本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。費用の説明は、仲介者が最も逃げたくなる話題です。とくに「不成立になったらどうなるのか」は、案件が順調なときほど話しにくい。しかし、この説明を先送りにした案件ほど、破談になったときに深刻な不信を生みます。ここでは、いつ・何を・どう説明するかを整理します。当社の料金体系そのものは「料金体系のページ」に、中間金の考え方は「M&Aの中間金とは」に掲載しています。
説明すべき三つの局面|契約時・基本合意時・不成立時
費用の説明は、一度で終わりません。次の三つの局面で、それぞれ行います。
| 局面 | 説明する内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 1. 仲介契約の締結時 | 報酬の体系全体、発生の時期、算定方法、不成立時の扱い | 依頼するかどうかの判断材料を提供する |
| 2. 基本合意の直前 | 中間金の金額、発生時期、成功報酬との関係、不成立でも返金しない旨 | 実際に費用が発生する直前に、改めて確認する |
| 3. 不成立が見えたとき | これまでに発生した費用、これから発生する費用、今後の選択肢 | 売り手が納得して次の判断をするため |
実務で抜けやすいのが2です。仲介契約時に説明したから十分だと考えてしまう。しかし、契約時は情報量が多く、経営者は費用の細部まで記憶していません。実際に支払いが発生する直前に、もう一度説明する——これが誠実な対応であり、後のトラブルを防ぎます。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)も、手数料に関する明確な説明を求めています。
説明の際は、必ず仲介契約書の該当条項を開いて示すようにしてください。口頭だけの説明は、記憶違いを生みます。契約書のどこに書いてあるかを指し示すことで、説明の正確性が担保されます。
当社の料金体系を正確に言える状態にする
説明する前提として、担当者が自社の料金体系を正確に言えなければ話になりません。当社の体系は次のとおりです。
- 相談料・着手金・月額報酬:0円
- 中間金:基本合意の締結時に、成功報酬額の10%。成功報酬から全額を差し引きます
- 成功報酬:移動総資産レーマン方式により算定し、最低2,000万円(税別)。基準額は株式価値(譲渡対価)+負債総額です
- 料率:基準額に段階的に適用します。5億円以下の部分5%/5億円超10億円以下4%/10億円超50億円以下3%/50億円超100億円以下2%/100億円超1%
用語の使い方にも注意が必要です。当社には中間金があるため、費用が成功報酬のみであるかのように受け取られる表現は使いません。使うのは「成功報酬型」です。この区別は、景品表示法上の優良誤認を避けるためのもので、社内の全員が守るべきルールです。営業の場面で言い回しが崩れないよう、日頃から用語を統一してください。
また、基準額の考え方も正確に伝えます。当社は移動総資産(株式価値+負債総額)を基準としており、株式の譲渡価格のみを基準とする方式とは算定の土台が異なります。負債が大きい会社では、譲渡対価に対して報酬の割合が相対的に高く見えることがあります。この点は、契約時に必ず具体的な数字で説明してください。「うちの場合いくらになるのか」を、実際の数値で試算して示すのが最も分かりやすい方法です。
中間金の性質と、返金しない理由の伝え方
最も丁寧な説明を要するのが中間金です。押さえるべき点は三つあります。
1. いつ、いくら発生するか
基本合意の締結時に、成功報酬額の10%が発生します。成功報酬から全額を差し引くため、成約に至れば追加の負担にはなりません。この「差し引く」という性質を、必ず先に伝えてください。ここを説明しないと、二重に払うと誤解されます。
2. 不成立でも返金しない
基本合意の締結後に案件が不成立となった場合も、中間金は返金しません。これは契約上明記された条件です。説明を避けたくなる部分ですが、ここを曖昧にしたまま基本合意に進むことが、最も重い失敗です。
3. なぜそうなっているか
理由を説明できるようにしておいてください。基本合意の締結以降、案件は最も工数のかかる局面に入ります。DDの段取り、資料の準備支援、Q&Aの管理、契約交渉の調整、クロージングの準備——これらは成約の有無にかかわらず発生する業務です。中間金は、その局面に入ることに対する費用であり、成約を保証するものではありません。この構造を、正直に説明してください。
説明のときに使ってはいけない言い方もあります。「まあ、ほぼ成約しますから」——このような安心させるための一言が、後で最悪の形で返ってきます。不成立の可能性は常にあり、それを前提に判断してもらうのが仲介者の責任です。悪い情報の伝え方は「悪い知らせの伝え方」も参照してください。
仲介手数料以外に当事者が負担する費用
M&Aで発生する費用は、仲介手数料だけではありません。売り手が負担しうる費用として、次のようなものがあります。案件によって要否と金額が異なるため、金額を断定せず、発生しうる項目として説明します。
- 弁護士費用:最終契約のレビュー、条項の交渉。売り手側にも弁護士を立てることを勧めています
- 税理士費用:税務上の検討、株式譲渡に伴う申告、役員退職慰労金の設計
- 司法書士費用:役員変更登記など
- 行政書士費用:許認可の手続が必要な場合
- その他:証明書の取得費用、交通費、必要に応じた測量・鑑定の費用
これらは成約の有無にかかわらず、実際に依頼した分だけ発生します。案件が不成立になっても、既に発生した専門家費用は戻りません。この点も、契約時と、専門家を起用する前に説明してください。
なお、買い手側のDD費用は買い手が負担するのが一般的です。売り手が負担するものではありませんが、DDに要する売り手側の時間と労力は相当なものです。金銭以外のコストがあることも、期待値として伝えておくと親切です。
費用に関する条項は仲介契約書に定めがあります。説明のときは、必ず契約書の条項を開いて、書かれているとおりに説明してください。担当者の記憶や解釈で説明すると、契約と食い違うおそれがあります。仲介契約そのものの説明は「仲介契約の内容」も参考になります。
説明の記録と、破談時の伝え方
説明したことは、必ず記録に残します。
- 説明日、場所、出席者を議事メモに残す
- 説明した内容を箇条書きで残す(とくに中間金の返金の扱い)
- 使用した資料(料金の説明資料、試算表)を保管する
- 売り手からの質問と回答を残す
- 可能であれば、要点を書面で交付し、確認の署名をもらう
この記録は、自社を守るためだけのものではありません。売り手が後から「あのとき何と言われたか」を確認できるようにするためのものです。記録を残す姿勢そのものが、誠実さの表明になります。
そして、実際に不成立となったときの伝え方です。手順は次のとおりです。
- 1. 状況を事実として説明する:何が原因で、どの時点で不成立が決まったのか
- 2. 費用の状況を整理して示す:既に発生した費用、今後発生する費用、発生しない費用を一覧にする
- 3. 契約書の条項を示す:中間金の扱いについて、条項を開いて確認する
- 4. 今後の選択肢を示す:別の候補を探すのか、いったん止めるのか、時期を改めるのか
- 5. 継続する場合の条件を確認する:仲介契約の有効期間、次に成約した場合の報酬の扱い
ここで担当者が言い訳をしたり、責任を売り手や買い手に転嫁したりすると、関係は完全に終わります。説明を尽くしたうえで、静かに事実を伝える。それしかありません。そして、可能であれば次の道を示してください。破談は終わりではなく、条件を整えて再挑戦できる場合もあります。振り返りの方法は「破談案件の振り返り方」で整理しています。