M&Aの実務で書く文書は、後から読み返されます。議事録は交渉の経緯を確認するために、報告書は依頼者が家族や顧問の先生に相談するために使われます。そのとき、書いた人の意図ではなく、書かれた文字のとおりに読まれます。本稿では、事実と意見を分けるという原則を前提に、その先の語尾と敬語のレベルを扱います。何を分けるかは「事実と意見を分けて伝える」を、記録の残し方は「面談・電話の記録の残し方」をご覧ください。当社の募集要項は採用情報をご覧ください。
語尾が、情報の確かさを表している
日本語の文末は、内容の確かさを示す機能を持っています。使い分けが曖昧だと、読み手は何が確定で何が見込みか分からなくなります。
| 語尾 | 表しているもの | 使う場面 |
|---|---|---|
| 〜です/〜ました | 確認された事実 | 発言、受領した資料、決まった日程 |
| 〜とのことです | 他者からの伝聞 | 相手方の説明をそのまま記録するとき |
| 〜の見込みです | 根拠のある予定 | 相手から日程の連絡があり、確定前のとき |
| 〜と考えられます | 根拠を示せる推論 | 資料から導いた分析。直前に根拠を書く |
| 〜と思われます | 書き手の印象 | 使用は限定。後述 |
| 〜可能性があります | 起こりうる事象 | リスクの提示。確率の高低は別に書く |
いちばん多い事故は、伝聞を事実の語尾で書いてしまうことです。「買い手は来月中に回答する」と書かれた議事録は、後から「そう聞いていた」の根拠になります。実際には「回答は来月中を目途にしたいとのことでした」が正確です。一語の違いが、約束の有無を分けます。
もう一つは、推論を事実として書いてしまうこと。「先方は価格に不満がある」ではなく、「先方から、価格について社内で再検討したいとの発言がありました」と書きます。解釈を書きたいときは、事実を書いたうえで段落を分け、解釈だと分かる語尾にします。
「〜と思われます」を使ってよい場面・悪い場面
この語は便利なので多用されますが、根拠のなさを隠す働きも持っています。基準を決めておきます。
使ってよい場面
- 主観であることを明示したうえで、印象を伝えるとき——「面談の雰囲気からは、従業員の雇用を最も気にされていると思われます」
- 複数の解釈が成り立つ状況で、書き手の見立てを一つの選択肢として示すとき
- 相手の内心のように、こちらが確認しようのないことを述べるとき
避けるべき場面
- 調べれば分かることに使う——「登記は完了していると思われます」は、確認すれば済みます。確認を省いた印を残しているだけです
- 数値に使う——「純資産は約3億円と思われます」。数値は出典と時点を添えて書くか、書かないかのどちらかです
- 制度・法令の適用に使う——「この場合は非課税と思われます」は、依頼者を誤らせます。具体的な適用は税理士・弁護士にご確認いただく旨を添えます
- 相手方の約束に使う——「先方も了承していると思われます」。了承の有無は確認する事項です
判定は簡単です。「確認できることか」を自分に聞くこと。確認できるなら確認して断定形で書く。確認できないなら、確認できないという事実のほうを書く。「現時点では未確認です。○日までに確認します」のほうが、「〜と思われます」より役に立ちます。
似た働きをする語に注意します。「おそらく」「基本的には」「一般的には」「特に問題はないかと」。どれも、確認を省いた箇所に生えやすい語です。書き終えたらこれらの語を検索して、一つずつ根拠を思い出すのが有効な点検になります。
敬語は、正確さを損なわない範囲で
M&Aの文書は、経営者と、その周囲の専門家が読みます。敬語は必要ですが、敬語を重ねた結果、何が起きたのか分からない文になるのが典型的な失敗です。
- 二重敬語を避ける——「ご確認いただかれる」「おっしゃられる」。一段で足ります
- 主語を省きすぎない——「ご確認をお願いいたします」だけだと、誰が何を確認するのか残りません。「貴社にて、株主名簿の記載内容をご確認ください」と書きます
- 自社の動作に尊敬語を使わない——「弊社がご説明させていただきました」は過剰です。「弊社よりご説明しました」で足ります
- 社内記録は敬語を薄く——議事録の本文は簡潔に。敬語は依頼者に渡す文書で使い分けます
- 断りの文で語尾をぼかさない——「難しいかと存じます」は、否定なのか保留なのか読めません。「本条件ではお受けできない旨、ご連絡がありました」と書きます
とくに最後の点は、悪い知らせを伝える場面で効きます。やわらげたつもりの表現が、伝わらないという別の問題を生みます。言葉をやわらげるのは前置きの部分で行い、事実そのものはぼかさない。伝え方の設計は「悪い知らせの伝え方」で扱っています。
もう一つ、カタカナ語の扱いがあります。デューデリジェンス、バリュエーション、ストラクチャー。実務では日常語ですが、依頼者にとっては初めての語であることが多い。初出で一度、短く日本語を添えます。「デューデリジェンス(買い手による調査)」のように。二度目からは略しても構いません。
議事録の型|後から読む人のために書く
議事録は、その場にいなかった人が読んでも再現できる形にします。次の構成が扱いやすいはずです。
- 日時・場所・出席者——同席者が誰かは後から重要になります。肩書も入れます
- 議題——何を話すために集まったか
- 確認された事実——発言の要旨。誰の発言かを明示する
- 決まったこと——合意の内容。曖昧な合意は「合意には至らず」と書く
- 持ち帰り事項——誰が、何を、いつまでに
- 未確定の事項——決まっていないことを、決まっていないと書く
六つ目を落とす議事録が多いのですが、ここが後の争いを防ぎます。書かれていないことは、決まったとも決まっていないとも読めてしまう。「本日は方針の確認までとし、価格については合意していません」と一行入れておくだけで、後の誤解が消えます。
発言の記録では、要約しすぎないことも大切です。「前向きなご発言がありました」では、何を前向きと判断したのか分かりません。発言の要旨をそのまま残し、判断は別に書きます。
書く時機も品質を左右します。当日中に書く。翌日になると、記憶は自分に都合よく整理されます。面談中に取ったメモをその日のうちに整える、というだけで正確さが変わります。
まとめ|読み返される前提で書く
要点を整理します。
- 語尾は情報の確かさを表す。伝聞を事実の語尾で書かない
- 「〜と思われます」は、確認できないことにだけ使う。数値・制度・相手の了承には使わない
- 「おそらく」「基本的には」を書き終えに検索し、根拠を点検する
- 敬語は一段で足りる。断りの文で語尾をぼかさない
- カタカナ語は初出で一度、短く日本語を添える
- 議事録には「決まっていないこと」を書く。当日中に書く
文書の目的は、うまく書くことではありません。後から読む人が、同じ理解に到達できることです。読み手には、依頼者のご家族や顧問の先生、そして将来の自分も含まれます。
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