本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。初回や二回目の面談で、「この話、顧問の先生に止められていまして」と言われることがあります。経験の浅いうちは、ここで先生を説得しにいくか、先生を飛ばして経営者だけで進めようとするかのどちらかに走りがちですが、いずれもその後の工程を壊します。顧問税理士は、経営者にとって最も長く数字を見てきた相手であり、承継の局面でも最後まで残る相談相手です。反対されたということは、まだ判断材料が揃っていないという事実が見えただけだと受け止めてください。本稿では、反対の理由の分解、先生への情報の渡し方、やってはいけない対応、そして本当にM&Aが最善でないときの引き方を型にします。
「止められている」の中身を、まず分解する
反対の理由は一つではありません。実務では、次の五つのどれか(あるいは複数)であることがほとんどです。どれなのかを確かめないまま「先生を説得しましょう」と言うのが、最も避けたい対応です。
| 反対の形 | 背景にあるもの | こちらにできること |
|---|---|---|
| 「まだ早い」 | 業績の見通しや株式の整理が途中 | 何がいつ整えば検討できるかを一緒に置く |
| 「その話は聞いたことがない」 | 制度や実務の情報が届いていない | 書面で補う。口頭の要約で済ませない |
| 「手数料が高いのでは」 | 体系と基準額の定義が伝わっていない | 算定の基準額まで含めて開示する |
| 「顧問はどうなるのか」 | 成約後の関与が見えていない | 当社は税務顧問業務を行わないと伝える |
| 「他の道があるのでは」 | 実際にそのとおりのことがある | 承継の選択肢を並べ直す |
五番目は特に大切です。親族内承継や社内承継の余地が残っているのに、第三者への譲渡だけを前提に話が進んでいるとき、先生は当然止めます。その場合に止めているのは先生ではなく、こちらの進め方のほうです。承継の選択肢そのものは「承継の選択肢を整理する」に整理してあります。
先生の懸念は、多くの場合もっともである
反対の中身を分けていくと、その多くは実務上まっとうな指摘です。経験の浅いうちほど「反対=障害」と見えますが、次のように並べ直すと、ほとんどが工程のどこかで必ず扱う論点だと分かります。
- 時期:直近の決算が特殊要因で凹んでいる、設備投資の途中である、役員退職金の準備が終わっていない。いずれも譲渡の条件に直接響きます
- 税務:株式の評価、退職金の水準、譲渡益の課税。いずれも具体的な適用は税理士にご確認いただく領域で、先生が慎重になるのは当然です
- 株主構成:名義株、相続で分散した株式、未分割の株式。経緯を知っているのは先生のほうです
- 顧問関係:成約後に自分の関与がどうなるのか
四つのうち最後の一つだけは、こちらの姿勢で解ける懸念です。当社は税務顧問業務を行っていませんので、成約後も顧問契約は先生に残る前提でご説明しています。先生向けの説明は「税理士・会計事務所の先生へ」にまとめてあります。残る三つは、こちらが説得して消すものではなく、一緒に確かめて潰していく論点です。
やってはいけない三つ
次の三つは、その場では前に進んだように見えて、ほぼ確実に後で跳ね返ります。
- 先生の見解を否定する:「税理士の先生はM&Aの実務をご存じないことが多くて」といった言い方は、経営者にとって長年の信頼関係を否定されたのと同じです。仮に情報が古かったとしても、直すのは情報であって、人ではありません
- 先生を飛ばして進める:株主構成や過去の組織再編の経緯を確認しないまま進めると、デューデリジェンスの段階で必ず止まります。早く進めたつもりが、最も遠回りになります
- 「先生には黙っておきましょう」と言う:誰に、いつ話すかを決めるのは経営者です。情報を伏せるよう外部の人間が助言することは、後で必ず経営者ご自身の不利益になります
三つに共通するのは、経営者と顧問の関係に、外部の人間が割り込もうとしているという点です。仲介者の立場は、その関係の外側にあります。当社は他社へのご相談やセカンドオピニオンも制限していません。比べたうえで、相談相手を選んでいただくほうが、その後の進行は安定します。
先生に何を、どの順番でお渡しするか
経営者の同席のもとで場をいただけたら、次の順でお渡しします。順番を崩して費用の話から入ると、ほぼ確実に費用だけが論点になります。
- 秘密保持の枠組み:誰が、何を、いつまで知るのか。先生に共有する範囲も、経営者の同意を前提に決めます
- 工程と所要期間:相手探しから最終契約・クロージングまで、一般には半年から一年以上。工程ごとに何が起き、先生にいつ何をお願いするのか
- 費用の全体像:当社の場合、相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意の時点で中間金として成功報酬額の10%をお預かりし、これは成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)で最低2,000万円(税別)です。詳しい体系は料金体系のページに整理しています。
- 役割分担:株式の評価や税務の判断は先生の領域、相手探しと条件の調整は当社の領域。どちらが何を持つのかを工程表の形で示します
- やめる自由:検討の途中でも止められること。契約形態と途中解約の条件も、この場で開示します
この五つを紙に落として渡してください。口頭だけで済ませると、先生から経営者へ伝わる過程で必ず内容が変質します。中小M&Aガイドライン第3版(令和6年8月)でも、仲介者には説明義務と書面の交付が求められています。書面を残すことは、こちらを守るためではなく、先生が検討できる状態をつくるためだと考えてください。
それでも反対が続くとき|引くという判断
情報を揃えてなお反対が続く場合、原因は次の三つに分かれます。どれなのかで、こちらの動き方は変わります。
- 時期の問題:何がいつ整えば再検討できるのかを書き残し、その時期まで引きます。こちらの都合で間隔を詰めない
- 情報の不足:追加で必要な資料を先生から挙げていただき、揃えてからもう一度場をいただく。急がない
- 本当にM&Aが最善でない:社内に承継できる人がいる、当面の継続で問題がない、先に整理すべき資産がある。この場合は、引くことが正しい対応です
三番目は現実に起こります。そのときに無理に案件として抱えることは、経営者にとっても先生にとっても損失で、結局は途中で止まります。引くときは理由を言葉にして、必要になったときの連絡先だけを残す。数年後に状況が変わって最初に連絡が来るのは、そのとき引いた相手です。受託の判断そのものは「受託するかどうかの判断基準」で詳しく扱っています。
よくあるご質問
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