基本合意を結べば成約まで進む、とは限りません。DDで想定外の事実が出る、買い手の社内で承認が下りない、売り手が気を変える——どれも実務では起こります。

止まったときに仲介者がやることは三つです。理由を切り分ける、売り手に伝える、次に戻せる形にする。順番を間違えると、案件を失うだけでなく売り手の信用も失います。本稿ではこの三つを整理します。

止まる理由を切り分ける

まず、何が原因で止まったのかを特定します。原因によって、次にできることが変わります。

DDで出た事実が原因の場合。簿外の債務、未払いの残業代、係争、許認可の問題。これらは金額に置き換えられることが多く、条件の修正で続けられる余地があります。

買い手の社内が原因の場合。承認が下りない、方針が変わった、別の案件を優先した。売り手の側に問題はなく、条件を直しても戻りません。

売り手が原因の場合。気が変わった、家族が反対した、株主の一人が応じない。これも条件では解けません。

両者の認識の差が原因の場合。基本合意の文言の読み方が違っていた、前提にしていた条件が共有されていなかった。これは仲介者の段取りに原因があることが多くあります。

条件の修正で続けられるか

DDで事実が出た場合、続ける道があります。実務で取られるのは次の形です。

価格を下げる。出た事実の金額分を引く形です。もっとも分かりやすい調整です。

補償で処理する。成約はそのままにして、問題が現実になったときに売り手が補償する形です。金額が確定していない論点に使えます。

譲渡の前に解消してもらう。未払いの残業代や名義の整理は、譲渡の前に処理できる場合があります。

範囲を変える。問題のある事業や資産を外して譲渡する形です。手続きは増えますが、取引そのものは残ります。

どの形が合うかは、出た事実の性質で決まります。金額が確定しているものは価格、確定しないものは補償、解消できるものは事前の処理、という切り分けが基本です。

売り手への伝え方

止まった事実は、分かった時点で伝えます。見通しが固まるまで待つと、売り手は後から「いつから知っていたのか」と考えます。

伝える順番は、事実、理由、次にできること、です。事実だけ伝えると売り手は不安になり、次にできることまで伝えると落ち着きます。

避けたいのは、買い手を悪く言うことです。仲介者が買い手を批判すると、売り手は仲介者の見立ての甘さを疑います。社内の承認が下りなかったのであれば、そう事実として伝えます。

売り手の落胆は大きくなります。従業員に話す段取りを始めていた場合は特にです。その落胆を受けとめる時間を取る必要があります。すぐに次の相手の話を始めると、売り手は置いていかれたと感じます。

独占交渉期間の扱い

基本合意には、他の買い手と交渉しない約束が入っていることが多くあります。止まったときに、この約束がどうなるかを確かめます。

期間が定められているなら、満了を待つのが基本です。買い手が明確に辞退したのであれば、合意を解除する書面を交わして期間を終わらせます。

曖昧なまま別の買い手に当てると、約束に反する行為になります。買い手が「検討を続けている」と考えている状態で他に当てれば、後から問題になります。

辞退の意思は、書面で受け取ります。口頭だけでは、後で言い方が変わることがあります。

基本合意に、止まったときの扱いを書いておくのが望ましい形です。設計の段階で、解除の手続きと期間の扱いを決めておきます。

別の買い手へ戻すときの段取り

再開するとき、前の検討で出た事実をどう扱うかが論点になります。

DDで出た事実は、次の買い手にも出ます。隠して進めると、同じところで止まります。先に開示して、条件に織り込んだ形で打診するほうが早く進みます。

また、前に当てて断られた買い手に戻すこともあります。このとき、前回の経緯を踏まえて話します。前回断った理由が解消していれば、検討してもらえることがあります。

企業概要書は作り直します。前回から時間が経っていれば決算期も変わり、出た事実も反映する必要があります。古い資料をそのまま使うと、中身が実態と合いません。

記録に残しておくこと

止まった案件の記録は、次に効きます。残しておきたいのは次の点です。

止まった日と、その時点の段階。DDの途中か、最終契約の直前か。段階によって、売り手と買い手が費用をどれだけ使ったかが変わります。

止まった理由と、どちらから言い出したか。後に費用の負担や責任の話になったときの前提になります。

辞退の書面と、独占交渉の解除の書面。次に進めるときの根拠になります。

出た事実とその金額。次の買い手に開示する内容です。

記録がないまま時間が経つと、何が起きたのかを誰も説明できなくなります。担当が替わった場合も、記録があれば引き継げます。

仲介者の側で見直すこと

止まった案件は、段取りを見直す機会でもあります。防げたかどうかを確かめます。

DDで出た事実は、受託の段階で聞けていたか。未払いの残業代や名義の問題は、最初の面談で確かめられる項目です。聞いていなかったのであれば、確認の項目を足します。

買い手の社内の承認の段取りは、先に確かめていたか。投資の委員会がいつあるか、誰の承認が必要かを知っていれば、日程を合わせられます。

売り手の家族の意向は、確かめていたか。基本合意の段階で反対が出るのは、それまでに話せていなかったということです。

防げなかった案件もあります。買い手の方針の転換は読めません。防げたものと防げなかったものを分けて、防げたものだけを手順に足します。全部を自分の落ち度にすると、手順が過剰になって案件が進まなくなります。

なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。

よくあるご質問

A.自動では終わりません。期間の満了を待つか、解除の書面を交わす必要があります。曖昧なまま別の買い手に当てると、約束に反する行為になります。辞退の意思は書面で受け取ってください。
A.伝えてください。隠して進めても次の買い手のDDで出てきて、同じところで止まります。先に開示して条件に織り込むほうが早く進みます。
A.基本合意にどう書かれているかによります。各自の負担とする形が多いですが、特別な調査の費用について定めていることもあります。書面を確かめてください。

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執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら