本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。新規開拓の手紙を書くときも、紹介案件の初回面談に臨むときも、事前の下調べの深さがそのまま会話の質になります。ただし調べ方には作法があり、越えてはいけない線もあります。本稿では、公開情報からどこまで分かるのか、どう読み解くのか、何をしてはいけないのかを整理します。開拓での使い方は「新規開拓の一次接点のつくり方」を、面談後の整理は「会社概況の初期整理」を参照してください。
外部調査の目的|会うための準備であって、評価ではない
目的をはっきりさせます。外部調査は、相手に敬意を持って会うための準備です。会社の歴史、事業の中身、地域での位置づけを知ったうえで話を聞けば、質問の質が変わり、相手は「この人は分かっている」と感じます。逆に、調べたことを面談で披露するのは逆効果です。準備は見せるものではありません。
もうひとつの目的は、仮説を持つことです。この会社はどう稼いでいそうか、どんな買い手が関心を持ちそうか、どこに論点がありそうか。仮説があれば、面談で確認すべきことが明確になります。仮説なしで臨むと、面談は雑談で終わります。
逆に、外部調査でやってはいけないのが評価を固めることです。公開情報から分かるのは輪郭だけで、収益構造も人の力も見えません。「この規模なら価格はこのくらい」といった見立てを、会う前に持たないでください。持ったが最後、面談は答え合わせになり、聞くべきことを聞かなくなります。
公開情報の情報源と、そこから読めること
| 情報源 | 読み取れること |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 商号、本店、設立、目的、役員構成と就任時期、資本金、発行済株式総数、株券発行や譲渡制限の定め、種類株式、支店。役員の異動履歴からは承継の動きが読めます |
| 不動産登記 | 所有者、抵当権・根抵当権、取得時期。事業用資産の所有形態の当たりが付きます |
| 自社サイト・会社案内 | 事業内容、沿革、拠点、取引先の例、設備、認証、代表者の言葉。沿革は事業の転換点を示します |
| 求人情報 | 職種、募集の継続性、給与レンジ、勤務条件。人手の状況と、伸ばしたい部門が見えます |
| 許認可・届出の公表情報 | 業種によって、行政が事業者一覧や処分情報を公表しています。許認可の有無と種類は事業構造の手がかりです |
| 地図・航空写真 | 工場や店舗の規模、駐車場、周辺環境、増築の履歴。設備の規模感が掴めます |
| 業界紙・地域紙・公的統計 | 業界の動向、需給、法改正の影響。会社ではなく市場を理解する材料 |
| 官報・公告 | 決算公告(掲載している会社の場合)、組織再編の公告 |
中小企業では決算公告をしていないことも多く、財務の詳細は基本的に分かりません。信用調査会社の情報を使う場合は、社内で契約している範囲・利用目的の制約に従ってください。入手経路を説明できない情報は使わない——これが原則です。
読み取りの技術|点を線にする
個々の情報は断片です。組み合わせて初めて意味が出ます。例を挙げます。
- 役員の就任時期+代表者の年齢:後継候補が役員に入っているか、長く一人体制かが分かる。承継の論点が視野にあるかの手がかり
- 設立年+事業目的の追加履歴:事業の広げ方、転換の時期。沿革と突き合わせると、会社の意思決定の癖が見える
- 求人の職種+設備の規模:どの工程に人が足りないか、内製か外注か
- 根抵当権の極度額+設立からの年数:設備投資の規模感。ただし残高は分からないので断定しない
- 本店所在地と工場の位置関係:自宅兼本店なら創業者色が強い、といった推測の材料
- サイトの更新頻度と採用ページの有無:社内の体制や、外向きの投資姿勢
ここで最も大切なのが、事実と推測を分けて書くことです。「代表者は登記上2005年就任(事実)」「後継者が役員にいない可能性がある(推測)」。この区別を怠ると、社内共有の資料でも、面談での会話でも、推測が事実として一人歩きします。当社では調査メモを二列で書かせています。左に事実と出典、右に推測と検証方法。この形式にするだけで、思い込みがかなり減ります。
そして分からないことを列挙する。外部調査の成果物は、分かったことのリストではなく、「面談で確認すべきことのリスト」です。ここが埋まれば、準備は十分です。
やってはいけない調査
線引きは明確にしてください。次は行いません。
- 身分や目的を偽った接触:顧客・取引先・就職希望者を装って情報を得る
- 従業員や取引先への聞き込み:会社に知られずに情報を取ろうとする行為は、案件の秘密を漏らす行為でもあります
- 敷地内への無断立ち入り:外観の確認は公道から。工場内の見学を口実にしない
- 個人の私生活の調査:自宅、家族構成、資産。必要な範囲を超えた情報は集めない
- 不正な手段での情報取得:他社の内部資料、退職者からの持ち出し情報など
- 取得した情報の目的外利用:個人情報は当社の個人情報保護方針に従って取り扱います
これらは倫理の問題であると同時に、実務上の問題でもあります。従業員に「会社の売却の話らしい」と伝わった瞬間、案件は終わります。調べる行為そのものが情報漏洩になり得る——この感覚を持てるかどうかが、この仕事の適性のひとつです。判断に迷ったときは「M&Aアドバイザーの職業倫理」に立ち返ってください。
調べた内容の使い方と、保管のルール
使い方の要点は三つです。
- 手紙には一つだけ具体を書く:調べたことを並べると監視されているように読まれます。冒頭に一つ、なぜ書いたかの根拠として置く
- 面談では出さない:白紙で聞き、本人の言葉で語ってもらう。事前情報は答え合わせに使う
- 社内共有では出典を付ける:登記による、サイトによる、推測による。出典のない情報は会議で使えません
保管についても決めておきます。調査メモは案件フォルダに紐づけ、案件化しなかった場合の取り扱い(保管期間・廃棄)も社内ルールとして持つ。個人情報を含む部分は特に管理を厳格にしてください。資料管理の型は「受領資料の整理術」に、接触履歴の残し方は「顧客管理と接触履歴の残し方」にまとめています。
最後に、外部調査には限界があるという当たり前の事実を確認しておきます。公開情報から分かるのは輪郭だけで、この会社が続いてきた本当の理由——誰が何を守ってきたか——は、本人に会って聞くしかありません。調査は会話の準備であって、会話の代わりではない。準備を尽くしたうえで、白紙で座る。これが外部調査の正しい使い方です。