ノンネームシート(ティーザー)は、売り手企業を特定できない形で概要を示し、買い手候補の関心を確認するための1枚の資料です。「特定されない」と「関心を引く」は互いに引っ張り合う要求であり、この両立こそがノンネーム作成の技術です。本稿では、記載項目、特定リスクのある表現の避け方、業種・地域・規模のぼかし方、複数案の作り方、社内チェックの手順を、アドバイザーの実務として解説します。資料の位置づけそのものは「ノンネームシートと企業概要書(IM)とは」で整理していますので、あわせてご覧ください。
ノンネームシートの役割|「特定されない」と「関心を引く」の両立
ノンネームシートは、買い手候補に秘密保持契約の前に見せる唯一の資料です。目的は、「この案件についてもっと知りたいか」を買い手に判断してもらうこと。そのため、次の3つを同時に満たす必要があります。
- 特定されないこと——秘密保持の最初の砦。ここが破られると、後の守りは意味を失う
- 関心を持てる程度の情報があること——薄すぎると、買い手は次に進まない
- 誤解を生まないこと——誇張や虚偽は、企業概要書(IM)の段階で必ず露見する
特定されたときの被害を、具体的に想像してください。従業員・取引先・競合に「あの会社が売りに出ている」と伝わり、離職、取引の見直し、信用不安につながります。オーナーが最も恐れるのはこれであり、ノンネーム段階での漏洩は、書いた仲介者の責任です。「M&Aの秘密保持」で解説している原則を、ここで具体的な文章に落とし込みます。
記載項目と書き方の基本
標準的な記載項目と、それぞれの書き方・注意点を整理します。
| 項目 | 書き方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 案件番号 | 社内の管理番号のみ | 社名の頭文字や設立年を含めない |
| 業種 | 大分類〜中分類の粒度 | 希少な業種はさらに広く |
| 所在地 | 地方ブロックまたは都道府県 | 同業が少ない地域は広域に |
| 事業概要 | 何を・誰に・どのように、を2〜3行 | 固有の商品名・サービス名・顧客名を書かない |
| 規模 | 売上高・従業員数をレンジで | 端数の実数を書かない |
| 業績の傾向 | 増収・横ばい・黒字などの定性表現 | 具体的な利益額・利益率は控える |
| 譲渡理由 | 後継者不在・選択と集中など | 健康・家族などの個人事情は書かない |
| 希望スキーム | 株式譲渡・事業譲渡など | 確定していなければ「応相談」 |
| 特徴・強み | 買い手が関心を持つ点を2〜3点 | 許認可・受賞歴・独自技術の固有名は避ける |
| 希望条件 | 従業員の雇用継続など | 希望価格は原則書かない(書く場合はレンジ) |
文章量は、A4で1枚に収まる程度が目安です。長く書くほど特定リスクは上がり、短すぎると関心を引けません。「買い手が『詳細はNDA後に』と納得できる情報量」を意識してください。
特定リスクのある表現|言い換えの具体例
一つひとつは無害に見える表現でも、業界の人が読めば社名を当てられることがあります。よくある危険な表現と、言い換えの例を挙げます。
| 特定されやすい表現 | 言い換えの例 |
|---|---|
| 創業○○年の老舗(年数から絞り込める) | 長い業歴を持つ |
| 県内シェアトップ | 地域で高い認知度を持つ |
| ○○市の主要駅前に本店 | 県内の主要都市に拠点 |
| 大手○○社向けが売上の大半 | 大手企業との継続取引がある |
| ○○の認定を取得(希少な認定) | 業界の公的な認定を保有 |
| 従業員45名 | 従業員数40〜60名 |
| 代表は70代・後継者は娘婿 | 後継者不在のため譲渡を希望 |
最も見落としやすいのは、組み合わせの危険です。業種・地域・規模・特徴のそれぞれがぼかされていても、掛け算すると絞り込めます。特に地方の特殊な業種では、「県名+業種」だけで数社に絞れることがあります。書き終えたら、その業界に詳しい同僚に「これで社名を当てられるか」を試してもらってください。
業種・地域・規模のぼかし方
業種
標準的な産業分類の粒度で書きます。ニッチな業種は上位分類に上げますが、広げすぎると買い手の関心を失います。そこで、分類は広く、事業の内容は「機能」で表します。たとえば「製造業(精密部品の加工)」「サービス業(法人向けの保守・点検)」のように、何をしている会社かは伝わるが、どの会社かは分からない書き方です。
地域
拠点数と業種の希少性で判断します。都市部で同業が多ければ都道府県、地方で希少なら地方ブロック、複数の地域に拠点があれば「全国」または「複数地域」。地域を広げると買い手は「自社のエリアと合うか」を判断しにくくなるため、業種側の情報で補います。
規模
売上高も従業員数もレンジで示します。レンジの幅は、規模が小さいほど相対的に広く取ります。実数に近い刻み(たとえば従業員数を5名刻みで)にすると、レンジにした意味がなくなります。
業績
数値ではなく傾向で示します。収益性の高さを伝えたい場合も、「業界水準を上回る利益率」といった定性表現にとどめ、利益額・利益率は秘密保持契約後の企業概要書で開示します。
ぼかしの程度に迷ったら、「この情報がなくても、買い手は関心を持てるか」と自問してください。買い手が本当に知りたいのは、事業の性格・規模感・譲渡理由・雇用への希望の4点です。それ以外の情報は、ノンネーム段階では削っても関心を大きく損なわないことがほとんどで、削るほど特定リスクは下がります。迷ったら削る。それがノンネーム作成の原則です。
複数案を作ってA/Bで比較する
ノンネームシートは、1案で完成させないでください。当社では、少なくとも2案を作ります。
- 安全寄りの案——特定リスクを最小にし、情報量は最低限
- 訴求寄りの案——買い手の関心を引く情報を1〜2点追加
それぞれについて、「特定される可能性はどこにあるか」と「買い手はどう反応しそうか」を書き出し、上長・同僚と比較して採用案を決めます。この作業を通じて、「どの一言が特定リスクを生むか」の感覚が育ちます。
相手によってバージョンを変えることもあります。同業の競合候補には安全寄り、異業種や投資会社には訴求寄り、という使い分けです。ただし、内容に矛盾があってはなりません。また、どの相手に、いつ、どのバージョンを送ったかは必ず記録します。万一の漏洩時に、経路を追跡するためです。
社内チェックとオーナー確認
配布前に、次のチェックリストで確認します。作成者本人ではなく、別の担当者または上長が行うのが原則です。
- 社名・商品名・顧客名・人名・固有の認定名が入っていないか
- 数値が端数のまま(レンジ化されずに)残っていないか
- 業種×地域×規模×特徴の組み合わせで絞り込めないか(第三者による「当てられるか」テスト)
- 譲渡理由に個人事情が含まれていないか
- 誇張・虚偽・誤解を生む表現がないか(後に作る企業概要書と矛盾しないか)
- 同じ買い手に以前送った案件と重複していないか、別案件として二重に送っていないか
- オーナーが全文を確認し、「この表現なら特定されない」と承諾したか
- 配布先リスト(候補の絞り込み理由)とバージョンを記録したか
オーナー確認は必須です。オーナー自身が「この書き方だと、うちの業界の人には分かる」と気づくことが少なくありません。オーナーは自社の業界における希少性を、仲介者より正確に把握しています。逆にオーナーが「もっと書いていい」と言う場合でも、仲介者として止めるべきものは止めてください。守るのはオーナーの会社であり、その判断を支えるのが私たちの仕事です。ノンネームで関心を示した買い手に次に渡す資料の作り方は、「企業概要書(IM)作成の実務」で解説しています。
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ノンネームシートは、NDAの前に買い手候補が見る唯一の資料。「特定されないこと」「関心を持てる情報量」「誤解を生まないこと」を同時に満たす必要があります。業種×地域×規模×特徴の掛け算で絞り込まれる危険、安全寄り・訴求寄りの2案を作って比較する当社の型、配布前チェックを解説。詳しくはコラムへ。
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ノンネームシートは、NDAの前に買い手が見る、唯一の資料。一つひとつは無害な表現でも、業界の人が読めば、一言で社名を当てられることがあります。
特定されないこと。これは秘密保持の最初の砦。薄すぎると、買い手は次に進まない。そして誇張や虚偽は、企業概要書の段階で必ず露見します。
最も見落としやすいのは、組み合わせの危険。それぞれはぼかしても、掛け算すると絞り込める。地方の特殊な業種は、県名と業種だけで数社に絞れる。書き終えたら、業界に詳しい同僚に当てさせてみる。
当社は、少なくとも2案作ります。安全寄りと、訴求寄り。それぞれ、どこに特定リスクがあるか、買い手はどう反応しそうかを書き出し、比較して決める。この作業で、どの一言が危ないかの感覚が育ちます。
一枚の資料に、どこまで責任を持てるか。秘密保持を、ルールではなく技術として身につける仕事です。
※ 動画は一般的な例で説明しています。当社の手数料は、相談料・着手金・月額報酬0円、基本合意の締結時に成功報酬額の10%を中間金として申し受け(成約時の成功報酬から全額を差し引いてご請求しますが、基本合意後に不成立となった場合の返金はいたしません)、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)・最低2,000万円(税別)です。詳しくは料金体系をご覧ください。
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