店舗、工場、介護、物流、清掃。現場を実際に動かしているのがパートや有期契約の方だという会社は、決して少数派ではありません。ところが譲渡の検討では、この方々への手当てが後回しになりがちです。人数では多数派なのに、説明の設計からは抜け落ちる——譲渡後に現場が揺らぐ原因の多くは、ここにあります。本稿では、不安の中身と、伝え方の実務を整理します。なお、労働契約や社会保険の個別の取り扱いは、社会保険労務士にご確認ください。

頭数ではなく、現場を回している人たち

まず認識を合わせておきたいことがあります。パートや有期契約の方は、補助的な役割ではありません。多くの現場では、次のような役割を実質的に担っています。

  • 日々の作業の段取りと、新しく入った方への指導
  • お客様の顔と好みを覚えていること——常連のお客様は、店長ではなくその方を目当てに来ている
  • 設備の癖や、季節ごとの手順の違いといった、文書化されていない知識
  • 地域での評判——同じ地域に住み、家族や知人に会社の様子を話している

とくに最後の点は見落とされがちです。地域採用の現場では、働いている方が地域の情報源そのものです。譲渡の話が誤った形で伝われば、採用にも来店にも影響します。逆に、丁寧に伝われば、地域に対する説明を代わりにしてくれる存在になります。

そしてもうひとつ。人手が不足している地域や業種では、一度離れた方の代わりを採用するのが極めて難しいのが現実です。引き継ぐ側がここを重く見るのは、そのためです。

譲渡で不安になりやすいのは、この五つ

正社員の方の不安と、重なる部分もあれば違う部分もあります。パート・有期契約の方に固有の不安は、次の五つに集約されます。

不安中身先に答えを用意しておくこと
シフト希望どおりの日数・時間帯が続くのか。子どもの送迎や介護と両立できるか当面シフトの決め方を変えないこと、誰がシフトを組むのかを明示する
時給と手当下がらないか。交通費や皆勤の手当はどうなるか賃金と手当の水準について、いつ見直しの話をするのかを含めて伝える
勤務地他の店舗や拠点に移されないか。通える範囲が変わらないか勤務地の考え方。当面変更がないなら、その旨をはっきり言う
契約の更新契約期間が切れたときに更新されるのか更新の方針。これまでと同じ運用を続けるかどうか
扶養の範囲勤務時間が増減すると、社会保険や税の扱いが変わる働き方を変える予定がないこと。変わる場合は個別に相談する場を設ける

この五つは、いずれも「暮らしがどうなるか」という問いです。会社の将来像や成長戦略を語っても、この問いには答えていません。説明の場では、まずここに答えてください。

確認しておく労務の実務

譲渡の準備として、次の項目を整理しておきます。デューデリジェンスでも必ず確認される領域です。

項目確認する内容落ちやすい点
労働条件通知書・雇用契約書全員分が交わされているか。期間、更新の有無、勤務地、業務内容の記載更新のたびに書面を交わしていない。口頭のまま続いている
契約期間と更新回数誰が何回更新しているか。通算の期間無期転換の申込権に関わるため、一覧にしておく
社会保険・雇用保険加入要件を満たす方が加入しているか勤務時間が増えたのに手続きをしていない例
就業規則・パート規程正社員とは別の規程があるか。最新版が届け出られているか規程が古いまま、運用だけが変わっている
賃金と手当の説明正社員との待遇差について、説明できる整理があるか差の理由を言葉にしていない
シフトの決め方誰が、いつ、どう決めているか。希望の出し方特定の方の頭の中だけで組まれている
有給休暇付与日数の管理、取得状況比例付与の計算が正しく行われているか

ここで不備が見つかっても、あわてる必要はありません。気づいて直し始めていることのほうが、はるかに評価されます。法令上の要件の判断や是正の進め方は、社会保険労務士にご確認ください。労務条件全般の統合については「労務条件の統合」で詳しく整理しています。

全員が同じ場に集まれない前提で、伝え方を設計する

正社員であれば、全体集会を開けば一度に伝えられます。ところがパートや有期契約の方は、勤務時間帯がばらばらで、同じ場に集まること自体が難しい。ここが伝え方の最大の制約になります。

実務の型としては、次のように組み立てます。

  • シフト単位で説明の場を分ける——朝の便、昼の便、夕方の便。同じ内容を複数回話します。回数は増えますが、少人数のほうが質問も出ます
  • 書面を必ず配る——口頭だけでは、その場にいなかった方に伝言で伝わります。伝言は必ず歪みます。同じ文面を全員に渡してください
  • 現場の責任者を先に固める——店長、主任、班長。この方々が動揺すると、現場全体が揺れます。全体への説明より前に、個別に話す時間を取ります
  • 掲示とあわせる——休憩室やロッカーに掲示し、いつでも読み返せるようにします
  • 質問の窓口を決める——誰に聞けばよいかが分からないと、噂が埋めます。名前を出して、聞ける相手を明示してください
  • 「決まっていないこと」も伝える——いつ頃決まるかを添えれば、空白は不安になりません

説明会の設計全般については「現場の不安にどう向き合うか」もご参照ください。

引き継ぐ側は何を見ているか|譲渡する側が知っておく意味

人手が確保しにくい業種では、「人が残るか」が事業の継続性そのものです。引き継ぐ側は、次のような資料と数字を見ています。

  • 在籍者の一覧——勤続年数、勤務日数、担当、年齢
  • 直近2〜3年の入退社の状況——離職がどの程度あるか、季節変動か
  • シフトの充足状況——恒常的に足りていない時間帯はあるか
  • 採用の実績——募集をかけて何人応募があり、何人定着したか
  • 近隣の求人相場——自社の時給が地域の水準に対してどうか

譲渡する側がこれを知っておく意味は二つあります。ひとつは、資料を先に用意しておけば、交渉の場で強みとして示せること。勤続年数の長い方が多く、離職が少ない現場は、それ自体が価値です。数字で示さなければ伝わりません。

もうひとつは、相手を見極める材料になることです。この資料を見て「時給を地域水準まで下げられますね」と言う相手と、「この定着率はどうやって作ったのですか」と聞く相手とでは、譲渡後の現場の姿がまるで違います。

譲渡後90日で崩れやすい場面

最後に、実務でつまずきやすい場面を挙げます。いずれも新体制に悪意はなく、善意の改善が現場の事情と噛み合わないという形で起こります。

場面何が起きるか避け方
制度の統一を急ぐ手当の名称や計算方法が変わり、手取りが数百円変わっただけで不信が生まれる初年度は運用を変えない。変える場合は個別に金額を示して説明する
シフトの組み方を変えるシステム化や公平化の意図でも、生活の予定が立たなくなる現行の決め方を当面続ける。変える場合は数か月前に予告する
通勤費・制服・まかないのルール変更金額は小さくても、「前はもらえたのに」という感情が残る廃止ではなく、理由の説明と代替の提示をセットにする
本部からの連絡や報告が増える作業時間が削られ、現場が回らなくなる報告の様式を増やす前に、現場の実作業時間を確認する
現場責任者が交代するその方を頼りに働いていた人が続けて離れる交代は急がない。行う場合は引き継ぎ期間を十分に取る

譲渡する側にできるのは、これらの事情を引き継ぎの資料として言葉にして渡すことです。「この手当は◯年前に、こういう理由で設けた」「この方は送迎があるので夕方は入れない」。こうした情報は書面のどこにも残っていませんが、譲渡後の現場を守る力を持っています。

当社は、従業員の方々への説明の設計から、譲渡後の現場が落ち着くまでの引き継ぎまでご一緒しています。ご相談は無料、お問い合わせには2営業日以内にご返信します。

よくあるご質問

A.原則として同じ日に伝えることをおすすめします。時間差があると、伝え聞いた方が「自分たちは後回しにされた」と感じます。ただし勤務時間帯が分かれているため、シフトごとに複数回の説明の場を設ける必要があります。同じ内容の書面を全員に配り、掲示もあわせて行ってください。
A.労働条件の不利益な変更には制約があり、一方的に引き下げられるものではありません。株式譲渡であれば雇用契約の当事者は会社のまま変わりませんので、条件も原則としてそのまま続きます。ただし将来的な制度の見直しはあり得ますので、譲渡の条件を協議する段階で、従業員の処遇に関する方針を確認しておくことをおすすめします。個別の判断は社会保険労務士や弁護士にご確認ください。
A.妨げにはなりませんが、確認される項目です。譲渡の検討を始めた段階で、労働条件通知書の交付と契約書の整備に着手してください。あわせて、契約期間と更新回数の一覧を作っておくと、無期転換に関する状況も把握できます。不備を先に見つけて直していること自体が、評価される材料になります。
A.人手不足はどの業種でも共通の課題であり、それだけで不利になるわけではありません。むしろ、不足している時間帯や職種を把握し、採用の実績や地域の求人相場と照らして説明できることのほうが重要です。引き継ぐ側が採用の仕組みを持っている場合は、そこが統合の効果として期待されることもあります。

Free Consultation

現場の方々に、どう伝えるか。

従業員の皆さまへの説明の設計から、譲渡後に現場が落ち着くまでご一緒します。ご相談は無料です。
お問い合わせには2営業日以内にご返信します。メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら