面談の終盤、経営者からこう聞かれることがあります。「で、あなたならどうしますか」。ここで黙るのは不誠実に映り、かといって決めてしまえば越権です。助言と決定の間には線があり、その線は自分で引かなければなりません。本稿では、意見を求められたときに何をどこまで返すか、越えてはいけない線はどこかを整理します。当社の募集要項は採用情報をご覧ください。
その質問が出る場面
「どう思いますか」が出るのは、決まった場面です。
- 相手を選ぶとき——条件の近い候補が複数あり、決め手がないとき
- 価格に迷うとき——提示額が期待と違い、受けるか粘るかを決めかねているとき
- 時期を決めるとき——いま進めるか、数年後にするか
- 従業員への開示——誰に、いつ、どう伝えるか
- 家族と意見が割れたとき——第三者の意見を借りたいとき
共通しているのは、判断材料が出そろっていないのではなく、材料はあるが重みづけができない状態だということです。ここを取り違えると、答えがずれます。情報が足りないと思い込んで追加の資料を出しても、相手の迷いは解けません。
また、この質問には「決めてほしい」という意味が混ざっていることもあります。決断の重さを誰かと分けたい。その気持ちは自然ですが、引き受けてはいけません。引き受けた瞬間に、後から「あなたがそう言ったから」という関係になります。
何を返すか|材料を構造にして戻す
答えないのは不誠実です。返すのは結論ではなく構造です。順番はこうします。
- 迷いの中身を言葉にする——「A社は条件が良く、B社は従業員の処遇に厚い。ここで迷っておられる、という理解でよろしいですか」
- 判断軸を並べる——価格、従業員の雇用、取引先との関係、引き継ぎ期間、経営者保証の扱い、時期。列挙して見えるようにします
- 軸ごとに事実を当てる——推測ではなく、確認できている事実を置きます。確認できていないものは、確認できていないと明記します
- 優先順位を本人に聞く——「この中で、最後まで譲れないものはどれですか」
- 選んだ場合に何が起きるかを示す——各選択肢の後に続く工程と、戻せる/戻せないの別を説明します
ここまでやると、多くの場合、相手は自分で答えに到達します。迷いは材料不足ではなく、重みづけが言語化されていないことから生じているからです。
比較表の作り方は「複数条件の比較表の作り方」に整理しています。
自分の見方を述べるときの条件
それでも「あなたの意見が聞きたい」と言われることがあります。言ってはいけない、というわけではありません。条件を満たせば述べてよいと考えています。
| 条件 | 具体 |
|---|---|
| 前提を明示する | 「従業員の雇用を最優先にされるのであれば」と、どの前提での意見かを先に置く |
| 根拠を示す | 感想ではなく、確認できた事実にもとづく |
| 反対側も言う | その選択の弱点、別の見方を同じ場で述べる |
| 決定権の所在を明言する | 「あくまで一つの見方です。お決めになるのは社長です」 |
| 記録に残す | いつ、どういう前提で、何を述べたかを残す |
逆に、次の言い方は避けます。「普通はこうします」(普通が何かを示せない)、「みなさんそうされています」(他者の選択は根拠になりません)、「私に任せてください」(任せられない領域があります)。
意見を求められたときほど、自分の都合が入りやすいことにも注意が必要です。こちらにとって進めやすい選択肢を勧めていないか。判断が寄っていないかの点検は「自分の判断が鈍っているサイン」をご覧ください。
越えてはいけない線
意見を述べてよい領域と、明確に越えてはいけない領域があります。
- 税務の個別判断——税額や適用可否の結論は税理士の領分です。制度の枠組みの説明にとどめ、具体的な適用は税理士にご確認ください
- 法務の個別判断——契約条項の解釈、法的なリスクの評価は弁護士の領分です。具体的な適用は弁護士にご確認ください
- 労務の個別判断——雇用条件の変更や労働契約の取り扱いは社会保険労務士・弁護士にご確認ください
- 経営判断そのもの——譲るか譲らないか、誰に譲るか、いくらで受けるか。決めるのは株主であり経営者です
- 家族の合意形成——こちらが説得に回らない。場を整えることはできますが、意思をつくるのは家族です
- 価格の決定——仲介者は価格を決めません。算定の考え方と買い手の見方という材料を揃えます
この線は、依頼者を突き放すためのものではありません。専門家が判断すべきことを専門外の判断で埋めると、後から取り返しがつかなくなるためです。線を引いたうえで、専門家が判断しやすい形に論点を整理して渡すことが、こちらの仕事になります。役割分担は「士業・金融機関との連携」に整理があります。
決まった後の振る舞い
決定は、した瞬間より、その後のほうが揺れます。
- 決定を支える——決まったら、その判断が通るように工程を組む。後から「私は反対でしたが」と言わない
- 蒸し返さない——別の選択肢の良さを、決定後に持ち出さない
- 変えたいと言われたら受ける——「一度決めたので」と押し戻さない。変更に伴う影響を事実で示し、あらためて選んでいただく
- 前提が変わったら報告する——判断の前提だった事実が変わったときは、こちらから伝える。前提が崩れたまま進めない
- 記録に残す——いつ、どういう材料で、誰が決めたか。後で振り返れる形にする
最後の点が、双方を守ります。決定の経緯が残っていれば、後から「聞いていない」が起きません。記録の残し方は「面談・電話の記録の残し方」をご覧ください。
まとめ|決めない、しかし逃げない
要点を整理します。
- 「どう思いますか」は、材料不足ではなく重みづけができていない状態から出る
- 返すのは結論ではなく構造。迷いの言語化、判断軸、事実、優先順位、その後に起きること
- 自分の見方を述べるなら、前提・根拠・反対側・決定権の所在・記録の五つを満たす
- 税務・法務・労務の個別判断、経営判断、家族の合意、価格の決定は越えない
- 決まった後は支える。蒸し返さない。変えたいと言われたら受ける。前提が変わったら報告する
当社の考え方は採用情報にも掲載しています。