長く伴走していると、お金や物が関わる場面が出てきます。手土産、会食の支払い、成約後の謝礼、紹介への対価。金額の大小の問題ではなく、判断が誰のために働いているかの問題です。本稿では、どこに線を引くのか、なぜ引くのか、関係を壊さずにどう断るかを整理します。コンプライアンス全般は「仲介実務のコンプライアンス」をご覧ください。
なぜ線を引くのか
理由は三つあります。
一つ目は、判断が歪むからです。受け取った側は「借りができた」と感じます。本人にその意識がなくても、次の判断でわずかに寄ります。M&Aは双方の条件を扱う仕事です。一方から受け取れば、他方への説明が成り立ちません。
二つ目は、依頼者から見て分からないからです。担当者が買い手から何かを受け取っていると知れば、依頼者は「この人の助言は誰のためのものか」と考えます。実際に判断が寄っていたかどうかは関係ありません。疑いが生じうる状態を作らないことが、説明責任の中身です。
三つ目は、線が曖昧だと現場が判断できないからです。「常識の範囲で」と言われても、常識の位置は人によって違います。判断を各自に委ねると、いちばん緩い人の基準が組織の基準になります。
仲介という形態が双方から報酬を受ける構造であることは、依頼者に開示しています(「仲介とFAの違いを依頼者にどう説明するか」)。構造を開いている以上、それ以外の金銭の流れを作らないことが前提になります。
場面別の扱い
実際に出てくる場面を並べます。
| 場面 | 扱い | 考え方 |
|---|---|---|
| 訪問時の手土産(こちらから) | 儀礼の範囲。高額なものは持たない | 関係づくりを物で行わない |
| 先方からの手土産 | その場で辞退が難しければ受け、社内に共有する | 黙って受け取らない。記録に残す |
| 会食 | 費用は当社が負担するか、各自負担とする | 支払われた側に借りが残る構造を作らない |
| 成約後の謝礼(現金・商品券・物品) | お受けしない | 報酬は契約に定めたものが全部。別の金銭を受けない |
| 買い手からの個人的な便宜 | 受けない | 売り手に説明できない関係を作らない |
| 紹介への対価 | 個別に書面で取り決める | 口頭の約束にしない。顧問先の手数料は変わらない |
| 依頼者からの費用の立替依頼 | 個別に確認して書面で | 金銭の流れを担当者個人に通さない |
とくに成約後の謝礼は、断りにくい場面です。長く伴走した関係で、感謝の気持ちとして差し出されます。それでもお受けしません。報酬は契約に定めたものが全部であるという一線を崩すと、次の依頼者に同じ説明ができなくなります。
当社の費用は、相談料・着手金・月額報酬はいただかず、基本合意の時点で成功報酬額の10%を中間金としてお支払いいただく形です。中間金は成功報酬から全額差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。成功報酬は移動総資産レーマン方式で最低額は2,000万円(税別)です。ここに書かれていない金銭は発生しません。詳細は料金体系をご覧ください。
関係を壊さない断り方
線を引くことと、冷たく振る舞うことは別です。断り方に型を持ちます。
- 気持ちを受け取る——「そのようにお考えいただけたこと、ありがたく思います」
- 理由を自分の側に置く——「当社の決まりで」ではなく「私どもは、報酬は契約に定めたものだけとしております」
- 代わりを示す——「もしよろしければ、同じような状況の経営者の方にご紹介いただけると励みになります」
- 後を引かせない——一度断ったら、その話題に戻らない。気まずさを長引かせない
理由を「規則だから」にすると、相手は拒否されたと感じます。「そうしないほうが、御社のために良い判断ができるからです」と、依頼者の利益から説明したほうが伝わります。実際にそのとおりだからです。
その場で辞退しきれない場面もあります。訪問先で手土産を渡され、押し問答になるような場合です。受け取ったうえで社内に共有し、記録に残します。隠さないことが要点で、受け取った物の大小ではありません。
紹介への対価をどう扱うか
士業や金融機関から顧問先をご紹介いただくことがあります。ここでの金銭の扱いは、慎重に設計します。
- 書面で取り決める——口頭の約束にしない。有無、条件、時期を明記する
- 顧問先の手数料に影響させない——紹介の有無で依頼者の負担が変わる設計にしない
- 依頼者に説明できる形にする——聞かれたときに答えられない取り決めは結ばない
- 紹介元の資格上の制約を確認する——職種によっては報酬の授受に制限があります。具体的な適用は、その資格を所管する規程や弁護士にご確認ください
当社は、ご紹介に対する取り扱いを個別に書面で取り決める方針としています。いずれの形であっても、顧問先の手数料は変わりません。士業・金融機関の先生方向けの考え方は税理士・会計事務所の先生へに掲載しています。
紹介元との関係づくりそのものは「士業・金融機関との連携」に整理があります。信頼は対価ではなく、紹介した顧問先がどう扱われたかで積み上がります。
費用は誰が持つか
日々の費用の負担も、けじめの一部です。
- 訪問の交通費——当社が負担します。依頼者に請求しません
- 面談の場所代——当社側で手配・負担します
- 資料の作成費——当社の業務の範囲です
- 専門家に依頼する費用——依頼者が直接契約される費用(弁護士・税理士・調査の費用など)は、発生する前に、誰が契約し誰が負担するかを明示します
- 登記・印紙などの実費——発生する項目を事前にお伝えします
要点は、金額が小さいものほど事前に決めておくことです。小さい費用は説明が省かれやすく、後から「聞いていない」が起きます。不成立の場合に何が残るかを含め、費用の説明は「不成立時の費用の説明」もご覧ください。
まとめ|金額の問題ではない
要点を整理します。
- 線を引く理由は三つ——判断が歪む、依頼者から見て分からない、曖昧だと現場が判断できない
- 成約後の謝礼はお受けしない。報酬は契約に定めたものが全部
- 会食の費用は当社負担か各自負担。借りが残る構造を作らない
- 断り方は、気持ちを受け取る→理由を自分の側に置く→代わりを示す→後を引かせない
- 紹介への対価は書面で取り決め、顧問先の手数料に影響させない
- 費用は、金額の小さいものほど事前に決めて伝える
当社の選考については採用情報をご覧ください。