「利益は意見、キャッシュは事実」という言い方があります。損益計算書の利益は会計上の判断を含みますが、預金口座の残高は動かせません。M&Aアドバイザーがキャッシュの動きを読む理由は、会社の実態に最も近い数字がそこにあるからです。本稿では、キャッシュフロー計算書のない中小企業を前提に、簡易営業CFの組み立て方、運転資本の読み方、季節変動を社長への質問に変える方法、資金繰り表の使い方を整理します。
利益とキャッシュはなぜズレるのか
まず、ズレの原因を構造で押さえます。原因が分かれば、決算書のどこを見ればよいかが決まります。
| ズレの原因 | 内容 | 確認する場所 |
|---|---|---|
| 回収と支払のタイミング | 売上計上と入金、仕入計上と出金の時期が違う | 売掛金・買掛金・受取手形・支払手形 |
| 在庫 | 仕入れた時点で現金は出るが、売れるまで費用にならない | 棚卸資産の増減 |
| 減価償却 | 費用になるが現金は出ない(投資時に既に出ている) | 販管費・製造原価の減価償却費 |
| 設備投資 | 現金は出るが、その期の費用にはならない | 固定資産の増減、固定資産台帳 |
| 借入金の元本返済 | 現金は出るが費用ではない(利息のみ費用) | 借入金残高、返済予定表 |
| 税金・賞与・保険料 | 納付・支払の時期が特定月に集中する | 未払法人税等、賞与引当、月次推移 |
この6つを頭に入れておけば、「黒字なのに資金繰りが苦しい」という社長の言葉を、具体的な科目に翻訳できます。逆に「赤字だがキャッシュは回っている」という会社も珍しくありません。減価償却が大きい設備型の事業では、会計上の赤字と資金の実態が乖離します。決算書全体の読み方は「決算書を読む力を身につける」を先にご覧ください。
簡易営業CFの組み立て方|3期分を自分で作る
中小企業ではキャッシュフロー計算書が作成されていないのが通常です。そこでアドバイザーが簡易的に組み立てます。手順は次のとおりです。
- 出発点は税引後当期純利益
- 減価償却費など、現金の出ない費用を足し戻す
- 売掛金・受取手形の増加を減算(増えた分だけ現金が入っていない)
- 棚卸資産の増加を減算(増えた分だけ現金が寝ている)
- 買掛金・支払手形の増加を加算(増えた分だけ支払を待ってもらっている)
- 一過性の特別損益を除いて、本業の姿にする
これを3期分並べます。見るべきは水準ではなく安定性です。
- 営業CFが3期とも安定してプラス:本業でキャッシュを生んでいる。最も良い状態
- 営業CFがプラスだが年々細っている:利益率の低下か、運転資本の膨張が進行中
- 営業CFがマイナスの期がある:理由を必ず特定する。急成長に伴う運転資本増ならむしろ前向きな材料
- 利益は横ばいなのに営業CFが大きく振れる:期ズレか、在庫・債権の管理に課題
そして、営業CFと借入金の年間返済額を比べます。営業CFが返済額を安定して上回っているかどうかは、買い手が資金調達を検討する際の第一の関心事です。ここが弱い会社は、価格よりも先に「買った後の資金繰り」が論点になります。
運転資本の増減を読む|回転期間で見る
運転資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務)は、事業を回すために寝ている資金です。金額そのものより、売上に対する比率と回転期間で見ると、事業構造が見えてきます。
| 指標 | 計算 | 読み取ること |
|---|---|---|
| 売上債権回転期間 | 売上債権 ÷ (年商 ÷ 12) | 入金までの月数。伸びていれば回収条件の悪化か滞留 |
| 棚卸資産回転期間 | 棚卸資産 ÷ (年商 ÷ 12) | 在庫が何か月分あるか。伸びていれば滞留か仕入方針の変更 |
| 仕入債務回転期間 | 仕入債務 ÷ (年商 ÷ 12) | 支払までの月数。急に伸びていれば支払遅延の可能性 |
| 運転資本回転期間 | 上記の債権+在庫−債務 | 売上1か月あたり何か月分の資金が必要か |
3期の推移を並べたうえで、変化した期があれば理由を聞きます。ここで大切なのは、業種によって適正水準がまったく違うということです。建設業の完成工事未収入金、小売業の在庫、卸売業の債権など、業種の常識を前提にせずに数字だけで判断すると、見当違いの指摘になります。相場の水準を断定せず、「同業と比べてどうか」を社長自身に語ってもらうのが安全です。
運転資本は、企業価値の算定にも直結します。買い手は「引き継ぐ運転資本の水準」を前提に価格を考えるため、期末時点だけを見て正常な水準と誤認すると、後で調整の議論になります。算定の考え方は「簡易株価算定の実務」を参照してください。
投資CF・財務CFに表れる経営の姿勢
営業CFが「稼ぐ力」なら、投資CFは「将来への構え」、財務CFは「資金調達の姿勢」です。金額の意味を、次のように読みます。
- 設備投資が減価償却を下回る状態が続く:設備が更新されていない。買い手が引き継いだ直後に投資負担が来る可能性
- 設備投資が突出した期がある:内容と、その投資が売上・利益に結びついているか
- 本業と無関係な資産の取得:保険、有価証券、不動産、会員権など。譲渡時の扱いを整理する必要
- 借入が増え続けている:何に使われたか。運転資金なのか、投資なのか、赤字補填なのか
- 役員借入金の増減:オーナー個人が会社に資金を入れている、または引き出している
特に、減価償却と設備投資の関係は買い手が必ず見ます。「利益は出ているが、必要な更新投資を先送りしていた結果ではないか」という問いは、価格交渉で実際に出ます。売り手側のアドバイザーとして、設備の年齢と更新計画を先に整理しておけば、この問いに準備をもって答えられます。
また、代表者の個人保証や、担保に入っている資産も財務CFの周辺で確認します。経営者保証は譲渡後の解除交渉が必要になる論点であり、金融庁の公表によれば経営者保証に依存しない融資の割合は2024年度上期で52%と、金融機関の運用も変わりつつあります。とはいえ個別の解除可否は各行の判断であり、アドバイザーが見通しを断定することはできません。
季節変動を質問に落とし込む
年次決算だけを見ていると、季節変動は完全に消えます。しかし現場の資金繰りは月次で動いており、買い手にとっては買収後に必要な運転資金の規模を左右する重要な情報です。月次試算表と資金繰り実績を受け取ったら、次を質問に変換します。
- 「売上が最も高い月と低い月はいつですか。その差は何によるものですか」
- 「資金が最も薄くなるのは何月ですか。そのとき、どう乗り切っていますか」
- 「賞与・納税・保険料など、まとまった支出が集中する月はいつですか」
- 「季節資金として短期借入を使っていますか。枠はいくらで、いつ実行しますか」
- 「工事や案件の検収が期末に寄る傾向はありますか」
- 「最近3年で、資金が特に厳しかった局面はありましたか。原因は何でしたか」
この質問群は、社長にとって答えやすいのが特徴です。数字の指摘ではなく、経験を語ってもらう形になっているからです。返ってきた話は、企業概要書の事業説明に厚みを与えます。書き方は「企業概要書(IM)の書き方」で扱っています。
逆に避けたいのは、「この月は資金がショートしそうですね」といった評価の言葉です。社長が最も神経を使ってきた領域であり、外部の人間に断定されると強い反発を招きます。事実を聞き、記録し、必要なら専門家に回す。この順序を守ってください。
資金繰り表の受領と、買い手への説明への使い方
秘密保持契約を締結したうえで、次の資料をお願いするのが標準です。
- 月次の資金繰り実績表(直近12か月)
- 月次試算表(直近の決算期以降)
- 借入金の返済予定表(金融機関別・残高・利率・保証と担保の有無)
- 当座貸越・手形割引などの枠と使用状況
- 主要取引先ごとの回収・支払条件が分かるもの
資金繰り表を作っていない会社も多くあります。その場合は無理に作成を求めず、月次試算表と預金の月末残高推移で代替します。売り手にとって資料作成は本業の合間の負担であり、「何のために必要か」を説明せずに一覧を投げるのは、アドバイザーとして最も避けたい振る舞いです。資料の求め方と管理の型は「受領資料の整理術」にまとめました。
集めた情報は、そのまま買い手に流すのではなく、説明の文脈をつけて渡します。「営業CFは3期とも安定してプラス。第2四半期に資金が薄くなるのは賞与と納税が重なるためで、季節資金の短期借入で対応している」——このように、事実と理由をセットで示せば、買い手の不安は論点に変わります。論点になれば、交渉で扱えます。説明のない数字だけが、憶測を生みます。
なお、当社の報酬体系は相談料・着手金・月額報酬が0円で、基本合意時に成功報酬額の10%を中間金として受領し(成功報酬から全額差引・不成立の場合も返金なし)、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)、最低2,000万円(税別)です。売り手の資金繰りを理解しているアドバイザーは、費用の発生タイミングについても誠実に説明できます。