益力から不確実な部分を割り引きます。社長にしか分からない情報が多いほど、「社長が退いた後も同じ収益が続くのか」が読めず、割引は大きくなります。これは事業の実力とは別の、説明の問題です。

また、譲渡後の引き継ぎ期間にも関わります。多くの案件では、成約後に一定期間、前社長が引き継ぎのために残ります。この期間の長さと密度は、どれだけ情報が整理されているかで変わります。文書があれば期間は短くて済み、なければ長期の関与が条件になることもあります。

社長依存の全体像は「属人性が高い会社の評価」で扱っています。本稿は、そのうち「情報」の部分に焦点を当てています。

何を書き出すのか|四つの領域

書き出すべき内容は、大きく四つに分けられます。すべてを一度にやろうとせず、影響の大きいものから着手するのが現実的です。

取引先に関すること。主要な取引先ごとに、取引の経緯、先方の窓口と決裁の仕組み、過去のトラブルと解決の経緯、価格交渉の履歴、注意すべき点。名刺や記憶を頼りに、1社あたり数行でも構いません。

価格と採算に関すること。見積りの作り方、原価の考え方、値引きの判断基準、赤字受注を許容する場合の条件。ここは社長の判断が最も色濃く出る領域で、言語化の価値が高い部分です。

人に関すること。誰が何をできるか、誰と誰の関係に配慮が必要か、後継者候補として見ている人、処遇の経緯。ただし個人の評価に関わる内容は取り扱いに注意が必要で、開示の範囲は慎重に判断します。

仕組みと歴史。主要な業務の流れ、過去の大きな判断とその理由、失敗した取り組みとその原因。買い手にとっては、なぜ今の形になっているのかを理解する手がかりになります。

書き方|完成度より着手を優先する

この作業が進まない最大の理由は、「きちんと書こうとする」ことです。体裁の整った文書を作ろうとすると、途中で止まります。実務的には、次のやり方が続きます。

  • 1項目につき数行のメモから始める
  • 話すのが得意なら、口述して誰かに書き取ってもらう
  • 既存の資料(見積書、報告書、メール)を添えて済ませられる部分は済ませる
  • 週に1時間など、時間を決めて継続する
  • 幹部社員に質問してもらい、答える形で引き出す

最後の方法はとくに有効です。社長にとって当たり前のことほど書き落とされるため、知らない人の質問が抜けを見つけてくれます。幹部社員への引き継ぎとしても同時に機能します。

なお、この作業をM&Aの準備として説明する必要はありません。引き継ぎの準備、業務の整理として進めるのが自然です(秘密保持の重要性)。

書いてはいけないこと・扱いに注意すること

文書化にあたって、いくつか注意点があります。第一に、個人に関する評価や機微な情報は、保管と開示の範囲を限定します。健康状態、家庭の事情、人事評価の詳細などは、必要がない限り買い手への提供資料には含めません。

第二に、事実と意見を分けて書きます。「この取引先は値上げに応じない」という記述が、過去の事実なのか社長の予想なのかで、受け取り方は変わります。買い手は資料を前提に判断しますので、推測は推測と分かる形で書きます。

第三に、法令や契約に触れる可能性のある内容の扱いです。守秘義務のある情報、競業に関する取り決めなど、書き残すこと自体に制約がある場合があります。判断に迷う場合は弁護士など専門家にご確認ください。

第四に、作成した文書の保管です。社内の誰でも見られる場所に置くと、意図しない形で情報が広がることがあります。保管場所と閲覧できる範囲を決めておきます。

文書化が進むと、交渉の質が変わる

情報が整理されていると、買い手との面談の中身が変わります。「詳しくは社長に聞かないと分かりません」という応答が減り、事業の中身についての議論ができるようになります。これは価格の交渉というより、相互理解の質の問題です。

また、企業概要書の作成が大幅に楽になります。仲介会社が作成する資料の中身は、結局のところ売り手から提供される情報です。文書が揃っていれば、より具体的で説得力のある資料になります。

さらに、譲渡後の引き継ぎ負担が下がります。前社長として関与する期間を短くしたい、あるいは早く次の生活に移りたいという方にとって、これは実利のある準備です。

売却しない場合にも残るもの|まとめ

社長の頭の中を文書に落とす作業は、譲渡の準備であると同時に、会社の資産をつくる作業でもあります。社内で承継する場合も、事業を続ける場合も、情報が組織に残っていることは会社の安定につながります。

着手の目安は、売却を意識した時点です。ただし、内容によっては数か月から年単位を要します。時間の使い方については「企業価値を上げるために売却1年前からできること」もご参照ください。

当社では、譲渡のご相談をいただいた段階で、買い手から必ず聞かれる論点をお伝えし、そこから逆算して何を書き出すべきかをご一緒に整理しています。相談料・着手金・月額報酬は0円ですので、まだ検討の初期という段階でもご相談ください。

よくあるご質問

A.主要な取引先について、取引の経緯と注意点を数行ずつ書くところから始めるのが取り組みやすい方法です。売上への影響が大きく、買い手の関心も高い領域のため、少ない分量でも効果が出ます。
A.引き継ぎの準備、業務の整理として進めるのが自然です。幹部社員に質問してもらう形で進めれば、権限移譲の取り組みとしても機能します。実際、売却の有無にかかわらず有用な作業です。
A.社内の引き継ぎ用としては有用ですが、買い手への提供資料に含めるかは慎重に判断してください。個人に関する機微な情報は、保管場所と閲覧できる範囲を限定し、必要がない限り開示資料には含めないのが原則です。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。買い手が必ず聞く論点から逆算してお伝えします。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら